第32話 反撃
「綺夏、さん……?」
沙也は不思議な物を見るように、綺夏を見ていた。
「ていうかさ、あんた、もう勘当されたんでしょ? これまであんたがやって来たこと思い出してみなよ。権力を振りかざしてやりたい放題やって来たんでしょ? その権力を失ったあんたに何で媚びへつらわなきゃならないのよ?」
綺夏の言っていることは正しい。
だが、ここまで一瞬で手のひらを返すのは異常だ。
周りの女の子たちも、どことなく様子を見ているが、綺夏の豹変に驚き、少し引いているようにも見える。
「あんたについていけば、大学まで安泰、どこかの御曹司と出会って一生苦労しないって思ってたのにそれもみんなパアだわ? どう責任取ってくれるの? 私、全然勉強してないんだけど?」
責める綺夏と、そんな彼女の言葉にショックを受けていて、それ以上に勘当されたことに落ち込んでいる沙也。
「あんたがこれまでやって来たことって、全部権力が前提でしょ? 権力を失ったあんたは、これから復讐を受けて生きて行くことになるのよ? まずは裸で土下座でもしてもらわないとね」
「で、ですが、わたくしのやったことはみんな綺夏さんが──」
「えー? この期に及んで人のせいにするの? 本当、心の中から腐ってるのね、あんた」
ああ、分かった。
和人は綺夏の行動の原理が分かった。
綺夏は彼女自身が、沙也の尻馬に乗って好き放題やって来た。
恨まれてもいるだろう。
だから、沙也糾弾の先頭に立つことで、その怒りの矛先から逃れようというのだろう。
元々狡猾な少女なのだろう。
変わり身の早さに、沙也だけではなく、誰もが驚き、呆れている。
「ほら、さっさと脱ぎなさいよ!」
その空気を感じ取ったのか、綺夏は強引に話を進める。
「や……っ、やめてくださいっ!」
沙也の服を引っ張り、脱ぐように圧力をかける。
沙也は抵抗するが、綺夏は自分の服でもないので、破れても平気だ、と言わんばかりに強く引っ張る。
「さっさと脱ぎなさいよ! どうしても脱がないならみんなで脱がしましょうか?」
「や、めてくだっ、やっ!」
まだ、ショックで茫然としたままの沙也の服を引っ張り、髪を掴み、頭を床につけようとする。
綺夏より力のない沙也は、されるがままで、抵抗も出来ていない。
ただ、虐待されるがままの沙也。
反省するために、もう少し泣かせてもいいが、綺夏は容赦ないから、心か身体に傷を残しても後味が悪い。
ここは自分が出るべきか、と和人が前に出ようとしたその時。
「やめてっ!」
沙也と綺夏の間に割って入って、沙也を助けた者がいる。
その者に、今度は綺夏が驚く。
「夜恋さん……?」
沙也を助けたのはこれまで散々沙也に虐待されて来て、今日は髪を剃られかけた理深だった。
「理深さん……どうして……?」
沙也は、自分を抱きしめるように庇う理深に聞く。
「分からない……でも──」
理深は沙也をぎゅっと抱きしめる。
「助けたいからしょうがないじゃない!」
理深の行動原理は、彼女自身にも分かっていないのだろう。
衝動的に動いてしまって、どうして自分がこうしたのか、考えてもすぐには言葉に出来ない。
「だって、私は最初あなたに会った時、この子なら、この学校で親友になれるって思ったから……」
誰もが茫然とする中、答えを見出したようだ。
理深は、ただシンプルにそう答えた。
「あの時、あんな答え方をしてごめんなさい、あれはずっと後悔してた。だって、私はお友達になれると思ってたのに、私のことを、そんな目で見てるんだって思ったらショックで……」
あの時。
それがどの時か、和人は想像することしか出来ない。
おそらく最初に沙也が部活に誘った時「気持ち悪い」と言ったことだろう。
それを理深はずっと後悔していたのだ。
確かに受け入れることは出来ないし、ショックを受けたのも事実だ。
だが、沙也まで傷つける必要はなかった。
「こちらこそ、ごめんなさい……わたくしも、ずっとあなたを……いいえ、確かにそんな目で見ていました。ですからそう言われても仕方がありませんでした……」
ショックからはまだ立ち直ってはいない。
だが、いや、だからこそ、沙也は二年前を反省することが出来た。
これまでの人生、彼女は心から反省したことなどなかっただろう。
これで沙也が成長し、これまでの行為を反省するのなら、勘当した専務理事もいつかは許してくれるかもしれない。
何より彼女は二つのものを得た。
反省する機会と、困った時にこそ助けてくれる、親友を。
