第20話 見られたので見たい

「せんせー、聞いてください! 凄いことに気がつきましたっ!」


 放課後、何だか毎日のように遊びに来る映魅に、いつも通り相手にしている和人。

 向こうは放課後だろうが、こっちは仕事中だ。

 仕事中に何の用もなく会いに来る映魅を、追い返そうと思えばそれも出来なくもない。

 だが、彼女は和人にとっては数少ない「緊張せずに話せる女の子」なのだ。

 和人のリハビリにはちょうどいい練習相手でもあったため、ただ追い返すわけにはいかない。


「どうしたんだいきなり?」

「あのですね、この世の男性はみんなおちんちんを持っているのです」

「まあ、大半はそうだな?」


 こういう会話をするから、そもそも異性としてドキドキしないのが、話せる原因なのだが。


「それでですね、日本だけでも何千万のおちんちんがあるんですよ! みんな隠してるんですよ!」

「それがどうした?」


「そんなに沢山あるのに、どうして私は一つも見れないんですかっ!」

「お前は中学生男子か」


 何故かぷんぷんと怒るように言う映魅に、和人が突っ込む。


「とりあえず、せんせーのおちんちんを見せてください。それでいいです」

「いや、見せないから」

「何千万もあるのに?」


「俺は一つしかない」

「みーせーてーくーだーさーいー!」


「引っ張るな。見せないからな?」

「どうしてですかっ! あ、じゃあ──」


 映魅がいつもからは考えられないくらい妖艶な顔、つまりほんの少しだけ色っぽい顔をして、スカートの裾を摘まむ。


「恥ずかしいですけど、私もパンツ見せますから。それならいいですよね?」


 子供が少し色っぽくなった程度で、普通なら何の感情も湧いて来ないが、免疫のない和人には少しだけドキドキしてしまった。


「あ、いや、うん……」


 思わずスカートと脚に目が行ってしまった和人は、視線を戻した時の映魅のドヤ顔にやっと我に帰る。


「いや……こっちが股間見せて、そっちがパンツだけってのは、そもそも釣り合い取れてないからな?」

「そんなことないですよ! 私、パンツ見られるの死ぬほど恥ずかしいですし!」


「俺だって股間見られるのは死ぬほど恥ずかしいんだよ!」

「じゃ、釣り合い取れてますね?」


 ハメてやった、みたいなドヤ顔で笑う映魅。

 正直ここまでしつこいと、一度くらい見せてやってお引き取り願った方がいいかもしれないが、それはそれで教師としての尊厳というものもあり、嫌だった。


「今日は私にも覚悟がありますよ?」

「どんな覚悟だ?」

「見せてくれるまで帰りません」


 とすん、とソファに腰かけて、動かない、のポーズを取る映魅。


「いや……俺は帰るけどな?」

「え? それは卑怯です! せんせーはそこのベッドで寝てください! 寝てる隙にちらっと見ますから!」


「家に帰ってから寝るに決まってるだろ」

「じゃあ、そのベッドはどうしてあるんですか?」


 その当たり前の問いに、和人は答える回答を持たない。


「どうしてって……まあ、飾りだ」

「ふぅん……」


 映魅は立ち上がってベッドに近づき、しげしげと眺める。

 ちなみに何故だかいつもきちんとベッドメイキングがなされている。

 しているところを一度も見たことはないが。


「ふにゃぁっ!」


 映魅は、不思議なかけ声とともに、ベッドの中に潜り込んだ。


「今日から私はここで寝ますっ!」

「いや、帰れよ」


「大丈夫です。私はこう見えてどこででも寝られます。授業中でもです!」

「いや、そこは起きてろよ」

「むふー!」


 ベッドの奥に潜り、はしゃいでいる映魅。

 和人は仕事をする手を止めて、その様子を眺める。

 制服を着てベッドに寝れば、しわになると考えないのだろうか。

 本当にこの子は、高校生なのか? などと思わなくもないが、まあ、そもそも同年代の女の子に触れあった経験に欠けている和人は、こんなもんなのか? などとも思う。

 いや、映魅の同級生も授業を受け持っているが、ここまでガキっぽい子はほとんどいない。

 映魅は言動もそうだが、見た目も同級生の中でかなりガキっぽいのだ。


「せんせー! せんせーも入りませんかー?」


 ベッドの脇から顔を出して和人を誘う映魅。


「お前、もし入ったらどうするつもりなんだ?」


 俺も男だぞ? と付け足すのはやめた。


「ぎゅーってしてもらって、あと、おちんちん見ます」

「じゃあ、やめておこう」


 元々入る気などなかった和人は、あくまで映魅の言葉でやっぱりやめたことにした。


「えー! 来てくださいよー!」


 ベッドの脇からにゅっと、顔と手を出す映魅。

 そこから和人が座っている執務席までは確かに近いが、映魅の身長で届くわけもなかった。


「んー、んーっ!」


 だが、一生懸命手を伸ばし、和人を引っ張ろうと手を伸ばす。

 捕まるなら捕まってやってもいい、と思っている和人は、だが、捕まることはなかった。


「もう少し、もう少しっ!」


 全然もう少しではないが、映魅は身体の半分以上をベッドから出して、手を伸ばしている。

 和人の正直な感想としては、とても微笑ましい。


「ふにゃぁぁぁっ!」


 届かないことにいらいらしたのか映魅は、飛び出すように一気に手を伸ばす。

 その手は、今度こそ本当にギリギリ、和人の前で空を切り──。


「ぶにゃっ!?」


 完全に身体を伸ばしていた映魅は、そのまま重力に従い、手や顔から床に落ちる。

 床は絨毯であるため、おそらく怪我はないだろうが、多少は痛いだろう。


「痛いですっ! 凄く痛いですっ!」


 凄く痛いらしい。


「っ!」


 そのまま一旦力を抜く映魅。

 その足はふくらはぎくらいまでベッドの中にあり、そこからは既に全てベッドから這い出ている。

 そして、そのスカートは重力に逆らわず、その白い足からずり落ちており──。


「?」


 目を見張る和人を不思議に感じた映魅が、後ろを振り返ると、ピンクとグリーンのストライプの自分のパンツが、完全にスカートから露出していた。


「きゃぁぁっ!」


 それまでとは全く違う、恥ずかしい女の子の声で悲鳴を上げ、足をベッドから出して、スカートを下げる映魅。

 もう、絶対スカートがめくれない状況なのに、スカートを押さえて赤い顔でうつむく映魅。


「……見ましたか?」

「あー、まあな? ストライプだった」


 とっさに目をそらした和人は、だが正直に自分の見たものを吐いた。

 その潤んだ目に、嘘がつけなかったのだ。


「見ましたね……?」


 映魅が、顔の赤いまま立ちあがり、だが、まだ恥ずかしいのかうつむいている。


「じゃあ、せんせーも見せてくださいっ!」

「痛っ!?」


 と、思ったら、そのまま飛びかかって来て、和人は椅子から落とされる。


「せんせーだけ見るのはずるいですっ! 私もせんせーのが見たいですっ!」

「待てって! お前が勝手に見せたんじゃないか!」

「それでもです! 恥ずかしさは変わりませんっ!」


「いや、それは知らないって! 俺は関係ないだろ!」

「みーせーてーくーだーさーいーっ!」


 半泣きの映魅はいつもよりも鬼気迫るものがあったが、そのうち体力が尽きた。

 その様子があまりにも寂しげだったので、和人が一言言ってやった。


「お前もいつか俺の彼女になるからさ、パンツくらい見られても平気になれよ……」


 それは高校生の恋人の域を超えているが、その時は他に言葉も浮かばなかった。

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