第6話 初めてのホームルーム②

「ちなみに先生の好みはどんな子ですか?」


 だが、そうなると話が変わってくる。

 何しろ、この学校に通っている彼女たちには本当に出会いがない。

 目の前に若くて格好いい教師が、恋愛対象者として存在するのだ。

 しかも自分たちは担任の生徒であり、何らかの理由をつけて和人と話が出来る立場にある。


「好み、と言えるほど女の好みを考察したことはないが……そうだな、自立している女だな。自分に誇りを持っていて、自分の行動に責任を持てる人間だ」

「曖昧過ぎて分かりません!」

「大抵の具体的な好みは、特定の誰かを想像しているから、実際の好みじゃない、だから言いようもないってのが正解だな」


 正直な話、和人は女の子を苦手として来たので、こういう子がタイプだ、なんて考えたことはない。

 子供の頃、仲良くしかけていた女の子は確かにいる。

 だが、その頃の同年代の女の子と言うのは非常にわがままで、しかも当時の和人をもってしても、何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 だから、留学を機に逃げたことならある。

 それ以来なるべく女の子のことは考えないようにして、勉強に集中していたのだ。


「じゃあ、先生のこれまで付き合ってきた女性のタイプを教えてください」

「え?」


 まずい、そう言われるととても困る。

 だが、始業式で大見得切った以上、自分は恋愛豊富で、女の子を惚れさせるくらいわけない、という態度でなければならない。

 でないと、年上の彼女たちになめられる。

 彼は女の子のことを考えないようにして来たため、嘘を吐くにしてもリアリティのある事は言えない。

 どうすればいい?

 和人は悩む。


「──過去の女の事は、忘れた」


 少し憂いを含むように上の方を見上げ、何かを思いだすような表情でそう言った。


「俺は、未来に生きている。だから──」

「そんなこといいから教えてください」

「お、おう」


 だが、一部の女子には通じなかった。


「それは、あれだ、そうあれ、ジェニファー。あいつはいい女だった」

「具体的にはどんな人だったんですか? 歳は?」


 詳細を聞かれるが、そもそも、実在しないジェニファーさんのことは、そう具体的に想像しているわけではない。

 そもそも女の子を遠ざけていた和人は、モデルに出来る女の子すらいないのだ。

 最近、よく話をした女の子と言えば葉奈くらいだろう。

 確かに葉奈は魅力的ではあるし、だから彼がここにいるのだが、生徒の知り合いの話にになるので、特定される恐れもある。

 とはいえ、背に腹は代えられない。

 なるべく曖昧にして、特定されずに誤魔化そう。


「彼女は歳上だ。淑やかな、まさに日本古来の古き良きお嬢様といった感じで、自分の分を弁え、歳下の俺の事もきちんと尊敬を忘れない人だった」


 生徒一同、ぽかん、と口を開けた。

 ジェニファーという名前の、日本のお嬢様?


「彼女は、いつも俺に『お願いします、お願いします』と頭を下げるばかりだが、こっちも頼られると悪い気はしないから、いつも頼みを聞いてしまって。色々面倒なこともしたもんだな」

「あの、先生……」


 ぺらぺらと語っている和人を、不思議そうに見つめる生徒の一人が代表して、手を挙げる。


「それって、全然自立していませんよね? それに、ジェニファーさんって本名ですか? 日本の古き良きお嬢様なのに……?」

「え? あっ!」


 言われて初めて気づく和人。

 そして、気づかれたことは、生徒には丸分かりだった。


「それは、あれだ、うん。彼女で懲りたから自立した女が好きになったんだな。ジェニファーは俺が呼んでただけのニックネームだ。えーっと……俺は彼女の魅力に民族皆殺戮ジェノサイドされそうになったからな」


