〇五九 憑 獣

 その巨体は、ショットガンを構えている女の子とは、明らかにプロレスラーと赤ん坊くらい体格差がある。

 僕は思わず、巨大な虚兵ウツロへいに駆け出していた。


岳臣たけおみ君!!」


 背中で涼子さんの叫びを受ける。が、構わず女の子に駆け寄った。

 体格以前に、僕に勝ち目があるわけがない。

 でも、だからって目の前で自分より小さい女の子が、虚神ウツロガミと対峙している。ただ手をこまねいて見ているわけにはいかない。

 だけど、女の子はスパスを横に向けて僕を制した。思わず立ち止まる。


「大丈夫、これくらいの虚兵ウツロへいなら一人でたおせる。あなたは三滝涼子を守っていて」


 女の子は左手をかざした。

 てのひらと手の甲を貫通するように大きな宝珠が顕れた。そのまま文言を唱える。


「妖魅顕現、憑獣ひょうじゅう慈悲ジュウイチ心鳥カケルキュウ』」


 次の瞬間、スパスの表面を覆っていた黒い羽がざわざわと動く。

 羽根は暗闇の中でも黒曜石みたいに輝いている。


妖具化ぐるか・改、妖刃化らんじゃ


 女の子が続けて文言を唱えると、銃身に劇的な変化が訪れた。

 銃口マズルの下の部分、マガジンチューブに丸い穴がいくつも空いた細い鉄骨が二本現われる。

 その先には、黒光りする手斧ハンドアックスの刃が縦に二枚せり出した。


 そして、銃口マズルの上部分にも直刃すぐはの日本刀のような銃剣バヨネットが現れた。

 なたくらいもある、厚くて大きい刃は濡れたように黒光りしている。

 少女は、三枚の刃がせり出してストックを伸ばしたショットガンを、薙刀なぎなたのように構える。


「夜叉姫、八千桜やちお百々香ももか、参る!」


 百々香と名乗った少女は、異形のショットガンを振りかぶる。

 それと受けて甲冑武者の虚兵は、巨大な太刀を身体に巻きつけるように構えた。

 一気に横薙ぎに払う。


  ブ     ンッ!


 少女はスパスを構えた。振り抜いた大剣に合わせるように、スパスの銃剣バヨネットを合わせて突き出した。


 ギャリ   ィィィィィィ……ッ!!


 暗闇に火花が飛び散った。少女の頭すれすれを、鉄骨じみた大きな刃が通過する。見ている僕の方が肝を冷やした。


 ザシッ!!


 振り抜いた銃剣バヨネットが、鎧武者の太腿を切り裂いた。


 ――――ッ! グオオオオーーーー!!


 大柄な虚兵がうめき声を上げる。

 返す刀で少女は跳躍した。グリップとストックを握って上段に振りかぶる。

 そのまま、唐竹割りにショットガンを振り下ろす。


 ガ ァ――――ン!!


 鉈みたいな銃剣バヨネットが虚兵の胴体に当たるその瞬間、百々香と名乗った女の子は引き金を引いた。大きな炸裂音が響く。

 僕は思わず目を閉じて耳をふさいだ。


 数秒後、こわごわ目を開けると……。

 巨大な虚兵の腹部、胴鎧のほぼ真ん中には……向こうが見えるくらい巨大な穴がぽっかりと開いていた。

 その様子に涼子さんも驚いていた。


「う、嘘……。付喪神を妖具化ぐるかしただけで、虚兵にあんなダメージを与えるなんて……!

 ……まさか、刃物で・・・斬りつける・・・・・のと同時に・・・・・弾丸を・・・撃ち込んだの・・・・・・!?

