第11話 白百合を愛でる会
「うーん……特に何もないんだよなあ……」
放課後の自分の部屋。
パソコンを開き、木庭椰陽佳の個人ページを何度開いてもどこには問題が出てこない。
つまるところ、去年の担任には問題がある生徒には見えなかったのだろう。
確かに、あの態度以外に問題があるわけじゃない。
顔だけを言うなら、多少生意気そうで気も強そうではあるが可愛いし、綺麗な顔立ちだ。
そういう女子は普通ならクラスを牛耳っていそうだ。
いや、学級委員などとは別に、クラスの雰囲気を牛耳っていて、彼女に嫌われると、クラス中から嫌われる、なんて意味でよくいそうなタイプではある。
だが、クラスの対応はそれとも少し違う気がした。
なんて言えばいいだろう、特別枠、という印象だ。
あの子が言うのなら仕方がない、別にあの子が悪いわけじゃないから、先生頑張って? という雰囲気井に見えた。
そして、今日も絡んでは来たが、少し反論したらあっさりそれを打ち切った。
まるで、自分の義務を淡々とこなし、終わったから後はどうでもいい、みたいな。
「うーん……」
和人は腕を組んで考える。
和人に見せる態度は完全に生意気を通り越した悪意ある態度。
だが、それをしているのはどうも和人へだけのようで、他の教師から見た彼女は普通の生徒なのだ。
自分だけにあの態度を取っている。
それが個人の好き嫌いなら何の問題もない。
だが、その程度で好き嫌いが出るのなら、他の生活態度にも現れることだろう。
他に特徴があると言えばこの部活くらいか。
リンクがあるので「白百合を愛でる会」のページに移動してみる。
「白百合をはじめとして、季節の花を女性に喩えて愛でる茶会を開催するクラブ活動。顧問、種村佳苗、部長、
意味は分からない。
結局のところ、最初のイメージ通り、お嬢様学校によくありがちな、よく分からない優雅な部活という認識に間違いはないようだ。
「特に問題があるような部活には思えないがな……」
気になる点があるとすれは、こんな優雅な部活に、あの木庭椰陽佳が入っているようには見えない、という点だ。
それこそよくも知らないくせにイメージで判断するのは良くないだろう。
だが、似合わない華道家というのももちろんあるが、もっとこう、合理的というか即物的な人間に見えたのだ。
この部活は、本当にこの題目の活動をしているのだろうか?
「ふむ……」
分からないものは考えても答えは出て来ない。
和人は立ち上がって、隣の部屋に向かう。
「理事長、いるか?」
「はい、おりますが……理事長なんて他人行儀な言い方をなさらなくても、葉奈で構いませんわ?」
「ところで理事長、少し聞きたいんだがいいか?」
「……はい、どうぞ」
少し不機嫌になる葉奈だが、構わず和人は続ける。
「知っていたらでいいんだが、「白百合を愛でる会」ってサークルはどんな活動してるんだ?」
「ああ……そこに行きつきましたか……」
困ったように微笑む葉奈。
「何か問題のある部活なのか?」
「問題と言いますか……その部長の璃々院さんが問題といいますか……」
「璃々院沙也……三年生か?」
「ええ……璃々院家の令嬢で、うちの専務理事をされていらっしゃる方のお孫さんに当たりますが……趣味が変わっていまして。いえ、まあ、それはいいのですが、とてもわがままな方です……」
わがままなお嬢様、という言葉に、和人は言い知れぬ嫌悪を感じる。
これまでそのような存在に出会ったことはほんの限られた数だけだ。
しかも子供の頃のことで、忘れたい存在でもあったのでほとんど覚えてはいない。
だが、何となく想像はつく。
自分には何の実力もないくせに、祖母の威光を自分の力だと疑わず、わがままにやりたい放題なのだろう。
「まあ、今は別にその璃々院ってののことはいい。俺のクラスの木庭椰陽佳がそこに所属しているらしいんだが、何か変わった活動でもしているのかと思ってな」
「いえ、木庭椰さんのことを詳しく知っているわけではありませんが、その子はそんなに悪い子ではないと思います……ただ、選ばれただけなのでしょう……」
「? すまん、意味が通じない」
「……璃々院沙也さんは、女性を愛する趣味をお持ちの方です。そして、白百合を愛でる会は、彼女がお気に入りの生徒を無理やり集めて愛でているのです……会自体は特に問題を起こすわけではないので、こちらでは何も言えません……」
「ああ、それか……」
和人は全てを理解した。
こういう学院には一人はいるという、同性を愛する生徒。
まあ、別にそれは教師も干渉しないだろうし、向こうも自分たち以外は関係ないだろう。
そこに和人が赴任してきた。
放置しておけばいいが、和人は言ってしまったのだ。
「学校全員の生徒を惚れさせる」と。
それは、彼女からすれば、絶対に相容れない存在だろう。
自分の領域を侵略する者だと認識してもおかしくはない。
「おそらく、ですが、木庭椰さんは貴方を潰すようにけしかけられただけで、本人にその気はないと思います……どうか悪く思わないでください」
