第22話 爆弾も奇襲

 結論から言えば、和人は職員会議では不問となった。

 理由は、理事長が連れてきて、理事会が認めている特命教師であるという理由だからだ。

 つまり、不問、という言葉には語弊があり、彼を問い詰め、処分する機関が理事会に移行しただけだ。

 生徒の間にも噂は広まるかと思ったが、少なくとも和人が授業を担当しているクラスでは大して変化はなかった。

 比較的親しいと思っていた陽佳は、最近は目を合わせないし、声をかけても逃げていくので、しょうがなく、三年のちょっと親しくなった生徒に噂を聞いてみた。

 すると、そんな噂があることは、知っていた。

 しかも、和人が覗きをした、ということになっていたようだ。

 だが、三年は誰もその噂を信じていないようだ。


 理由は「だって、この時期に更衣室で裸になることなんてあり得ないし、しかも、夜恋さんだから、ねえ」と言われた。

 夜恋、それがあの全裸の生徒であることは知っている。

 璃々院沙也に一年の時裸で土下座させられた子だ。

 授業を担当していないから知らなかったが、確かに百合である璃々院沙也が気に入るくらいは可愛い女の子だった。

 綺夏という副部長とともに自分をハメようとしていたことを考えると、恐らく今でも沙也の下にいるのだろう。

 とにかく、生徒がほとんど和人の責任であると考えていないことは、和人としては助かる。


 これで後は教員と理事会。

 教員は会議を考えると、璃々院の息のかかった者以外は、生徒と同じようなものだったように思う。

 教頭が璃々院の息がかかってるってのが面倒だが、基本的に理事会とか他の教師の行動に興味がないし、「璃々院家の支配下」の言うことは基本関わりたくないように思えた。

 つまり、生徒も教師も、璃々院家のやることは関わらないようにしている、というのが現状だ。

 ただ、何をしても見逃される、という巨大な権力であることは事実だ。

 それに、教師や生徒の全員が全員璃々院家の存在を知っているわけでもない。

 中にはその噂を信じている者もいるだろう。

 例えば三年はほぼ璃々院家のことを知っているが、この前入ったばかりの一年は──。


「せんせー! 開けてくださいっ! 女の人の裸見たって本当ですかー?」


 事務室の前で大声で叫ぶ映魅。


「外で叫ぶな! さっさと入れ!」


 外で騒がれると、和人にとってもかなり迷惑なため、和人はさっさとロックを外して中に入れる。


「失礼しますっ!」

「失礼しまーす」

「失礼しますね?」

「失礼します」


「何だその人数は?」


 映魅一人かと思ったら、今日は映魅が三人くらい引き連れてやってくる。

 おそらく、映魅の同級生だろう。


「えっとですね、せんせーが三年の人の裸を覗いたって聞いたんですよ」

「それは誤解もあるが、見たのは事実だな?」


「女の子の裸見るって、結構ひどいですよね? 私もこの前物凄く恥ずかしかったです!」

「いや、昨日のことを責められるならまだしも、お前のはただの自業自得だろ」


 和人の頭の中に、昨日の全裸、そして、一昨日の目の前の女の子のパンツが鮮明に浮かび、あわててかき消した。


「それでも、見られた方は恥ずかしいんですっ! いつも見てばっかりのせんせーには罰が必要なのですっ!」


 あまりにも強引な論法過ぎて、逆にどう返していいか分からない和人。


「ですから、今日はみんなでせんせーのおちんちんを見ますっ! これは罰ですからっ! みんなー!」

「あ、うん……」


 映魅についてきた三人は遠慮がちに俺の周りを囲み、俺の身体を押さえる。


「そんなんじゃせんせーはすぐ逃げちゃうから! もっとしっかりと抱きしめて!」

「う、うんっ、えいっ!」


 三人は各々、俺にしがみつく。


「ちょっ、お前ら……」


 映魅と同級生の一年生。

 だが、彼女たちは、中身も体型も子供の映魅とは違い、歳なりの成長をしていた。

 そんな三人に強く抱きしめられると、その柔らかさや甘い香りに、童貞十五年の和人はどうしても興奮してしまう。


「じゃ、いっきますよー! えいっ! あれ? このベルトって、どう外すんですか?」


 三人の色香にやられている和人をよそに、映魅はスラックスを縛るベルトに苦戦していた。


