8話「名無しさん@匿名希望 その後」

「おはよう、山田さん」

 これは後から聞いた話なのですが、あの日、あの場所で気を失った私を、石沢さんが背負って寮まで運んでくれたのだそうです。ああ、なんて友情というのは尊いのでしょうか。今後三日くらいは石沢さんに足を向けて眠れませんね、と思ったのもつかの間、よくよく考えてみるとあんな危険な場所に私を連れだしたのは、石沢さんなのですし、当たり前といえば当たり前なのでは……? という疑惑に頭をもたげる私なのでした。


「あ、芹沢先輩。カロリーメイトありがとうございました。お陰様で、在野さんを撃退できました」

 カロリーメイトって凄いんですね。そういえば下界にいた頃の私の大好物でしたっけ。主食といっても何ら差し支えのないレベルで貪っていましたっけ。


「役に立ったみたいでよかった」

 芹沢先輩は、可憐に微笑みました。


「ところで頭は大丈夫?」

「ちょっと数学はやばめですね」

 数式を見るだけで頭痛が痛いです。


「そっちの大丈夫ではなくてね? 誰かに殴られた方なんだけど」

「あー!! そうなんですよ!! 先輩!! 中等部の制服を着た匿名希望の彼女に殴られたんですけど――……ってあれ? 殴られた事、先輩に言いましたっけ?」

「石沢さんが言ってたの」

「そっかぁ」

 貼り付けられた芹沢先輩の微笑を眺めながら、うーんと首を捻る私でしたが、今はそんな事よりもあの無礼な後輩に対する苛立ちの方が強かったので忘れましょう。マルチタスクは苦手なのです。


 あの場では恐怖にかられましたけれど、昼間ならば分があるのは年上の私でしょう。再会次第、拳骨をお見舞いしなければなりません。


「――見つけた」


 そう決意した私の脳裏に、彼女の声が蘇るのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る