第21話 奇襲に嵌められる
ピンポーン。
翌日の昼休みの終盤、和人の事務部屋の呼び鈴が鳴る。
この部屋は何故だか防音されているので、外から呼んだりノックしても聞こえにくいからだ。
何故そうなっているか、理事長の葉奈に聞いたら「え? ですが、声が外に漏れたりしたら……大変ですよね……?」と言われた。
どんな声が漏れる想定なのかは聞かなかった。
この時間に誰が来たのかと、モニタを見ると、そこには女生徒が映っていた。
そのショートボブの少女は、見たことがあった。
確か三年C組の生徒で、和人は世界史の担当をしている、涼姫綺夏という生徒だ。
あと、昨日の昼に陽佳とデートしていたときに現れた生徒でもある。
和人の当面の宿敵である白百合を愛でる会の副部長だ。
『どうした? とりあえず入れ』
そうマイク越しに言ってから、和人は手元のリモコンでドアのロックを解除する。
宿敵、とはいえ、敵は彼女そのものではない、それを言い出すと、陽佳も敵だ。
少なくとも生徒である以上、他の生徒と同様に扱うしかない。
「あのぉ、井尾先生はぁ、お医者さんの代わり、出来ますかぁ?」
喋り方のせいで緊張感が伝わってこないが、どうも本人は必死らしい。
その証拠に、泣いていたのか目が潤んでいる。
「ある程度なら。……どうした? 何かあったのか?」
「あのぉ、さっきぃ、急に友達が倒れてぇ、保健の先生がいなくてぇ、どうしようかなってぇ……息はしてるんですけどぉ、弱くなって来てぇ……」
少し小柄な少女の涙目は、女性に慣れていない和人にしても守ってやりたくなる姿だった。
「どこだ?」
「はいぃ?」
「どこにいるんだ、そいつは?」
「こっちですぅ!」
綺夏が走るので、和人もついて行く。
廊下を走るな、などと言っている場合じゃない。
事は緊急を要するのだ。
昼休みはどこも生徒だらけで、しかも和人が歩くと群がっても来るが、それに相対している場合でもない。
それらをかき分けて、綺夏に続く。
渡り廊下の向こう、体育館などの方向に向かう綺夏。
「ここですぅ!」
そして、一つのドアを指さす綺夏。
「分かった!」
和人は迷わず、そのドアに飛び込んだ。
「…………!」
倒れている生徒を探そうとしていた和人の目に飛び込んで来たのは、腰くらいまでの長い、綺麗な髪だった。
見とれるほどの綺麗なその髪に、見とれている場合ではない。
いや、急患と思われる生徒がそこにいないのは一目で分かった。
そこは更衣室、入口付近の敷居を横切れば一目で全体を見渡せる。
それ以上に大変な事は、その女生徒が、一切の衣服を身に付けていなかったことだ。
「……え?」
真っ白い肌が、和人の目に映る。
その表情は、いきなり和人という男が入って来て驚いている、というよりも何か覚悟を決めたような、そんな表情だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
いきなりその生徒が大声を上げる。
一瞬何故? と思うが、女生徒が全裸を見られたら叫ぶのは当たり前の頃だろうと納得するまでに、多少時間がかかるほど、和人は混乱していた。
自由の国アメリカに八年以上いながら、和人はこれまで、女性の全裸を写真や映像でも見たことがない。
アメリカという国は、基本的に自由ではあるが、児童を性の対象にすること及び児童に性的な商品を売ることに関しては日本以上に厳しいため、いまだ十五歳の児童であり、在米期間もずっと児童だった彼には縁のないものなのだ。
それに彼自身、そういうものは、今は勉強の妨げになると思っていた。
もちろん、こんな間近で見たことはこれまでの人生で一度もなかった。
だから、慌てて外に出ることも、とりあえずいいわけをすることも忘れ、ただ茫然としていた。
「どうしましたぁ? ああぁっ! 井尾先生、何してるんですかぁ!」
そこに、彼をここに誘導した綺夏が入って来て、大きな声で叫ぶように言う。
「どうしました? え? 井尾先生?」
「え? 何かあったの?」
その後ろから、叫びを聞きつけたと思われる生徒や、それに先生も駆けつけ、出口を塞がれる形で、立ちはだかった。
裸を見られた生徒は、服を着ることもなく、ただ手で隠せるところを隠しただけで、何かに耐えるようにうつむいていた。
何が起きたのか、頭が混乱していた和人だったが、徐々に自分がはめられたことに気付いた。
全裸の生徒、和人を呼びに来た生徒、駆けつけた生徒、全員白百合を愛でる会の部員だ。
そして、駆けつけた先生は、和人の推測の中では、璃々院専務理事の息のかかった教師だ。
おそらく白百合を愛でる会の部長である璃々院沙也が、本気で和人を潰すために企てたのだろう。
「井尾先生、これはどういうことですか? 教頭に報告して、放課後に緊急職員会議を開きます」
そんな、教師の言葉は、あまりにも強烈な女の子の裸の前に、和人の頭には入ってこなかった。
普通の彼なら、その教師のあまりの段取りのよさに、二言三言、言い返していたのだろうが。
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