第24話 理事会の攻防①
気が重い。
彼女が出来て、普通ならうきうきのはずの和人は、深いため息を吐いた。
いや、別に映魅を彼女にしたことが気が重いわけではない。
彼女は可愛いし、これまでもいつも放課後に遊びに来ていたので、あまり変わらないと言ってもいいだろう。
和人は一応何人彼女を作ってもいい、ということになっており、映魅にもその条件であることは伝えたが、それは簡単に了承された。
映魅にとってみれば、彼女になることそのものがただの手段であるため、それがどんな条件でも構わないのだ。
ともかく、彼女が気の重い原因ではない。
和人を憂鬱にさせている原因、それは理事会だ。
和人は、次の理事会に呼び出されている。
理由はもちろん、この前の更衣室の件だ。
更に、これには理深も呼ばれていた。
これは常識的にありえない。
被害者とされる、裸を見られた少女と、一応は加害者の疑いのある裸を見た男である和人が同時に呼ばれる、というのは、あまりに配慮が足りない。
和人はそれを理事長に抗議したが、呼んだのは璃々院専務理事だから、逆らえないらしい。
なんとも頼りない理事長だ。
被害者である夜恋理深は、璃々院に逆らえない以上、和人からすれば、糾弾する側も被害を受けたと言っている側も敵側の人間だ。
味方は頼りにならない葉奈のみ。
この状態でどう理事会を切り抜けるか?
和人の頭脳をもってしてもかなりの難問だ。
ただ、和人の中で一つの大きな疑念はあった。
璃々院沙也はともかく、理事会は本当に自分を潰そうとしているのか?
就任早々に潰そうとするなら、そもそも、最初から受け入れなければいいし、理事長から聞く限りそれが出来るだけの権限が、璃々院専務理事にはあるはずだ。
何かを期待して、和人を採用したとすると、それは一体何か?
それさえ分かれば、対処の仕方もある。
「どうしたんですか、あなた?」
さっきから和人の膝で横になってごろごろしているフリーダムな映魅が聞く。
「お前は俺の奥さんか」
「彼女ですよ! こうしていつもあなたのおちんちんを感じていたいのですっ!」
「彼女は普通、あなたと呼ばないからな?」
そもそも、夫婦でも今どきあなた、なんて呼ぶとも思えない。
「じゃあ、なんて呼ぶんです?」
「別に今まで通りでいいんじゃないか?」
「じゃ、せんせー! あのですね、私、大発見をしましたっ! ここでこうやってごろごろしていると、せんせーのおちんちんが固くなっていきます! 大発見ですっ!」
「それは何千年も前から発見されている生理現象だな? そろそろどけって、考える事があるからな?」
和人は膝で遊んでいた映魅の肩を押す。
正直、彼女は付き合ってから全身で愛情表現をしてくるので慣れはしたが、それでもそう簡単に身体は慣れてくれない。
行動が動物並だが、何しろ映魅は可愛いのだ。
ここまで可愛い子は学院でもそうそうはいない──。
「ん?」
学院有数の美少女。
しかも在来組だ、中等部に在籍し、そして、今年高等部に入学する予定も分かるはずだ。
和人はそこに違和感を覚えた。
彼女は、何故、白百合を愛でる会に誘われていないのか?
「なあ、お前って、三年の璃々院沙也って知ってるか?」
「はいっ! この前会いに来ました! それで、ぎゅーって抱き締められました! おっぱいが大人おっぱいでしたっ!」
「すまん、何があったか一切わからないのだが」
大人おっぱいという、謎の単語の意味は不明だが、恐らく大きかったとか、柔らかかったとかそういうことだろう。
「あのですね、ぎゅーってされたのです! ぎゅーって! それで大人おっぱいが私の顔に埋まったのです! 何故なら大人おっぱいですから!」
「やっぱり何一つ分からないが、まあ、会いに来て抱きしめられただけなんだな?」
「はいっ! 優しそうな人で、私も思わずほわーんってなりました! でも、それからは会ってません!」
会っているにも関わらず、抱きしめただけ、というのもまた、意味が不明だ。
いや、そもそも、会っていきなり抱き締める方も、それを何の疑問もなく受け入れる方も、おかしいとしか思えないが、どうして存在を認識しつつも、彼女は映魅を誘わなかったのだろうか?