 そんなことが……!」



「斬術、改。スラッグ・ストライク」



 銃口から白煙が噴き出すスパスを構えて、少女はつぶやく。


 「……ォ、オオオオオ!」


    ――――ズズン


 身長3m弱程の巨体の虚兵は仰向けに倒れた。まだ死んではいないらしく、ぜいぜいと喘鳴ぜんめいが聞こえる。

 少女は警戒を解かず、ショットガンを構えたままだ。

 対してのディクスン・ドゥーガルは、岩浜で割れた石を蹴る。忌々いまいまし気に女の子を睨み付けた。

 虫の息の虚兵に一瞥いちべつをくれながら、声を絞り出す。


「……せっかくの妖魅の宝珠だ、もっと後に投入しようかと思ってたけど、この虚兵は出来立てだし、まだ経験も浅いからね……。

 でも、ミタキリョウコならまだしも、こんな小っちゃな女の子に遅れを取るなんて……。

 ……あっちゃいけない、あっちゃいけないんだよ!!」


 激昂げきこうしたディクソンは、ポケットから緑と白が混じった宝珠を取り出す。


「あれは……!」


 涼子さんが六花りっかさんと一緒に戦って契約した妖魅、『ぬえ』の宝珠だ。


 伝承とか書物にあるのは、頭はサル、胴体はタヌキ、四肢はトラ、尻尾はヘビ、鳴き声はトラツグミっていう、一種の合成獣キメラの妖怪。

 でも兵庫県芦屋の鵼塚ぬえづかにいたのは――――体長2mを越えてて筋骨隆々、雷や風を操る文字通りの轟獣ごうじゅう、怪物だった。

 涼子さんと六花さん、二人の夜叉姫が協力してようやく契約にこぎつけた、強い妖魅。

 でも、契約した直後を狙って、あの魔少年が現れてあの宝珠を奪った。

 そのあと、涼子さんたちから追撃されないように、僕を攻撃した……!

 あの子供に対してより、何もできない自分自身に対して悔しさが込み上げてくる。

 でも今突っ込んで行けば、返り討ちに遭うのは確実。


 背中越しに涼子さんを見る。いつも気丈にしている彼女が、今は顔色が悪くてうずくまってる。

 彼岸のモノを使役する鬼力が、圧倒的に不足しているのが傍目はためにも解った。

 僕が今装備しているバイローンの長手甲と違って、何か食べて回復できるようなものじゃない。

 今の僕にできることは……できても涼子さんの盾になることくらいだ。これが本望、なんて言えるほど自己犠牲に酔いたくもないけど。


「妖魅を素体にした虚兵。

 これにさらに妖魅、それも轟獣鵼の力を上乗せしたら、どうなるだろうね? 僕には見当もつかないよ」


 胴体の孔にぽろっと落とすように、鵼の宝珠が入れられる。

 その後の変化は劇的だった。みるみるうちに中の肉が盛り上がり、あなふさぐ。


 ビキッ! ビキビキビキビキビキ!


 と、巨体が孔があった箇所に吸い込まれるように引き絞られる。身長2,8m程の巨体が、2mくらいにまで縮んだ。


 その姿は、元の雷獣鵼に酷似していた。

 ただ、全身が真っ黒で西洋甲冑をまとっているようだ。長い黒髪が顔どころか上半身まで覆うように伸びている。

 おまけに、魍魎もうりょうと同じ、毛の生えた肉の角も健在だ。


「雷獣、鵼。そして虚の合成獣キメラ

 名前は……雷帝の獣で……テリベスティアがいいな。うん決定。

 よし、テリベスティア! ミタキリョウコ、そして牛鬼の前の前菜オードブルを味わってくれ!

