第23話 ファーストコンタクト~はじめてのおつきあい

「えーっと、みなさん? 井尾先生のおちんちんを見ることは、もちろん構いませんし学校としては干渉しません。ですがそれは井尾先生が、見てもいいとおっしゃってからです。そうでなければ見てはいけないものです」

「? どうしてですか?」


 首をひねる映魅。

 和人からすれば、逆にどうしてそれがいいと思ったのかが分からなかった。


「例えば、えーっと……」

「麻流山映魅です!」

「そう、麻流山さんが道を歩いていて、前から来た知らない男の人に、『き、き、君の裸に興味があるから見せてくれないか? はあはあ』と言われたら、見せますか?」


 葉奈の不審者の演技が妙にリアルで、和人は少し引いた。

 会ったことでもあるのだろうか。


「みせないです! そういう時は、警察に通報しろってパパに言われてます!」

「ですよね? でも、今麻流山さんがやっていることは、それで断られて、力ずくで見ようとしているんですよ? いいんですか? 見られたくもない人に無理やり見られても?」

「んーんー……嫌です!」


 少し考えてから、きっぱりと答える映魅。


「ですよね? それなら、麻流山さんも、人にそうしては駄目ですよね?」

「んー、んー、でもぉ……」


 小学生に諭すような葉奈の言葉を理解しているが、それ以上に和人のちんちんが見たい映魅は、だが、それでも躊躇っている。

 何だかぐねんぐねんと、身体をくねりながら、困ったように葉奈と和人と和人の股間を見る。


「でも、それでも見たいですっ!」


 何の脈絡もなくいきなり映魅は和人に飛びかかり、油断して、まだ上げていなかったスラックスの下のパンツを掴み──。


「あほかぁぁぁぁぁっ!」


 和人はその手を掴んで叫ぶ。


「理屈じゃないんです! どうしても見たいんです!」


 映魅はそれでも諦めず、手で和人のパンツを掴んだまま、体重をかけて引っ張っている。

 元々軽量な映魅は、体重をかけてもそれほどの力はない。

 だが、先程までの攻防で体力を削っていた和人との力はほぼ互角だ。


「ふぬーん! ふぬーん!」


 おそらく力を入れる時の掛け声だと思われるが、映魅の漏らす間の抜けた声に、葉奈は微笑ましく笑っていたが、和人はさっさとこの暴挙を止めて欲しかった。

 いや、よく見ると、映魅が引っ張った時、少し浮きあがるパンツから、その中を覗こうとしている。


「理事長! さっさと助けろ!」

「ほぇ? ……はっ! 麻流山さん、やめなさい!」


 我に返った葉奈は、映魅を後ろから羽交い絞めにして抑える。


「ふなーん!」


 意味不明の叫び声を漏らして映魅が嘆いている間に、和人は服装を直し、ベルトも締めた。

 背後にいた生徒から「見えた?」「うん、ちらっと見えたね」とか言っていた。

 角度上、映魅や葉奈の方向からは見えなかったようだが、和人の後ろにいた生徒たちからは見えていたようだ。

 その事実に愕然とする和人だが、今はそれどころじゃない。


「うわーん! みーたーいー!」


 映魅は高校一年生とは思えないくらいのガン泣きを始めた。

 見た目幼い彼女をしても、あり得ない泣き方だ。

 彼女を止めていた葉奈も、これには困っていて、どうしようかと和人を見る

 これはどうしても和人が何とかするしかないようだ。


「なあ、映魅」

「ヴァァァァ」


 映魅は日本人では赤ちゃんにしか発音が難しい声を上げる。


「まあ、落ち着けって」


 和人は、その小さな肩に手を回し、もう一方の手でその頭を撫でてやる。

 女の子全般を苦手にしている彼にしては、かなりの勇気だ。

 だが、ここまで自分をさらけ出している映魅に対しては逆にこちらもある意味敬意を表すべきだとも思った。

 映魅の肩の小ささや、その腕の柔らかさ、そして、必死に動いていた彼女が発する甘い匂いに耐える和人。