 得意げに語る和人。

 茫然とする生徒たち。

 もしそれが本当だとしたら、なんて嫌な名前の付け方だろうか。

 もし、そのジェニファーさんが実在して、自分がその立場なら絶対に呼び名を変えさせるし、変えないならどれだけ和人が魅力的であろうと絶対に別れる自信がある。

 そんな、引き気味の生徒。


 そして、彼女たちは徐々に悟る。

 ああ、この人、恋愛経験がないのだ、と。

 今年で十五歳、自分より歳下の、大学院を卒業したような男の子。

 たとえ格好いいにしても、恋愛経験が豊富なわけがないではないか。

 何せ、何にもせずに適当に勉強しているだけの暇な自分たちでさえもほとんどしたことがないのだから。


 やだ、可愛い。

 そんな空気が教室には漂っていた。


「まあ、とにかく、そう言うことだ」


 どういう事なのか分からなかったが、もはやとても可愛い生き物に見えていた生徒

たちはそれ以上追及はしなかった。


「今日はこれで終わりだ。起立!」


 そして、それ以降は何もかも打ち切り終了を勝手に宣言する和人。

 和人の号令で全員が立ち上がり、礼をして、解散する。

 みんな一斉に帰るのかと思いきや、半数くらいの生徒が、教壇にやって来る。


「先生、歳上好きですか?」

「社会で分からないとこがあるんですけど」

「先生、どこ住みですか?」


「デートとかしてもいいんですか?」

「職員室どっちですか?」

「キャンディ食べます?」

「パンティ見ます?」


 いきなり大量に質問されて、一瞬凍る和人。


「いやまて、質問は一人ずつしろ。あと最後の奴は自分を大切にしろ!」


 教壇の周りを取り囲むように、生徒たちが彼を包囲する。


「あ、まだいたっ!」


 教室の外から、更なる加勢、外のクラスの生徒がやって来る。


「先生、誕生日いつですか?」

「血液型は?」

「うちのクラス教えますか?」


「背が高い子と低い子、どっちが好きですか?」

「ラインやってます?」

「パン食べますか?」


「パンツ食べますか?」

「だーかーらー! お前ら待てって! あと、最後の奴はなんだ、そう、資源を大切にしろ!」


 和人が、もう怒鳴るくらいの声で言うが、収まるどころか、どんどん後ろからやっ

て来る。


「きゃっ、押さないで!」

「ちょっと待て! 迫ってくるな! うわぁぁっ! 待て、待てって!」


 教壇の両側から、生徒たちが後ろから押される形で、和人を両脇から挟んできた。


「おまっ、ちょっと落ち着けって!」


 両方から女の子の身体が押し付けられ、そもそも女子の身体に慣れていない和人はかなりまずいことになりつつあった。

 和人は平均的な女の子たちより、頭半分くらい身長が高いため、呼吸的に深刻な事態は免れているが、それでも女の子の身体、主に胸が押し付けられ、吐息が耳をくすぐるくらいには密着した状態になっている。

 今、全員が離れたら、そのまま前かがみだ。


「とりあえず、落ちつこう、俺はお前らの教師なんだ、時間はいくらでもあるし、相談も話し相手もしてやるから、焦るな! わかったむぐっ」


 周囲に迫る女生徒を落ち着かせようと説得をしている最中、彼の口のあたりに、一人の女生徒の額がくっつけられる。


「おまっ!」

「あ、ずるい!」

「私もおでこキス!」


「次、私!」

「ちょっとまぐっ!」


 今度は次々とヘッドバッドを食らわされる和人。

 その背後からはぎゅっと抱きしめられる。


「ちょっと待てお前むぐっ」


 これでも抵抗はしている。

 和人は男としては力はない方だと思うが、女の子一人くらいなら力負けするほど貧弱でもない。

 が、こうも大量の女子に囲まれると、力でも敵わない上に、何も考えずに押し返すと胸を押してしまうので、どうしても躊躇してしまう。

 実際早い段階で押してしまったため、それ以上はほぼ無抵抗だ。

 そんなもみくちゃ状態が一時間ほど続いて、何とか解放されるまでに、和人の元々あまりない体力はほぼ尽き果てていた。


「もうだめだ……」


 教室で一人、ぐったりと横たわる和人。

 たった一日で、女子高教師という職業の恐ろしさを知ってしまった。

 あと、さっきからぴんぴーん、ぴんぽーんと携帯がうるさい。

 見ると生徒たちから次々とメッセージが届いていた。


「……何だこれは……ああ、位置情報か」


 和人が使っているスマホのメッセージアプリは、位置情報から近くの人間のIDを収集し、メッセージを送ることが出来る迷惑なサービスが付いている。

 さっき和人のそばにいた生徒たちが、勝手に位置情報からIDを割り出して、メッセージを送っているのだろう。


「……どうすんだこれ……」


 メッセージだけではなく、やたら写真やイラストも多い。

 中には、ゲームへの招待などもある。

 一応、和人の生徒であるし、慕われているのだから邪険に扱うわけにも行かない。

 これが今日の人数なら返事を返すくらい時間はかかるが出来ないわけではない。

 だが、今後これが全校生徒に広まっていくとなるとまず無理になるだろう。

 それにこれはスマホを持っている生徒だけを贔屓することになる。


 最初から無視するのは冷たいので、とりあえず今日だけであることを付け加えて返信する。

 それだけで一時間くらいかかりそうな作業だ。

 まったく、大変な事を引き受けてしまったな、なんて考えながら返事を返していた。

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