やしゃ ひめ!

星村哲生

やしゃ ひめ! (本編プレ)

※ 時系列は本編開始数日後のエピソードです。お試し読みにどうぞ。

〇〇〇 序 幕

「ギィァァァアッ!」「グォォォオッ!!」


 暗闇の中、真っ黒い足軽みたいな兵士が叫び声を上げて、私に襲いかかってきた。

 普通の女子高生なら、悲鳴を上げてうずくまるだけだろうけど――――

 私、三滝涼子はそうじゃない。


「はっ!!」


 ザシュッ ズン ダギャッ


 むしろ返り討ち、それも撫で切りだ。

 日本刀を袈裟斬りに振るう。三体切り伏せるのに一呼吸もかからない。

 今たおした兵士は虚神ウツロがみの尖兵、虚蟠兵きょばんへいだ。

 頭が陣笠みたいに大きなワラジムシになってるからその名がついてる。

 悪魔でも妖怪でもない、異形の兵士。それが私の戦う相手だ。


 事は放課後にさかのぼる。授業も終わって、夜食用のコンビニスイーツを吟味していたら私の『先輩』から連絡がきた。

 せっかく5月の陽気で過ごしやすいのに、虚兵ウツロへい討伐の要請を受ける。

 断るわけにもいかなくて引き受けると、都内のある場所に行ってほしいと指示をもらう。

 少しだけ・・・・、地理に明るくない私は少しでも交流のある男子に頼らざるをえなかった。


 棲んでいる神奈川県から電車を乗り継いで、東京の郊外、それも山奥に向かう。

 夜8時のさびれ切った工場街。その中の空き地。

 その地面には、コールタールが浸みたような丸いくぼみがいくつもできてる。

 虚ろだまりと呼んでる、異界とこちらを繋ぐ門だ。

 そこから、虚蟠兵が蟲みたいにわらわらと湧いて出てくる。


「あ、うわ……!」


 後ろにいる、岳臣たけおみ君が上ずった声を上げる。

 線の細い同級生の男子だ。

 よせばいいのに、私と虚神の戦いを撮影したいと頼み込んできたので、自分の身は自分で守る事、と条件を出して同行を許可した。

 虚蟠兵は私にとってはくみしやすくても、一般人の彼は一体倒すのも難しいだろう。

 その中の何体かが彼に向かった。

 緩慢な動きでも着実に距離を詰める。岳臣君は逃げまどうだけだ。


 彼とはちょっとだけ・・・・・・縁あって、私のサポートを頼んだりしている。

 時々私のことをじっと見てたりするけど、今そんなこと気にしてる場合じゃないか。刀で斬られそうだし。


「はっ!!」


 右手に装着されてる異形の篭手、『夜叉の浄眼」を前に突き出し、手の甲についた水晶から光を照射する。

 闇から来た兵士たちは、光を極度に嫌う。

 その発生源の私に、注意と敵意が向くのは自明の理だ。

 思惑通り30体ほどの虚蟠兵が全員、警戒しつつも私を取り囲む。


「涼子さん!!」


「わかってる、これくらいなんともないわ。

 妖魅顕現、『鎌鼬かまいたち』!!」


       ゴ   ォ    ッ!!!


 浄眼をかざして叫ぶと、呼びかけに応じて空き地に旋風つむじかぜが起こった。

 そこから銀毛のイタチにも似た妖怪が三匹顕れる。

 手の先に鎌をつけた、有名な『鎌鼬』だ。

 続けて文言を唱えた。


「鎌鼬、妖具化ぐるか!!」


「きいっ」「きいきい」「きいっ」


 私の声に反応した三匹の妖怪が、可愛く鳴いてうなずく。空中で一か所にこごった。

 直径7cmくらいの、真球で緑色の宝珠になる。そのまま夜叉の浄眼の手の甲に吸い込まれた。

 と、同時に右手の日本刀に変化が生じる。が太く長く伸びた。

 そして刃の部分も厚くなり、反りが入る。柄の部分から、濡れたように黒い鎌の刃が一枚せり出した。包帯みたいな細長い布が、何枚も柄の部分から伸びてたなびく。

 一瞬で大きな薙刀なぎなたになった。


『『『妖具化ぐるか、『嵐風刀らんふうとう』』』


 変化へんげした鎌鼬が、声を揃えて新たな武器のを呼ぶ。

 特定の妖怪、通称妖魅を使役し、此岸このよの武器に彼岸あちらの力を上乗せして新たな武器に変える。

 これが私、『夜叉姫』の能力だ。

 虚ろなる無明の闇から来る、虚神。

 奴らに対抗できる手段、夜叉の武器を振りかざす。

 遠巻きに取り囲んでいた兵士たちが一斉に襲いかかってきた!


「夜叉戦舞、『風』!!」


 文言を唱えつつ、薙刀を頭上に構えた。柄の真ん中を持って両手でプロペラみたいに振り回す。


 ギュアアアアアアッ!!


 ゴオッ!!!


