第15話 学食でのデート

「債権者会議?」

「ああ、昨日、社債割引の申し出会議があったんだ」


 茶海女学院高等部職員学生兼用食堂は昼食時でも満員になることはない。

 何故なら生徒の利用率が著しく低いからだ。

 元々茶海女学院の生徒は弁当持参が多いため、食堂使用率は少ない。

 まず、在来組のほとんどは利用しない。

 この食堂は小学校(給食)から大学まで同じ部門として食事を作っているため、決して味が劣るということはなく、中堅レストラン並みで、しかも安いのだが、彼女たちのようなお嬢様の舌には合わないようだ。

 しかも、小学校の給食からメニューが同じであるため、既に飽きてしまっているようだ。

 あと、編入組もそんな在来組に影響されて弁当持参が多いのだが、弁当を持参できない家庭環境の生徒も、職員兼用と言われると敬遠することも多く、ほんの一部の生徒のみ使用している現状だ。


「で、社債割引の申し出会議って何なのよ? ……あと、本当にそれでいいの?」


 陽佳は、少しだけ申し訳なさそうに、和人が食べるうどんを見る。

 彼女が奢ったのは、百九十円のうどんに、四十円の山菜おろしのオプションの二百三十円だけだった。


「ん? いや、これはこれでいい、どうせお前と話をする機会を作りたかっただけだからな」

「え、あ、そ、そう……でも、やっぱり私は……じゃなくて! 社債割引の申し出会議って何なのよ?」


 少し困ったように眉を寄せて、首を振り、怒るように聞く陽佳。


「ああ、唐産地所のことは調べただろ? あそこは今月末に迫った社債を満額で返せば、確実に倒産してしまうんだ。だから株価は急降下していたんだ」

「は、はあ……! っていうか、そんな株何で買わせてんのよ!?」

「まあ、落ち着けって。それをさ、社債保有者に頭下げて全額返せません、七割返しますのでこれで許してください、ってお願いする会議を昨日開催したんだ」


「そんなの絶対嫌よね? 普通に考えて」

「そうだな、だが、全額返すことになれば会社は倒産するんだ、そうなると社債そのものが不渡りになって、債権は全額残るが倒産した会社から債権を回収するのは非常に困難だ」

「…………素直に言うわ。何言ってるのか分からない」


 陽佳は眉をしかめて首を傾げる。


「例えばだ、お前が友達に一万円貸したとしよう。で、友達は実は他にも何人ものやつから金を借りていて、それが返せなくなっていて、お前は七千円に負けてくれと頼まれたとしよう」

「……はあ」

「せっかく貸してやったのに三千円損するなんてありえないから、お前はその要求を飲まない。そうしたらそいつは、もう死ぬしかないとか言いだして自殺未遂してしまった。その時、どうする?」


「どうするって……そうなったら諦めるしか……」

「ま、そうする奴もいるし、死んでもそいつの親のところに行って搾り取る奴もいるだろう。だが、親だって子供の借金を払う義務があるわけじゃないから、遺品をもらうことしか出来ない。遺品はまず換金しなきゃならない。そうなると大変だろ?」

「う、うん、大変っていうか、そこまでやる人って人として非道っていうか……」


「まあな。非道に思われるわ右往左往する必要があるわ、それも全て人件費かかるわで損することの方が多い。七割でも返ってくるならそれでいいって奴が多いんだよ、結局。だから、大抵は了承される。で、今回も了承されたわけだ。で、当面の倒産の危機が逃れたから、株価がちょっと上がったってことだ。ま、最終的に潰れるかどうかは知らんが利益出す程度ならそんなことは知ったことじゃないからな」

