第27話 不意の連行

「夜恋、今聞いた通り。俺がお前を守ってやる」


 そんな格好いい表情で、真正面から言われると、心も揺れる。

 この人なら、守ってくれるかもしれない。


「──いや、そうじゃない、俺はお前のその綺麗な髪に惚れた」


 分かってくれている。

 自分の一番大切なものを、理解してくれている。

 そう考えると、理深の胸は高鳴ってしまう。


「つ、つ、つ、ちゅきあって……こほん」


 噛んだ。

 さっきまで理事会の面々を相手に雄弁を振るっていた彼が、告白というタイミングで噛んだ。

 それがあまりにも微笑ましくて、理深は緊張を忘れ微笑んでしまった。

 だが、立て直すかのように深呼吸をして、井尾先生は次は噛まずに言う。


「夜恋里美、俺と付き合ってくれ。俺がお前を守る」


 そのストレートな告白。

 こうして、理事会で自分の身を守り切っている実力。

 彼ならば、自分を守ってくれるのかもしれない。

 いや──。

 どこにその保証がある?

 彼は所詮他人だ。

 自分の髪は自分で守らなければならない。

 それに、流石に沙也もこの髪をスキンヘッドにする、なんてことは本気で言っているとも思えない。

 何らかの罰はあるだろうが、スキンヘッドはさすがにないだろう。

 歪んでいるとはいえ、自分を愛してくれているのは分かっている。

 だが、ここで井尾先生と付き合ってしまえば、それは確実に彼女を裏切ることになる。

 そうなると、脅しのはずだったスキンヘッドを、実行するかもしれない。

 いや、その時こそ、井尾先生に守ってもらえばいい。

 いや、だが──。


「いじめられてなんて、いませんから……」


 理深は、そう答えるほか、なかった。


「そうか……」


 沙也を裏切ることは出来ない。

 二年間でどれだけの報復を椅子になって見守ってきたか。

 どれだけ強固なものを、彼女は壊してきたか。

 それを考えると、たとえ井尾先生が頼れそうでも、流石に彼女相手には勝つのも難しいだろう。


「夜恋、いや、理深、それでもいい。俺はお前に惚れたんだ。俺と付き合ってくれ」


 だが、井尾先生は、それでもまた、告白してくる。

 今度は守る、なんて言葉もない。

 純粋に惚れたから付き合ってくれ、と言った。

 理深にしてもそれは満更ではない、だが──。


「今はなくても、今後、何かお前に危機が訪れたら、絶対に俺が守る! それは約束する! その代わり、お前はいつもその綺麗な髪を、俺に見せてくれ」


 ああ、この人は、自分の髪が好きなのだ。

 それならば、その大切な髪を守ってくれるかもしれない。

 いやでも、──。

 差し出された手を、取るかどうか、何度も躊躇する。

 どうすればいい?

 この手を、取るべきか……?

 そう、考えていた時、その手は向こうから強引に掴まれた。


「っ!」


 そして、そのまま有無を言わさず、抱きしめられた。

 年下の男の子とは思えない、力強さ。

 強引に自分の意思を変えてくれる先導力。

 ああ、この人なら自分を守ってくれる。

 彼が何かを話しているが、もう聞かなくてもいい。

 この人なら全て自分のためになることをやってくれるからだ。

 自分はもう、決めたのだ。

 これからは、この人に守ってもらうのだ。


「ちょっと待っててくれ。長くなりそうなら、俺の事務部屋に行っててくれ。そこに誰かいるはずだから」


 間近から耳元に、そう囁かれる。


「うん……」


 だから、彼女は、おとなしく従い、部屋を出る。

 ああ、これで自分は完全に沙也を裏切ったことになる。

 一度はあの、悲しい顔を見ることだろう。

 わがままで他人を下僕としか思っていない子ではあるが、悲しい顔を見るのはやはり嫌だ。

 だけど、自分はこれから一年、井尾先生と生きて行くのだ。

 あと、一年しかないのが悲しい。

 出来れば一年の時に出会いたかった。

 そうすれば、この二年はなかった。

 いや、そうじゃない、この二年があったからこそ、私は井尾先生の恋人になれたのだ。

 だから、この二年は決して無駄だったわけじゃない。

 自分の次に椅子になった陽佳は、多分、井尾先生に惚れていた。

 あの時は可哀想な子だと思ったけど、今はそう思わない。

 あの子だっていつか、井尾先生が救ってくれる。

 そのために椅子になったのだ。


 そう思うと、今までの自分のやってきたことが、素敵だったと思えるから不思議だ。

 とりあえず、これから自分がどうなるのか、どうすればいいか、あの人和人に聞いて考えていこう。

 ああ、自分も弱くなったものだ、二年前なら、絶対に自分で考えて決めなければ気が済まなかったのに。

 だけど、今はそれも受け入れられる。

 推薦はもうもらえないけど、あの人に勉強を教えてもらえれば、普通に受験して大学に合格することだって出来る。

 だから、私は──。


「夜恋さぁん、楽しそぅだねぇ?」

「!」


 いつの間にか、隣には綺夏がいた。

 井尾先生の事務室へ向かう途中、理深は自分の希望や妄想に浸っていて、周りを全く見ていなかったのだ。


「じゃぁ、部長のところにぃ、行きましょぅかぁ?」


 理深は、咄嗟に走る。


「どこにぃ、行くのかなぁ?」


 だが、その先から、白百合を愛でる会の部員が二人現れ、道を塞ぐ。


「ごめんなさいっ!」

「っ!」


 一人が、理深の腕を掴み、もう一人が逆の腕を掴み、自分の腕に絡ませる。

 完全に連行だ。

 綺夏は、もし失敗した場合、理深が逃げることを既に分かっていて、捕まえに来たのだ。


「離して! お願い!」


 切羽詰まった声の理深。

 逃げるしかない。

 井尾先生のいる職員会議室か、井尾先生の事務室に逃げ込まなければ、また、彼女の前に連れて行かれる。


「どぉしてぇ、逃げようとぉ、するのぉ?」


 前に回りこんで来た綺夏が、理深の髪を乱暴に掴み、顔を上げさせる。


「やめて、離して!」


 暴れても、二人がかりで押さえられている理深は逃げだせない。


「二人ともぉ、このままぁ、夜恋さんをぉ、部室に連れて行ってぇ」


 理深は白百合を愛でる会の部室まで、連れて行かれる。

 泣きながら叫んでも、やはり誰も助けてはくれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る