「せんせー、これ、どう外すんですか? 教えてくださいっ!」

「アホか、教えるわけないだろ!」

「でも、せんせーはいつも聞けば答えてくれるじゃないですか?」


「そりゃ、授業だからだ!」

「じゃ、今から授業ですっ! 教えてくださいっ!」

「自分の不利になることを教えるわけないだろ!」


 和人は、映魅の精神構造だけはどうしても理解出来なかった。

 おそらく和人が女性の心理をそれなりに理解出来るようになっても。それは不可能かも知れない。


「せんせーのケーチー! いいです、みんなに教えてもらいます! ねえ、佐奈ちー、これどうやって外すの?」

「え? 多分、そのバックルの部分を上に引っ張って……」


「教えるのかよっ!」

「す、すみません、私も見たいんです! それで、ベルトの方を一旦押してから引けば多分……」


 ベルトはあえなく外された。

 まずい、この前もベルトがネックで、ギリギリ脱がされなかった。

 映魅一人相手でもだ。

 その上、今回は四人もいる。

 このままではまずい。

 和人は股を広げて抵抗しながら、策を考える。

 自分の天才的な頭脳をフル回転させた結果。


「理事長! 茶海理事長ぉぉぉぉっ!」


 和人は大声で、隣の部屋の葉奈に叫ぶ。


「無駄ですよ、前にんせーが言ってたじゃないですか、この部屋は防音だって」


 少しドヤ顔の映魅。

 だが、その言葉は、事実だった。

 この部屋は防音であり、多少騒いだ程度では外に声が漏れることはない。


「さて、そろそろ無駄な抵抗はやめてください。どうせすぐに体力がなくなるだけですよ?」


 映魅は馬鹿に見えて状況を理解している。

 四人で抑え込んで、和人が必死に抵抗しても、相手は四人なのだ。

 和人の体力がなくなるまでに全員の体力を奪うことが出来るわけがない。

 何しろ向こうは押さえ込んでいるだけなのだ。

 既にベルトは外され、チャックも下ろされている。

 もうパンツは見られており、それを下ろされれば終わりだ。

 股間のそれはこんな緊急事態にもかかわらず、女の子にしっかり抱きしめられている状況に興奮して膨らんでいる。

 このままで見られるのは、男として死ぬほど恥ずかしい。

 今は、近づいて来る映魅を足をばたつかせて近寄らせないことで何とかしのいでいるが、このままでは体力的にも時間の問題だ、そもそも、和人は体力があまりない。

 力は何とか女の子よりもあるが、体力は同年女子、つまりこの子たちと同じくらいだろう。

 元気な映魅には負けるかもしれない。


 絶体絶命の状況。

 足で蹴られつつも、徐々に近寄ってくる映魅。

 もう、押し返す力もほとんどなく、体重を預けて寄ってくる映魅の手が、もう少しで和人のパンツを掴もうとしている。

 もう、おしまいか?

 そう思ったとき。


「呼びましたか?」


 入口から入って来たのは葉奈だった。

 映魅たちが入った後、ロックをかけていなかった入口から入ってきた葉奈は、部屋の中の状況をしばらくは呆然と眺めていた。


「えっと……お邪魔でしたか……?」

「違う! 助けてくれ!」

「え? ……あ、こら、みなさん! 何をしているんですか!」


 葉奈はいつも和人に対する穏やかな口調、本当に叱っているかどうか分からないような口調で四人を叱る。


「あれ? せんせー? 知らないせんせーだ!」

「違います。私は茶海女学院の理事長、茶海葉奈です!」

「んー、んー、あ! 入学式の時にいたかも! こんにちは!」


 子供っぽいのか躾が行き届いているというべきなのか、この状況でも映魅はきちんと挨拶した。

 他の三人は、叱られていることが分かり、和人にしがみつく力を弱くする。


「こんにちは、それで、何をしているのですか?」

「井尾せんせーのおちんちんを見ようとしています! りじちょーも一緒にどうですか?」


「それは興味深いですね、私も見たいです」

「理事長!?」

「はっ、こほん、そんなことはないです……」


 葉奈は一旦落ち着いて咳払いをする。

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