「……うん。分かったけど、どうしてあんた、そこまで知ってるのよ? 株なんて専門外でしょ?」

 あまりにも詳しすぎる和人に、陽佳が聞く。

「専門外のことも常識として知っているのが本当の天才って奴だ」


「……それも、ハッタリなの?」

「それ『も』って何だよ? 俺は生まれてこの方、ハッタリなんて──」

「でも、童貞は本当でしょ? 女の子と話もあまりしたことないんでしょ?」


「だ、だったらお前を抱いて──」

「別にいいわよ? ただ、私の目をちゃんと見て言ってよ?」


 既に一度そのハッタリを使っている以上、もう陽佳には使えない。

 更に先ほどから一度も目を合わせていないことを指摘される。

 陽佳にそう言われて、和人は彼女の目を見るが、それは泳いでいて、まともに見ているとも思えない。


「……ふふっ」


 その様子があまりにも可愛かったので、陽佳は微笑んでしまった。


「……笑うなよ」


 おそらく自分が女性に耐性がないことを知られてしまったことを理解した和人がむすりと顔をしかめる。


「こんなことみんな知ってるわよ。分かった、私はもうあんたの授業も真面目に受ける。だから、二つだけ教えて?」

「ああ、いいけどさ」

 歳上とは言え、生徒に上手に出られている状況を好とは思わないが、この程度なら構わないだろう。

「一つは、さっきのこと。どうしてこんなに株に詳しいの? そこまで細かく知ってるってことは株をやっているんじゃないの?」


「ああ、そうだな。お前は知らないかも知れないが、俺は本当なら世界的な機関で億単位の年収をもらって研究をしているはずだったんだよ。それが月給二十七万の教師をさせられてるんだ。もっと金が欲しいんだよ、だから株をやってるってだけだ」

「前から思ってたけど、どうして飛び級とかしてるあんたがこんな高校で教師やってるの?」

「……理事長が」


「理事長? 今の人? 確か去年に就任したんだよね? 始業式で見たけど若い人だった」

「ああ、茶海女学院大学二年生茶海葉奈だ」

「え? あの人、学生なの? へえ、で、それがどうしたの?」


「……誘われて……真剣にお願いされて……」


 和人は言葉を濁すが、思いっきり顔を背けている時点で何があったのか、陽佳には想像がついた。


「ふーん、そういうことかー。ほんっとうに童貞なのねあんた」

「…………悪いかよ」

「そんなのでよくあんな挨拶出来たもんね。絶対無理じゃないの」


「そんなことない……何とか出来るだろ」

「そう思ってるなら、本当に可愛い男の子ね。女の子ってあんたが思ってる以上にしたたかよ?」

「……それは、分かってるさ」


 和人は言われっぱなしになっていることには気づいているが。それでも何も言い返せなかった。

 おかしい、自分は陽佳との賭けに勝利して、完全に負かせたはずなのに。


「でもさ、あんたって別に普通に格好いいと思うし、勉強ばっかりやってたって言っても、女の子と仲良くする暇くらいあったんじゃないの? どうしてそこまで女の子を苦手にしてるの?」

「そんなこと、お前に言うわけないだろ」

「あ、そういう言い方するってことはやっぱり何かあるんだ。教えてよ、どうして?」


「だから、言わないって」

「言わないと、今聞いたこと全部ばらすわよ?」

「卑怯だろそれは!」


「その代わり、ちゃんと話したら絶対に言わない。ね? 教えてよ」


 にっこり笑う陽佳。

 和人は諦めたように口を開く。


「……昔、まだアメリカに留学する前、日本で近所に歳上の綺麗な女の子がいたんだよ。どこかのお嬢様だと思うんだけどさ。俺は気に入られてたし、多分、俺も好きだったんだが……とにかく、やたらわがままで、いつも一緒にいなきゃ嫌だというんだが、俺はその頃から色々なことを学びたいと思って、まあ、一日少しの時間ならいいんだが、空いてる時間はずっと一緒にいたいと言われて、困ってたんだよ」

「ふーん、ま、私はその女の子の方に同情するけどな。歳上って言ってもまだ子供でしょ?」

「そうだけどさ、それが常軌を逸しているレベルでわがままだったんだよ。ゲームして俺が勝ったら、ハンデとか言って顔面平手打ちして泣かせるし、負けたら罰ゲームとか言って、俺の服を脱がそうとするし」


「それは……さすがにひどいわね」

 少し呆れる、というよりも引く陽佳。

「まあ、そうなんだけどさ……多分、俺もその時はその子のことが好きだったんだと思う。だから一緒にいたんだろうし。だけど、やっぱり長い時間いるときついし、勉強もしたかったからそう言ったら、俺、拉致監禁されかけたんだ」

「……は?」


「まあ、その子の家は結構な金持ちだったんだけどさ、その部屋の奥に赤ちゃん用の柵を作って、そこに閉じ込められて『今日から和ちゃんは私が育てるからね? そこから出ちゃ駄目だからね?』って言われてさ。本当に二日くらい監禁されてたんだ、俺。しかも、逃げようとしたら定規みたいなので叩かれるし、逃げないように裸にされるし、本気で怖かった」

「……それって警察沙汰よね? 大丈夫だったの?」

「まあな、隙を突いて逃げ出せたし、親は捜索願を出してたらしいけど、その後どうなったかは知らない。その後俺はすぐに留学したからな」


 和人の説明に、陽佳は目を開くくらい驚いている。


「で、その時の恐怖で、女は怖いと思うし、特に優しく迫って来られると、何を企んでいるのかと恐怖を感じてしまう」

「うん……それは分かるよ。苦労したんだね?」

 嘲笑してやろうといつもり満々だった陽佳も、流石に同情した。

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