 正直、今この時、この潤んだ目で、「見せて、くれますか……?」とか言われたら、承諾してしまいそうだ。


「あのな? さっき理事長も言ったけど、お前が俺の股間を見たいと思うことは悪いことじゃない。そう思ってくれるのは嬉しいことなんだ」

「……じゃあ、見──」

「けどな? これもさっき理事長が言ったけど、見知らぬ男にいきなり裸見せろって言われたら、お前は見せないだろ? 俺もそうなんだ。俺は映魅と、この学校では親しい方だと思うけどさ、やっぱりまだ、それを見せるまでは親しくないんだよ」


 和人は葉奈ほど優しく諭すことは出来ないが、だが、自分の心の内を真摯に語ることなら出来る。


「映魅は可愛いと思うし、大事な生徒だし、頼まれたら大抵のことは叶えてやりたいとも思う。だけどさ、まだ、股間を見せるまでじゃあないんだ」

「…………」

「だからさ、このままもう少し我慢して、俺にもっと映魅を好きにさせてくれるならさ、いつか見せてやろうかな、って思う時もあると思う。だから、それまで待ってくれないか?」


 じっと和人を見上げる映魅。

 ガキっぽい行動と、それが似合うような見た目ではあるが、その可愛さはこの学院でも有数と言えるだろう。

 その彼女に見つめられるのは、和人のような人間には、ただ緊張するだけだった。

 とりあえず、その瞳は、和人の言ったことを理解し、納得しているように見える。

 あの執拗な見せて攻撃がなければ、映魅はただの元気で可愛い女の子だ。

 それならばいつか、それも近いうちに、見せたいと思うこともあるだろう。


「でも、それはそれとして見たいです」


 だが、映魅は一切納得していなかった。

 きっぱりと、はっきりと、そう言って少し強情な瞳で和人を見上げる。


「映魅、あのな?」

「見たいものは見たいんですっ! 理屈じゃないんです!」


 映魅はそう言いながら、和人と真正面から至近距離で向き合う。

 その距離は和人と映魅の身長が近ければキスしてしまいそうな距離で、だが、映魅の顎が和人の胸に乗るくらいの身長差があるため、キスには至っていない。

 だが、和人としてはそんな至近距離で女の子の顔を見たのは初めてであり、また、胸から腹のあたりに映魅のささやかな胸が当たっていて、どうにも落ちつかず、目が泳いでいる。

 それを怯んでいると思った映魅は、更にぐい、と詰め寄ってくる。

 具体的には胸を押し付けてくる。

 それは胸の感触というよりもブラジャーの固い感触ではあるが、和人にとっては胸が当たっているという事実で、もう何も考えられなくなっていた。

 そして、目の前にある、映魅の顔。

 睨むような表情は決して穏やかとは言えないし、先ほどまで泣いていたため、目元も崩れているがそれでもその造形の綺麗さは群を抜いていた。


「とりあえず、せんせーは私の彼女になってください!」


 彼女の口からは、ミントの香りが漂ってくる。

 この状態で、まともな思考を出来るなら、和人は今、ここにはいない。

 数か月前の、今は穏やかに微笑んでいる理事長に同じように頼まれて、断り切れなかったのだ。


「わ、分かった……」


 井尾和人十五歳、女性経験なし。

 生まれて初めて出来た彼女は、元気な同い年の女の子だった。


 ちなみに理事長に、なぜ防音なのに声が聞こえたのかと問い質し、和人の部屋と理事長室の壁だけは防音になってないことが分かった。

 理由を聞いても「何ですか! 責任をとって彼女になれって言うんですか! 分かりましたよ!」などと意味不明の事を言い出したのでどうでもよくなった。

 断ったらまた切れたので意味が分からなくなった。

 和人は彼女を淑やかなお嬢様だと思っていた頃のときめきを返して欲しいと思った。

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