第16話 情報を交換する。

「これでいいだろ? さ、飯も食い終わったことだしそろそろ──」

「待ってよ、それより、もう一つの質問にも答えてよ」


 席を立とうとした和人は、陽佳の言葉に止められた。


「いや、既に二つ以上の質問には答えてると思うんだが」

「さっきのは全部ひとつめの質問よ。ちゃんと二つ答えないと黙っててあげない」

「…………分かった、さっさと言え」


 卑怯だと言おうかとも思ったが、言うだけ無駄なので、先を促した。

 今、自分がこの場の主導権を握っていないことくらい分かる。

 だが、陽佳の態度も嘲笑や見下しのそれじゃなく、どちらかと言ういうと友好的であったため、あえて変える必要もない。


「あんた、この学校に何しに来たの?」


 だが、陽佳の質問は非常に核心を突いていた。


「……は?」

「だっておかしくない? 飛び級してその歳で大学院卒業した天才が日本の、特に優秀でも母校でもない学校で教師をするなんて。そのために特殊な教員免許作ったんでしょ?」


「だから、さっきも言ったろ? 理事長に──」

「うん、それはさっき聞いたから分かる。だけど、じゃあ、どうして理事長はあんたに目をつけたの? それに恋愛自由なんて、普通じゃない権利までつけて」


 陽佳の目は、真剣だった。

 確かに、どうしてここに和人が来たのか、陽佳でなくても不思議に思う生徒は多いだろう。

 だが、和人が不思議に思ったのは、陽佳がそれを知らないということだ。

 陽佳は下っ端で、璃々院から教えられていないのだろうか。


「そうだな、それは別に止められていないから答えてもいいんだが……交換条件だ。お前の知ってる事も一つくらい俺に教えろ」


 それならばこちらも交換条件をだせる。


「何よ? っていうかあんた頭いいんでしょ? 私の知ってることなんて大体あんたも知ってると思うけど?」

「白百合を愛でる会についてだ。これは俺よりもお前の方が詳しいだろ?」

「…………っ!」


 陽佳の顔色が変わる。

 驚いた表情、怯えた表情、警戒する険しい表情を一秒程度で移行していた。


「何が知りたいのよ……?」


 警戒感バリバリの猫のような。

 動き次第では飛びかかってきそうなほどの警戒感で、陽佳が聞く。


「いや、な。活動内容を読んでても、何してる部活か全く分からなかったからさ、お前が所属してるって聞いたから、何してるのかと思ってさ」

「別に? 普通にみんなで話ししてるだけよ?」


「そんな部活に学校が部室と部費を与えるか? 本当はどんな活動してるんだ?」

「……普通に話をしてるだけよ。それ以外何もしてない」


 陽佳の表情が苦しそうになる。

 その表情からでは、嘘かどうか分からない。

 ただ、目は泳いでいるし、明らかに挙動不審だが、だからと言って嘘をついているとは限らない。

 そもそも、和人はじっと女の子を見つめるといいうことが出来ないし、目が合うとそらしてしまうため、そこまで深くは見れない。


「どうして部費が出ているかは……部長がこの学校の理事のお孫さんだから、そういう融通も利くんじゃないかと思うけど……私も本当のところは知らないわ」

「そうか、で、お前はどうしてそんな部活に入ってるんだ?」

「…………」


 陽佳が和人を睨む。

 和人は女の子が怖くて目をそらしたので、その表情が追いつられめていたことには気づかなかった。


「……誘われたからよ」

「誰に?」

「部長に……」


 部長、というと璃々院沙也だ。

 噂だけで判断するなら白百合を愛でる会は、百合趣味である璃々院が自分好みの女の子を集めて愛でる集団。

 確かにこの陽佳はそこに誘われるだけの見た目ではあるし、話をするだけ、というのも間違いではないのかもしれない。

 そして、彼女は和人を敵として潰そうとしていて、陽佳のバックでもある。


「ってことは、お前は部長を信頼してるってことか?」

「別に、そんなことは……あ、ううん、尊敬してるけど!」


 陽佳が慌てて否定する。

 そして、それ以上は聞くな、と目で訴える。

 まあ、陽佳がそれ以上話せないのは分かっているので、和人もそれ以上は突っ込まない。

 ただ、面倒なので出来れば早いうちにその根を断っておきたい。

 陽佳の後本格的に攻撃されると厄介だ。

 何しろ刺客となるのは部員だろうから、当然和人が苦手とする女の子で、しかも美少女だ。

 来られてもいくらでも対処は出来るが、やっぱりちょっと怖い。

 それにそんなことばかりやっていたら、本来の目的がやりにくくなる。

 だから早めに片を付けておきたい。

 とはいえ、陽佳のような一部員ではこの程度が限界か。


「分かった、ありがとうな。じゃ、教えてやるよ、俺がここに来たのは──」

「あれぇ、木庭椰ちゃんじゃーん、こんにちわぁ~」


 和人が自分がここに来た理由を話そうとすると、二人に、いや、陽佳に話しかける大声が届く。


「す、涼姫すずき先輩……」


 怯えた目で、声を発した主を見上げる陽佳。

 和人が振り返ると、ショートボブの、すっきりとした美形の少女がにこにこと笑って陽佳を見ていた。

 その口調は、可愛さをアピールして失敗しているみたいな、なんだか媚を売っているのか、喧嘩を売っているのか判断に悩む口調だった。


「あれぇ? デート中だったぁ? お邪魔したかなぁ?」

「い、いえっ! そうじゃありませんっ!」

「いや、これデートだろ」 


 慌てて否定する陽佳と、更にそれを否定する和人。


「ちょ、馬鹿っ!」


 そして、それを罵倒される和人。


「へぇ、いいねぇ。じゃぁ、お邪魔しちゃ悪いからぁ」

「あっ! 先輩っ! 違うんです!」


 去って行く涼姫の背後に呼びかける陽佳。

 だが、涼姫はもう振り返りもせずに食堂から消えていった。


「誰だ、あいつ?」

「……副部長の涼姫先輩よ……何てことしてくれたのよ……!」


 陽佳が今にも泣き出しそうな表情で答える。


「なんてことも何も、何もしてないぞ?」

「……そうね。これは私が悪いんだわ……これから一年、耐えないと……」


 ぶつぶつとつぶやく陽佳に、ほとんど意味が分かっていない和人。

 おそらく、自分に攻撃をけしかけた側の幹部だから、陽佳を罰することはあるのかもしれないが、それにしても璃々院以外はただの生徒だ、通常の先輩という程度には怖いだろうが、大して怖いわけがない。

 少なくとも、ここまで怯えることはないだろう。


「とにかく! 私はもう行くから! もういいわよね? それじゃっ!」


 陽佳は去って行く。

 結局何も分からないままだ。

 一人残された和人は、既に食べ終わっていた自分のトレーと、置いて行ったままの陽佳のトレーを運んだ。

 そういえば、和人がここに来た目的を聞かないままに、陽佳は去って行った。

 大して興味がなかったのだろうか。

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