それに、不都合な者が、ここには一人だけ存在する。
「ちょっと、夜恋さん? どうしてあなたが、この女の肩を持つのよ? これまで何されて来たと思ってんのよ? あんたこそこれからこいつを苛め抜いてもいいのに何してんのよ!?」
一番虐めてもいい人間に庇われると、一番都合の悪いのは、綺夏だけだ。
彼女にとって、この二人が仲良くすると、背後にいる他の部員も責めにくくなるし、ここで沙也が反省の謝罪でもすれば、彼女たちは許すかもしれない。
そうなると、誰も綺夏の味方はいない。
これまで、沙也に様々な虐待をさせてきたのが綺夏だということは、ここにいる誰もが知っている。
沙也よりも綺夏が怖い、という者の方が多いだろう。
だから、沙也が許されてしまうと、その矛先が自分に来てしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
狡猾な少女は、次の手を考える。
「あ、そっか、なるほどなるほどぉ」
少し、意地悪な笑みを浮かべる綺夏。
「そっかぁ、夜恋さんって本当は
「違うわ。ただ、私は人がいじめられているのを見るのが嫌ってだけ。それが璃々院さんでも」
「そっかなあ、でもぉ、この前ぇ、木庭椰ちゃんが椅子にされた時もぉ、黙って見てたよね?」
「それは……助けたかったけど、怖かったから……」
「へー、あの時は怖くてぇ、今は怖くないのぉ? それってぇ、木庭椰ちゃんは虐めてくれないからでしょぉ?」
「そんなわけないじゃない!」
「じゃあ、どうしてあの時はぁ、助けなかったのぉ?」
執拗な、蛇のように絡む綺夏。
その程度でこの状況が変わるわけはない。
たとえ本当に理深がマゾで、嬉しかったとしても、状況が何か変わるわけでもない。
なのにどうして責めるのか。
「ってことはぁ。二人はぁ、共謀してたってことでしょぉ?」
「え……?」
「だってぇ、夜恋さんにとってはご褒美だけどぉ、それを見た私たちがぁ『逆らったらあんな事になる』ってぇ、脅されてたわけじゃなぁい? それってぇ、私たちはぁ、二人に騙されてたってことだよねぇ?」
ああ、そんな風に持っていくつもりなのか。
明晰な和人自身が考えもつかなかった論の展開に、少しだが感心する。
もちろん、それ以上に呆れてはいるが。
「二人でぇ、私たちをぉ、騙したんでしょぉ?」
嫌らしい、本当に心の底から嘲笑している態度で、理深を覗きこむ綺夏。
「違うっ、それは、本当に嫌だった……、だからその分はいつか償ってもらう。だけど、だからと言ってこの子がみんなにいじめられる理由にはならないから……!」
「口ではぁ、何とでも言えるよねぇ? じゃ、今この場でこいつに謝らせなさいよぉ。裸で土下座させられたんでしょぉ? 同じことしてもらうのが、一番よねぇ?」
「それはさせない……!」
「それはぁ、共謀してるからだよねぇ?」
「違うわ!」
「だったら!」
「きゃっ!」
綺夏が理深をどん、と押す。
理深は沙也の方へ、沙也とともに倒れる。
「引っ込んでなさいよ、こっちは今からこの女の処刑をするんだから!」
口調がまた戻る。
睨みつける綺夏と、沙也を抱きしめて庇う理深。
「理深さん、わたくしに構わなくても結構です。わたくしは確かに、仕返しをされるようなことをしていたのですから……」
「もちろん反省してもらうわ! だけど、これは違う!」
「ほら、また仲のいいところ見せつけてるわね。もう言い逃れは出来ないわね。誰か、夜恋さんを離して」
綺夏が背後の部員に言う。
だが、誰もが戸惑って動かない。
「何もしないってことは、あんたらもあの女の共謀者ってことになるわよ?」
綺夏がそう言うと、何人かが動きだす。
本当に狡猾で頭の良い女の子だな、などと苦笑すら漏れる和人。
ここはさすがに出ていくしかないようだ。
「待てよ」
沙也を庇う理深、彼女の更に前に立つ和人。
「なんですかぁ、先生ぇ、これはぁ、ただの部活動ですよぉ? 先生と言えどぉ、立ち入らないでください~」
「そうはいかないな。俺の彼女に手を出すような奴から守ってやるのも彼氏の役割って奴だ」
「夜恋さんはぁ、横で見てもらうだけですからぁ、関係ありませんよぉ?」
「いや、理深はもちろん彼女で、俺は守るが──」
和人は背後にいる沙也のところに行き、その肩を抱く。
「こいつも俺の彼女だからな? 当然守る」
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