 私を中心に局地的な竜巻が発生した。

 円状に取り囲んでいた虚蟠兵は宙に舞い上げられ、風の刃で切り刻まれる。


「ギイッ!!」「ギャアアッ!!」「ギシャアアッ!」


 断末魔の声を上げ、虚無の力を持つ兵士たちは鉄錆のように砕け散った。

 後にはオレンジ色に光る丸い珠、虚神たちのエネルギー源オーブが残される。

 浄眼を前にかざして念じると、ふわふわ浮いている人魂みたいなオーブは、残らず夜叉の浄眼に吸い込まれた。

 辺りを見回して全滅したのを確認。

 嵐風刀の妖具化ぐるかを解き一息つく。


ウツロよ、くうに還りなさい」


 戦いが一段落すると、私がつい言ってしまうフレーズだ。

 誰にも、岳臣君にも聴こえないくらいの小さい声で、そっとつぶやく。

 人に聞かれると、なんとなくこそばゆい感じもする。


「お疲れ様です。それにありがとうございます、涼子さん。缶コーヒーでも飲みますか?」


「ありがと。でも撮影なんてしても意味ないんじゃないの? 奴らはこの世のモノじゃないから記録に残せないし」


 それは自分でも実証済みだ。

 虚神に限らず、鎌鼬を(可愛いから)スマホで撮影しても、夜叉姫としての私には視えていた。

 でも、岳臣君にその動画を見せたら何も映っていないと返された。

 もふもふはできても、此岸このよの記録媒体には残せないみたい、ちょっと残念。


「大丈夫です。これ、動画と写真同時に撮影できますから」


 言いながら、スマホで撮った写真を何枚もスライドさせる。


「肉眼では見えても、撮影するとこんなふうに煤とか煙で覆われたみたいに黒く染まる。これだけでも、虚神がこの世のものでない証明になりますね。

 大丈夫、僕が自分でイラストを描いて残しますから」


 彼は嬉しそうだ。さっきまでその兵士たちに襲われてたっていうのに。

 クリーチャー、怪人とかに目がないらしい。全くもう、これだから男子、それもオタクっていう分類の生き物は……。


「あ」


「なに?」


「いえ、なにも」


 スマホを胸に当てた後、視線をそらした。

 さっきまでとは打って変わって、なんかそわそわしてる(なんか前傾姿勢になってるのはこの際気にしないようにしよう)。


「何が映ってるの? 見せて」


「いや、でも」


「見せなさい」


 努めて冷静に言う。向こうには冷たく感じたかもしれない。でもそんなのは知ったことか。


「きゃっ!」


 そこには――――スカートがめくれて、下着が見えている私が映っていた。

 黒のハイソックスの上部分、太ももとその上の三角形がかなりの解像度で鮮明に記録されている。

 下着は――――今言うことじゃないけど、白と水色のストライプ、いわゆる『しまパン』だ。


 ちょうど夜叉戦舞『風』を撃った時、まくれ上がったみたい。

 普段から、裾に500円玉を何枚も仕込んでガードしてたのにーーーー!!


 ストライプとかの、一山いくらのショーツは、普段学校とかで穿くことがない。私にとっては部屋着の一種だ。

 けど、今朝は寝坊して穿きかえるのをしてなかった。

 もっとも、私に男子に見られていい下着なんて一枚もないけど!

 顔が真っ赤になる。岳臣君も同じく真っ赤だ。

 ああもう。なんで前かがみになってるの? こっちが恥ずかしくなるから。


「スマホ、よこして」


 顔を両手で押さえたいのをなんとかこらえて、用件だけ告げた。

 岳臣君は、おそるおそる両手で差し出してくる。


 ――――みしっ


 思わずスマホを握る手に力が入る。


「ちょっと待ってください、壊さないで!」


 夜叉の浄眼の装着はまだ解いていない。

 こないだ試したら、古いフライパンをアルミホイルみたいにクシャっと握りつぶせた。

 スマホなんてキャラメルの箱よりも簡単に、まん丸く握りつぶせる。


「言うまでもないけど、削除しなさい。私が見てる前でやって。

 ……やだ、やっぱり見ないで!!」


 また下着を見られるのはぜったいに避けたい(できることなら、彼を記憶もろとも消し去りたいけど)。

 岳臣君に手順を聞いて、なんとか下着の画像を削除した。他にも映ってるのないでしょうね。


「あの……多分ショーツ……いや、映ってたの一枚だけだと思うんで、返してもらっていいですか?」


「わかった、でも……こっちに来て……」


 岳臣君がこわごわ近づいてきた。


 ずむっ


「――――はっ。」


 気がついたら・・・・・・彼のお腹に私の右手……夜叉の浄眼がはめられた腕がめりこんでいた。


 かふっ


 岳臣君は、お腹を手で押さえもせず、膝から崩れ落ちる。前のめりに倒れ込んだ。

 はっと我に返る。よく考えたら、彼に連れてきてもらったから、道を聞かないと家に帰れない!


「……あの、たけおみ、くん?」


 身体を起こすと、漫画みたいに白目を剝いていた。おまけに泡まで吹いてる。


 うわーー、人間って気絶すると蟹みたいに泡吹くんだーー。はじめてみたーー。


 いやいや、現実逃避してる場合じゃない。何とかして起こして最寄りの駅まで送ってもらわないと……そうじゃなく、彼を家まで帰さないと。


「岳臣君、岳臣君」


 ぺちぺちと、手の甲で軽くはたいても何の反応もない。

 しょうがない、妖魅『影女』を顕現させて気配を遮断する。岳臣君を肩から二つ折りみたいに担いだ。

 どうにかして駅まで行こう。と、彼のスマホを置いてきたのを思い出す。

 そうだ、岳臣君の友達に彼の家の場所を聞こう。

 幸いにロックは外れている。着信履歴で一番仲がよさそうな友達を検索する。


 この時の私は――――

 『気絶した男子を家に送るために、夜クラスメイトに彼の携帯で電話する』――――これの意味について、深く考えていなかった。




 焦るほどに、夜の生暖かい空気がさらに、私の気持ちを逸らせていた――――。

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