こういう元気すぎる女の子は嫌いなのか。
「せんせーもぎゅーってやるのですか?」
「いや、その予定はないな?」
「やってください!」
立ちあがった映魅が、手を伸ばして、ハグかもーんのポーズを取るのでしょうがなく和人は抱きしめてやった。
「ぎゅーーっ!」
映魅はまた意味不明の声を出して、多分喜んでいる。
小柄な映魅は、だがやはりきちんと女の子で、抱きしめると柔らかく、いい匂いがして、癖になりかねない。
もちろん和人は、彼女である映魅を何時間でもハグしていることが出来るし、映魅も嫌がらないのだが、普段、あの言動の映魅の虜になるのはあまりにも癪だ。
「よし、じゃあ、行ってくる」
「どこかに行くんですか?」
「ああ、ちょっと理事会にな」
「なんだか格好いいです! さすが私の彼氏です、あ、カレシーですっ!」
「いや、その言い方は……まあいい、行ってくる」
「はいっ! 行ってらっしゃい!」
何だか、家から奥さんに見送られるように、事務室を出た。
理事会の時間だ。
既に理事会は始まっており、和人たちの議題は最後に行われるようだ。
とりあえず、理事会のある会議室に向かうと、まずは控室に通された。
おそらく他の控室には他の関係者もいるのだろう。
そして、しばらく待ってから、呼ばれて席を立つ。
控室の向こうはすぐに会議室となっており、円卓の席に、葉奈を最前とする七人の、うち六人が女性という、おそらく理事が座っており、後ろに校長と教頭、そして最も後ろ、和人が入ってきた入口の前に女生徒が一人、立っていた。
それは後姿でも分かる、綺麗なその長い髪は、一度見たら忘れられない。
夜恋理深だろう。
その髪を見るだけで、今でもあの全裸の光景が頭を過ってしまう。
彼女も当事者である以上、当然にここにいることになる。
おそらく和人が呼ばれる前に、ある程度の事情を確認していたのだろう。
肩がかなり釣り上がっていることから、緊張はかなりのものだろう。
「さて、井尾和人先生、このような場に御足労いただきありがとうございます」
話し始めたのは、葉奈ではなく、その隣に座る、綺麗な白髪の上品な女性だった。
和人も女性の年齢は分からないが、おそらく六十は過ぎているだろう。
女性理事は他にも多いが、年齢や風格を考えると、あれが璃々院専務理事なのだろう。
「本日は、あなたに疑惑がかけられている事項の確認のために御足労いただきました」
職員会議の時のようにヒステリックな先生に大声で糾弾されることを覚悟していた和人は、その穏やかな物腰に拍子抜けしてしまう。
「先ほど、夜恋さんから状況を聞きました。彼女は頭から水をかぶったため、下着まで脱いで着替えているところに、井尾先生が踏み込んできた、という事でしたが、それは事実ですか?」
「踏み込んだこと自体は事実です。ですが、俺……私はそこに急患がいると聞いていたので、そこが何の施設か確かめもせず、急いで入った、というだけです。私はまだここに来て一月も経っていないため、どの施設がどのような用途で使われているか、全てを知っているわけではありません」
この程度の問答は既に想定していたため、和人はすぐに答えた。
「そうですか。では、あなたを呼びに来た生徒はどなたですか?」
「三年生の涼姫綺夏という生徒です」
「涼姫さん、ですか……」
何やら思案気な専務理事。
「教頭先生、彼が更衣室に踏み込んだという現場を初めて見つけた先生はどなたでしたか?」
「はい、狭山教諭です」
「そう、です、か……」
やはりまた、考え込む専務理事。
「失礼ですが、あなたが璃々院専務理事、ですよね?」
「はい、わたくしを覚えておりまして?」
「え? あ、いえ、申し訳ありません……」
新任教師、しかも理事長が連れてきた期待の教師、ともなれば、一度は専務理事にも会っているのだろう、挨拶くらいしたのかも知れない。
だが、和人は何も覚えてはいなかった。
たとえちょっとした挨拶だとしても、和人が忘れる、というのは珍しいことだ。
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