〇六二 雷 霆
「ふう、小僧。ディクスン・ドゥーガルだったか。前回、滝の前ではできなかったが、今回は私が相手になろう」
――――え!?
さっきから、『私』の口から私以外の声が出ている。
思わず口に手を当てようとしたけど、身体が動かない。というか自分の意思に反して身体が動く。今までない体験だった。
『私』は首をこきこきと回したあと、辺りをきょろきょろと見回す。と、
「まずはありがとう。『涼子』はこの通り動けない。ドゥーガル、あの小僧には少なからず因縁があるからな。『私』が加勢しよう」
今私の身体を動かしているのは――――夜叉の浄眼に宿るもう一人の私『夜叉姫』だった。
『ちょっと夜叉姫! なんであなたが……!』
仕方ないから自分の
「なんだ? 相変わらずうるさいやつだ。いわゆるあれだ、
『選手交代だな……』だ。
心配しなくても首が斬り落とされて、右腕と頭が入れ替わったりしない」
『そんな心配してないし。そもそもなんで私の意識があるのに、『夜叉姫』が私の身体の主導権を握ってるの!?』
「だから選手交代だと言ったろ?
さっき猫又から渡された
それに、長らく戦ってないからな。浄眼の中で遊んでいるのにも
「あなたは――――三滝涼子じゃないわね。誰?」
「うん、この夜叉の浄眼に住まう者だ。
名前は――――
百々香ちゃんは、それには答えず虚神を見る。
「あの、テリベスティアとかいう虚兵。一筋縄では行きそうにないけど。どうする? 共闘するかそれとも」
「うん、どちらが先に
百々香ちゃんはうなずく。
「……勝った場合の報酬は?」
「んーー、言われてみれば、何かあった方が盛り上がるな。
んじゃ、現地調達で『鵼』の宝珠っていうのはどうだ? どっちにせよ斃さないと手に入らないし」
『ちょっと、何勝手に決めてんの?』
「ああ、まあだいじょうぶだろ。勝敗の基準は追って決めようか」
そう言って夜叉姫、いや彩月は自分の本体とも言える異形の篭手、『夜叉の浄眼』がはまった右腕をこきこきと鳴らす。
「妖魅顕現、
夜叉姫が右腕をかざすと、いつか見た蚕と女の子のキメラみたいな妖魅が三人顕現する。ふわふわと浮いて夜叉姫を見ている。
「
瞬時に着ている服が、戦闘用のブレザーから和服と袴姿になる。……相変わらず胸元とか袴の間から見える外ももの露出がヒド過ぎる。
……それに
本人は見てない風を装ってるんだろうけど、胸の谷間とか太もも見てるのはっきりわかるから。
あーーもう、気が散るから今見ないで……。
「続けて妖魅顕現、
「久しぶりだな濡れ女。前回はだいぶ礼を失した」
浄眼の光に照らされて蒼い宝珠になった。
「
彼女の文言に応えて、浄眼に吸い込まれた宝珠は変化を遂げた。
と――――『なにこれ? 武器じゃないの?』
服が袴姿から、青いノースリーブの和服みたいな装束に変わっていた。表面は濡れ女みたいに鱗で覆われてるみたい。
髪はポニーテールになって、サカナのひれみたいな髪飾りを着けている。
首には大きなマフラー、腰には太い帯を巻いていて、ショートパンツみたいな袴着。
両手両足に
けど、なぜか胸元とか太ももは露出したまま。ひざ上10cmくらいからストッキングになってるし。こんな肌を出したかっこだったら、真っ先にそこ刺されるでしょ……。
『そもそもこの衣装なんなの? 武器じゃないみたいだけど』
「よく見ろ、武器だらけだ」
帯とか装束の至る所から、刃物の柄みたいなのがたくさん突き出ている。
腰の両側のを引き抜くと
「そういや、ちょっと頼み事があるんだ。まあ大したことじゃないけどな」
「なに?」
「――――、――――」
『なっ!? なんで!?』
「なんでって……ちょっと楽しみたくって……」
『それにしても、なんで今そんな話するの?』
「忘れないうちにって思ってな。ダメか? どうしてもダメって言うなら他を当たるけど」
『……本人が嫌って言ったら駄目だから。別に私は……』
「そうか。まあ向こうはイヤとは言わないだろ」
『そんなことより今戦闘中なんだから、集中して』
「うん。じゃあ、やるか」
魔少年は海に浮かんだまま、
「打ち合わせは済んだ? じゃあやろうか」
「ああ、妖魅同士の戦いは人には悟られにくいが、虚神相手の闘いともなるとそうはいかない、短期決戦でいくぞ」
言うが早いか夜叉姫、いや彩月が浜から海へ駆け出した。海面を速く駆けていく。足元から感じるのは弾力がある地面といった感じ。
「はっ!!!」彩月は掛け声と同時に、黒い虚神に小太刀を二本投げつけた。
カン! キィン!!
でも黒い甲冑にあっさり弾かれる。
「やはり、か。あの鎧をどうにかしないと」彩月は左手を耳に当てがった。
「顕現、
【はい】
左手から百々香ちゃんの声が聞こえてきた。離れた相手と一種の念話ができるみたい。
いつの間にか、左手に小さくてたれ耳の、黒いもふもふした妖魅がくっついている。これが
「百々香、さっそくだけど、あれの鎧をぶち破ってくれ。やり方は任せる」
【……いいけど、私の
「そうか、なら数瞬だけど動きを停めておく。その間に攻撃してくれ」
相手の返事を待たずに、彩月は装束に触れて得物を取り出す。
「斬術、
見ると彩月は両手で細長いナイフ型の手裏剣、いわゆる
「なんだろうね、どうも何か仕掛けてくるみたいだよ。でもお前本来の性能を発揮すれば絶対勝てる。行け! テリスベティア!!」
敵の虚兵も海面すれすれを四つん這いで駆けてきた。見た目に反して動きは俊敏だ。太く長い腕の先、黒くて長い爪が横薙ぎに振るわれる。
『――――あ、あぶな……!』
ザアン!
一瞬先に足元の海面が2m程一気にせり上がった。彩月は難なくバク転でかわす。着地点に虚兵が追い付いてきた! 鎌首を
「ふん」海面が真横にスライドした。彩月は着地した体勢のまま自分では動かず真横に10m程移動する。
ズサササアッ
「あいにくだな、濡れ女を
そのまま右手の苦無を投げつける。苦無の柄頭の部分が丸くなっていて穴が開いていた。リボンみたいな薄い紐がついている。
「これでやつの動きを停めるぞ」
言いながら彩月は、攻撃を回避しつつ小太刀や苦無を投げつけていく。そのうちの何本かは弾かれるけど、甲冑の隙間に半分くらいは刺さった。
「ふん、なにか策でもあるの? 物理攻撃を回避できるだって? それだけでテリベスティアを攻略できるだなんて思わないことだね!」
テリベスティアが身体を震わせると二本の角が帯電しだした。
かと思うと、角から雷が放たれた! テリベスティアの周囲をドーム状に黒い稲妻が覆い尽くす。
彩月はバックステップで距離を稼いだ。
「無駄だよ!」黒い雷がまっすぐ
バチチッ! バァン!!
彩月は身を縮めて回避したけど、雷撃を受けてしまった。
「ぐ、ぐうっ!」
身体を動かす主導権を彩月に譲っているからか、多少は軽減されてるんだろうけど、全身を貫くような痛みや痺れが走っている。
今身体を動かしている彩月も相当辛そうだ。
「涼子さーーーーん!!!」
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