第14話 デートの約束

 翌日の十時半、ちょうど休み時間が始まったため、陽佳はスマホを見る。

 昨日の株をチェックするためだ。

 ちなみに、唐産地所の年初価格は千二十五円だった。

 それが昨日の平均購入価格は七十八円。

 呆れるほどの暴落だ。


 それで、買えるだけ、五万千二百株購入された。

 これだけ莫大な量の株を買えば、一円下がっても五万千二百円の損失だ。

 だが、もし、二円上がっていたら、利益は十万を超える。

 たったそれだけで、陽佳は和人とデートに授業を真面目に聞く羽目になる。

 別にそれ自体、嫌なことじゃない。


 男の子と勝負して負けました、そして、デートさせられました。

 それ自体、多少の悔しさはあるが、そこまで強力な負けず嫌いでもない彼女は、その程度は受け入れられる。

 だが、それを受け入れることは、出来ない事情もある。


 負けれは、「あの人」の指令に逆らったことになる。

 そうなれば……自分がどうなるか考えるだけでも恐ろしい。

 少し身を震わせて、唐産地所の現在株価をチェックする。


 唐産地所 現在株価:九十五円


「!?」


 見間違えかと思った。

 だが、何度見ても変わらない、更新をかけたら、今度は九十六円になった。

 何だこの値段は?

 昨日の終値を見ると七十九円だから、恐らくこの株で間違いない。

 どうしてこんなに上がっているのだ?

 このままでは自分はデートをしなければ、そして──。

 

「あ、あっ!」


 陽佳は急いで売りに出した。

 もちろん高く売るつもりはないため、成り行きだ。

 どうしてこうなった?

 昨日までは大暴落の株だったはずだ。

 株は間もなく売れた。

 平均売却価格は九十七円。

 陽佳は急いで計算した。


 昨日の買値は七十八円で、五万千二百株、つまり総額三百九十九万三千六百円だ。

 今の売値は九十七円だから、総額で四百九十六万六千四百円。

 利益は、九十七万二千八百円、百万には届いていない。


 陽佳はほっと胸を撫で下ろす。

 百万の利益が得られたらあいつの彼女になると言ってしまった。

 それは何とか免れたようだ。

 彼女になったら、もう何のいいわけも出来ない。

 夜恋先輩どころの騒ぎじゃない、もっとひどいことになっていただろう。


 いや、ほっとしている場合でもない。

 最悪の事態ではないだけで、自分はこれからあいつとデートしなければならない。

 正直、本当なら嫌な気分ではない。

 あの先生の自信過剰に見える性格は確かに鼻につくが、悔しいがそれに見合った実力はある。

 それは認めるし、素直に凄いとは思う。

 だが、自分はそれでも彼とは相容れない存在なのだ。


「よ、どうだった?」

「!」


 そこに現れたのは、和人本人。

 陽佳は慌ててスマホを隠す。


「な、何よ?」

「いや? いくらで売れたのかと思って見に来たんだよ。もう売ったか? まだなら、昼休みでもいいぞ? そうなると確実にお前は俺の──」


「もう売ったわよ! 九十七円で!」

「九十七円か……九十七万二千八百円の利益だな」


 一瞬で計算する和人に、少し驚く。


「と、とにかく! これであんたと付き合うのはなしね! 残念だったわね」

「そうだな。ま、それはまだ機会はいくらでもあるからな。それより、分かってるよな? 高校生の小遣いにしてはかなりの金を稼がせてやったんだ。約束は守れよ?」


 自慢げな和人の顔。

 悔しい、悔しいが、負けたのなら仕方がない。

 約束は守らなければならない、なにしろ相手は先生なのだ。

 仕方がない、これは仕方がないことなのだ。


「……分かったわよ。一回だけだからね?」

「そうだな、じゃ、今日の昼な? 今日は飯持って来てないからさ」

「うん……」


 ああ、自分は賭けに負けたのだから仕方がない。

 去って行く和人の背中を見つめながら、そう思いこむことにした。

 そうでなければ、この胸の高鳴りを押さえられないからだ。

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