第12話 襲撃を受ける。
「えー、この意味は『彼は驚いて振り返り、憂鬱になった』だが、『ブルー』ってのは日本の口語でもそのまま通用するから『彼は驚いて振り返り、ブルーになった』でも間違いじゃない。が、もし大学受験したい奴は『憂鬱』で覚えとけ」
視線が気になる。
和人は先ほどからずっと、異様な視線が気になっていた。
もちろん、教師という立場上、視線は当然受けるわけで、特に和人のような立場ともなると、生徒から熱視線を浴びせられる頃も多い。
が、そのどれとも違う、ねっとりとした視線が彼に浴びせられる。
その違和感の正体を、和人は十分に理解していた。
一年B組の英語の授業。
ここに入った時から、ある程度は覚悟していたのだ。
右から二番目の列の、前から三番目の席。
そこには、和人を恐怖させた、小柄なショートカットが座っていた。
彼女はさっきからじっと和人を見ていたのだ。
いや、和人の、股間を。
それこそ、燃えるような視線で。
正直、これは和人も怖い。
近くを通るたびに、飛びかかって股間を掴まれるのではないかと思ってしまう。
「とりあえず、ここまでで質問は?」
「はいっ! せんせー!」
勢いよく手を上げたのは、熱視線の少女、映魅だった。
「……なんだ、麻流山?」
「コミュニケーション英語って何ですか?」
「総合的な英語教育の教科だ」
「それは日常会話で使う英語を教えてくれるんですよね?」
「いや、専門的には英語会話という授業もあるから──」
「教えてくれるんですよね?」
「……まあ、基礎ならな」
さすがに映魅も授業中には聞いてこないのか、普通の質問だった。
「じゃあ、教えてほしい言葉あるんですけど、いいですか?」
「ああ、とりあえず、言ってみろ」
「えっと『先生のおちんちんを見せてください』って、英語で何て言うんですか?」
「……それは日常会話じゃないよな?」
映魅以外の生徒が少しざわめく。
「でも、私、ここに入学してもう、二回言いましたよ?」
「それはお前だけだ」
クラスがざわざわしている。
それは当然の話で、彼女たちはこの学校に入学してまだ三日目だ。
在来組にしてもこれまでとは違う雰囲気があるだろうから、多少は緊張しているだろう。
更に言えば、自分達と同じ年齢の美形男子が先生をする初めての授業だ。
緊張もしているし、何とかして先生に覚えてもらえるきっかけを作ろうと考えていた矢先の、超目立つ映魅の発言。
「とりあえず、教えてくださいっ!」
「……麻流山、後で俺の事務室に来い」
ここで相手にしても時間の無駄だ。
後でみっちり叱ってやろう、それこそ泣いてしばらく自分に会っても逃げ出すくらい。
そう考えて和人は言った。
「あ……はいっ!」
それをどう受け取ったのか、満面の笑みで応える映魅。
和人はただ、頭が痛くなった。
「せんせー! 来ましたー!」
外からノックとともに、大きな声が聞こえる。
鍵をかけて事務作業をしていた和人は、席を立ち、ドアを開ける。
「こんにちは! せんせいー、お招きいただきありがとうございます!」
和人は別に、招いた覚えはないが、その辺りの挨拶に、この子も一応は在来組として教育を受けているんだなあ、と感じた。
「招いた覚えはない。これからじっくりお前を叱るだけだ」
正直最後には殴って体罰も辞さないくらい、今日はみっちり教育してやるつもりでいた和人。
「とりあえず、そこに座れ」
和人は応接セットのソファを指さした。
「はいっ! あっ、ベッドがあるっ!」
が、映魅は、その奥のベッドにぴょーんとダイブした。
「おい、お前」
「せんせー! こっちですよ!」
これからへこむくらい説教をするつもりだった、和人は、説教前にへこむどころか調子づいている、映魅に、とりあえず拳骨の一つでも入れて泣かせるべきか、とも思ったが、さすがに女の子にいきなり拳骨は可哀想だと思い、何とか我慢する。
「麻流山、こっちに来い、早く!」
とりあえず、強引に引っ張るくらいならいいだろう、とその腕を取ってぐい、と引っ張ろうとした和人。
「かかりましたねっ!」
引っ張った腕は、和人が腕力を入れる間もなく引き寄せられ、和人が力を抜いたその瞬間。
「うわっ!?」
その隙を狙って、力を入れられ、和人はバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。
「てめえ、麻流……」
うつ伏せだった和人は起き上がろうと身体を半回転させたその時。
「ぐぅっ!?」
胸に、重みを感じ、一瞬だけだが呼吸が止まる。
和人が見たのは、茶海女子の制服のスカートとブラウスとベスト。
それに包まれている細身のボディ。
映美は、和人の胸に尻を乗せ、後ろ向きに馬乗りになっていた。
「もらったぁぁっ! ……あれ? えーっと」
映魅がベルトに手をかけ、外そうとするが、男もののベルトの外し方をよく知らないらしく、引っ張ったり叩いたりしていた。
「アホかぁぁぁぁぁっ!」
「ぎゃんっ!」
和人はその胴を抱え、自分の方に引き寄せた。
映魅はそのまま仰向けに倒れ、和人の上に乗っかる形になる。
小柄とはいえ、女の子の背中を顔面に押し付けられる形になった。
「わっ、わっ!」
和人は、暴れる映魅の背骨が鼻に押し付けられて痛かった。
そして、ベッドの上でバランスを崩した映魅は、そのままぽてん、と横に倒れる。
「びっくりしましたっ! まさか学校でせんせーに襲われるとは思いませんでしたっ! どうしてこんなことしたんですか?」
「俺もなあ、学校で生徒に襲われるとは思わなかったなあ! どうしてこんなことした?」
和人はそっくりそのまま言い返してやった。
というか、真横にいるから顔が近い。
「もちろん、おちんちんを見るためですっ!」
何故だか、映魅の吐息からはイチゴの匂いがした。
「……あのな? お前、人の股間を見たいだけで襲いかかるのか?」
「はいっ! 見たいですから!」
「見たいってだけで人を襲うなっ! それは山賊の発想だっ!」
「だって、見せてくれないですし……」
少し拗ねたように、映魅が口を曲げる。
「……お前、これから時間は大丈夫か?」
「はい?」
「用事とかあるか?」
「いえっ! 今日は何も用事がありませんっ! いくらでもじっくりせんせーのおちんちんを見ていられます!」
「よし、ならいい。これからじっくりと、時間をかけてお前を説教してやる。特別だぞ? よかったな」
「え、えー……」
映魅はさすがに少し嫌な顔をするが、それで辞める和人ではない。
その後、みっちり放課後三時間かけて説教をしたが、絶対に聞いてなかっただろう、という質問をいきなりしてきたりでまともに聞いていなかった。
しばらくすると、静かになったので、見ると、熟睡していた。
和人は起きるまで事務をして、起きたのでさっさと帰した。
結局労力をかけただけで、 映魅は何一つ反省もせずに、何一つ成果はなかった。
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