第10話 喧嘩を売られたのか?

「はい、じゃあ座れ」


 二日目の朝、今日はLHRで書くクラス役員を決めたりもあるが、少しずつ授業も始まる。


「じゃあ、今日は各クラス役員を決めたい」


 和人は黒板に各役員を書く。


「立候補はいるか?」


 一瞬、しん、となってからざわざわする。

 ああ、やっぱりこうなるのか、などと和人がうんざりし始めた頃。


「他にいないなら、私、学級委員やります」


 一人の生徒が手を挙げる。

 顔は昨日覚えた。

 大久保多恵、確か去年も学級委員をやっている子だ。

 こういうことが好きなのかもしれない、とにかくそういう子は助かる。

 もしくは、何らかの義務感で誰もやらないのなら自分がやるしかない、と思っているのかもしれない。


「あ、多恵が学級委員やるなら、私、副委員やります」


 すると別の生徒が手を挙げる。


「じゃあ、私は──」


 また別の生徒が手を挙げる。

 そして、各々積極的にやりたいものを言い、しかも重複は一切なかったので、役員はものの十分程度で決まってしまった。

 普通の学校なら誰もやりたがらないから、決まるまでの押し付け合いになるだろう。

 それがすんなり決まった上で誰も同じものをやりたい、ということもない。

 おそらく、これがここの教育だ。

 だが、そこに一つ、問題が内包されていることを理解した。


「じゃ、クラス役員は一年間これで問題ないな?」


 特に異論は出ない。

 クラス委員に選ばれた五人、クラスを代表して学校全体のために働く三人。

 彼女たちは全員、在来組だった。


「えー、委員は決まったので、もう、LHRで決めることはなくなったんだが……」


 今日聞いた、LHRでやるべき事はそれだけだった。

 だから、後は何もないのだが、三限目からは授業があるため、帰すわけにもいかない。

 この機会にやっておくことがあればいいのだが、それも特にない。


「じゃ、先生の質問タイムでいいんじゃないですか?」


 昨日も先陣を切って和人に質問した生徒が手を挙げて言う。


「いや、それは聞きたい奴と聞きたくない奴がいるだろ?」

「でもぉ、『お前ら全員俺の彼女にしてやる』って言ってたじゃないですか? じゃあ、みんなに教えないと駄目ですよね?」


「あー、分かった。じゃあそうしよう。この時間は基本、自習でいい。質問は受け付けよう。興味ない奴は一人で自習してていいからな?」

「はーい、じゃあ一つ目の質問でーす!」


 結果、真面目そうな生徒も誰も自習をせずの質問タイムになった。

 繰り返される質問は困る内容もないので、適当に答えていった。


「こっち、質問いいよねー?」


 馴れ馴れしい口調は、もう慣れたが、そこに多少侮蔑が混じる声。

 昨日のあいつだ。


「ああ、いいぞ、木庭椰だっけ?」

「んー、あのさ、あんたって童貞だよね?」

「なっ!?」


 ある程度面倒くさい質問が来るかと思って身構えていた彼にすら予想外の質問が飛んできた。


「違うぞ? だから、昨日言っただろ? 俺はこれまで何人もの──」

「そんなガキの嘘、どうでもいいからさ、本当のことお姉さんに言ってみなよ。ねえ、童貞なんでしょ?」


 ガキ。

 木庭椰陽佳ははっきりとそう言った。

 和人をガキだと言ったのは、生徒では彼女が初めてだ。

 もちろん陰で言われていたのかも知れないが表立っては彼女以外言った者はいない。

 確かに十五歳である和人は、高校二年生の春には大体十六歳である彼女たちよりも歳下だ。


 だが、もちろん和人は彼女たちよりも自分がガキだとは思ってはいない。

 生まれてから何をしたかで今がある。

 そう考えると、年齢だけでガキか大人かは語ることは出来ない。

 だが、その認識、いや、感覚に近いものを、どう説明すればいいだろう。

 昨日の失敗から、ある程度のことは考えてある。


「俺は童貞じゃない。なんなら放課後にお前を抱いてやろうか? 俺は構わないし、俺の事務室にはそれ用のベッドもあるぞ? つまり学校公認だ。お前も大人だというなら問題ないだろう?」

「……っ!」


 陽佳は何かを言い返そうとしたが、すぐには何も言えなかった。

 何しろ、彼女は学校の先生が「お前を抱いてやろう」などと切り返してくるとは思わなかったのだろう。

 そう言われては、後は本当に抱かれるか、断るかしかない。


「……私、歳下のガキとか興味ないから」

「一度試してみろ、年齢にこだわっていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるぞ? 年齢にこだわっているのは儒教思想の国の一部だけだ。そもそも儒教ってのは男尊女卑も甚だしい思想だぞ? お前はそれでいいのか? 歳上のお前が偉い、になるなら、男の俺が偉い、になるぞ?」

「いいって言ってんの! もういいから! 次の質問行けば?」


 完全にペースを乱された陽佳は、最初から何の興味もなかったかのように、そっぽを向いた。

 クラスの誰も、それを非難したりせず、ただ話している間は黙ってそれを聞いていた。

 この空気は何だ?

 和人は不思議に思いながらも、場を続けた。


「では、他に質問は──」


 和人の声は教室に響き、数秒くらい、誰も発言しなかった。


「あ、じゃあいいですか?」


 おずおずと、一人の女生徒が手を挙げた。


「ああ、何だ?」


 そして、それ以降はまた、それまでと同じように質問タイムが続いた。

 その間、陽佳は不機嫌そうに横を向いたままだった。

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