「いや、本人がわがままだと言っても、別に実際の権力がそいつにあるわけじゃないだろ? だったら誰がそんな命令に従うんだ?」
「それが……うちの専務理事の璃々院さんは、理事会内でもとても人望があって、一部の教員の方にも彼女の指示には従います。そして、その教員の方々は、直接璃々院沙也さんの命令も聞くのです……」
先生が生徒の命令を聞く、ということが当たり前に行われていて、それを理事長から聞くことになろうとは、和人は思わなかった。
歪んでいるというか、腐っている、とはっきり言ってもいいのだろうか迷う。
「彼女が一年生の時、彼女がお気に入りに選んだ子がいました。
「いや、それが本当なら、どうしてお前はほっとくんだ?」
「……こういう言い方は卑怯ですけど……当時は私もここの生徒で、つまり就任前の話ですし……その時は前理事長……私の母は病床におり、全権を専務理事の璃々院さんに委任しておりましたので……。」
当時の理事会を掌握していた専務理事の孫娘の行為は、完全に抹殺されたのだろう。
「だが、今は別にお前が理事長なんだろ? だったら誰も従う必要なんてないだろ?」
「いえ、ですが、理事会の決定は基本的には多数決です。私のような小娘と、長年理事をやって来られた璃々院さんでは他の理事のみなさんはどちらにつくか、目に見えています」
「だが、俺の採用はお前が決めたんだろ?」
「はい、頑張りました」
「いや、頑張ったとかじゃなくてさ」
「?」
「……いや、もういい」
こんなお嬢さんが理事会で支持されるわけがないか、などと思ったが、あえて言うことでもないと黙っていた。
「あと言えるのは、普通の高校生にはそんな理事の人事や力関係なんて分かりません。『祖母が専務理事』『一年の時逆らったクラスメートを裸で土下座させた』という噂だけが残りますから」
「そうだろうな。とにかく、木庭椰が喧嘩を売ってくるのは、その璃々院って奴がけしかけてるからってことだな?」
「はい、ですから、彼女をそこから救ってあげてください……」
救う、と頼まれた和人だが、一つだけ考えることがあった。
もちろん降りかかる火の粉は払うつもりだが、陽佳の本心は分からない。
白百合を愛でる会に誘われて光栄に思っているかも知れない。
和人に喧嘩を売れと言われたが、望むところだったのかも知れない。
別にそれならそれでいい。
和人も全員が自分を好きになるとは思っていない。
ただ、自分の仕事を邪魔されるのだけは避けたい。
嫌いでもいいが何とか穏便にことを送りたい。
「そう言うのは難しいなあ……」
「何の話ですか?」
「ああ、ただの独り言だ。何とか木庭椰に俺の仕事を邪魔されないようにするにはどうすればいいかを考えていたが、なかなか浮かばなくてな」
「そうでしたか。そうですね、彼女が璃々院さんの下にいて彼女の命令に従っている以上、方法は二つですね。その璃々院さんを支配するか、もしくは──」
葉奈は一度言葉を躊躇する。
「木庭椰さんを、井尾先生が惚れさせて離れさせるか、くらいでしょうね。さすがに璃々院さんといえど生徒ですから、教師の恋人には手を出せません」
「そうか……それしかないのか……」
ここでの初仕事が、あんな子を惚れさせることとはな、などと和人は苦笑する。
べつに彼女が嫌いなわけではない。
見た目は可愛い女の子だし、自分に対してはきつい受け答えをしているが、本来はそうではないようだ。
だが、和人はこれまで、誰かを好きにさせた、などという経験はない。
見た目も格好いいし頭もいい彼は、何もしなくても女の子が向こうから寄って来ていたし、そもそも苦手なのだ。
だから、遠ざけるためのテクニックだけは長けている。
それがこの場合何の役に立つか、と言われれば何の役にも立たない。
しかも、今回の場合、敵側の人間を惚れさせなければならない、ということになり、普通より難度が高い。
とはいえ、璃々院という、そもそも男の興味を持っていない者に惚れさせるよりはマシだろう。
「井尾先生なら、楽勝ですよね? そのくらい」
「え? あ、ああ。もちろんそうだ」
「世界一ガードが堅いイタリアの女性を手玉に取れるとおっしゃっておりましたし」
「……そんな事言ったか?」
「はい、帰国の移動の時に」
「…………」
何となく、言った覚えがある。
嘘を吐く者は、嘘とバレないよう聞かれてもいないのに詳しく言おうとしてしまうものだ。
和人は自分の凄さを語ろうとして具体例としてそう言ったのだろう。
今となってはそれが後悔のタネだが、もう仕方がない。
何とかして木庭椰をとりこにするしかない。
「頑張ってくださいね」
和人の重大な決意と、軽く出来ると思っているから大した励ましでもない言葉の葉奈。
だが、軽く出来ると言ったのは和人であるので文句も言えない。
とにかくやるしかないのだ。
「……面倒だなあ」
そんなぼやきが、自然に口から洩れた。
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