 露払いが済んだら、メインディッシュは僕がもらう!!」


 黒ずくめの子供――――

 欲しいおもちゃは何でも買ってもらえる。そう信じて疑わないような子供が、嬉しそうな声を上げて手をかざした。

 真っ黒い妖魅と虚が混在した獣が涼子さんや僕、百々香……さんの前に立ちはだかる。


「――――グロロロロロロ……!!!」


 百々香さんはそれでも動じない。持っていた武器、スパスから真っ黒い鳥が抜け出た。

 大きくて、姿はカッコウみたいな妖魅だ。

 あれが――――慈悲ジュウイチ心鳥カケルキュウか。


 書籍やネットでも見たことがない。

 おそらく、だけど、涼子さんの御滝水虎おんたきすいこや、六花りっかさんの氷獣ひょうじゅう雪野槌ゆきのづちと同じく、来歴こそ浅いけど強力な妖魅なんだろう。

 その鳥型の妖魅、慈悲ジュウイチ心鳥カケルキュウが軽く羽ばたく。

 と、百々香さんの両手のたなごころが丸く光る。そこには――――壊れたライフルが出現した。

 あれって錆びきってるけど、バレットM82A2?

 たしか、全身鎧フルアーマーの真っ黒い狂戦士バーサーカーが、騎士王セイバーに向けて撃ってたのと同じだ。


 と、黒い鳥の妖魅が銃身に潜り込んだ。

 内側から逆再生したように、壊れた銃が新品同様の元の姿に戻る。

 同時に全体が黒く染まって、あちこちから黒い羽が生える。普段霊感とか全くない僕でもはっきりわかる。黒い霧、妖気をまといだした。


 付喪神は、打ち棄てられた器物に念が籠って妖怪になったもの。

 あの妖魅、慈悲ジュウイチ心鳥カケルキュウは、憑りついたこわれた器物を、半強制的に付喪神に変えるらしい。


「付喪神、筒獣とうじゅう雷火ライカ蜻蜓ヤンマ』、妖具化ぐるか!!」


 さっきのスパスよりも大きく重い機銃。僕よりも小柄で華奢な少女は、苦も無く銃口を虚神に向ける。


 ガァン!!


 機銃掃射されても、合成された虚兵は難なくかわす。海上に逃げた。

 海面すれすれに浮かんでこちら――――百々香さんや涼子さんを威嚇している!


「君みたいな、不意に割って入ったのに時間を取るわけにいかない。テリベスティア、さっさと片付けろ!!」


 百々香さんは巨大な銃を持って虚兵に狙いを定める。


  ガァン!  ガァン!    ガァン!


 おそらく付喪神になった時の特殊能力なんだろう、まっすぐしか飛ばないはずの銃弾が虚兵に向かって追尾している。

 おまけに弾道がかなりの距離を海面に対して平行になって飛んでいる。原理は分からないけど、弾道を操作できるみたいだ。

 でも百々花さんの身体は、機銃を撃つたびに反動で上体が大きく後ろに傾く。

 虚兵の方は、前に見た鵼さながらに獣じみた動きで銃弾を躱す。


「ははっ、今の君の妖魅、付喪神は遠距離攻撃専門だろ?

 この虚兵は近距離はもちろん、中距離遠距離関係ない、オールレンジで戦うのが得意だ。遠慮なく押し切らせてもらうよ!!」


 ディクスン・ドゥーガルは虚兵と共に、海上を滑るように飛びながら嬉しそうに叫んだ。




「――――そうはいかないな。百々香と言ったか、私が加勢する」


 僕が振り向くと、『涼子さん』は立っていた。その表情はさっきまでの憔悴しょうすいしきっていたのとは全く違っていた。

 表情が楽しげ、というより好戦的だ。涼子さんが普段人前でしているのを見たことがない、全身ストレッチをしている。僕の方を向いて微笑む、というより口の端を吊り上げて宣言した。


小童こわっぱ、いや岳臣。涼子の護衛ご苦労、久しぶりの現世うつしよだ、存分に暴れさせてもらうぞ」


「えっと、あなたは『夜叉姫』さん?」


 僕は呆気に取られる。そんな『夜叉姫』さんに対して、魔少年ドゥーガルはさらに声を荒げた。




「誰が来ようと関係ない! 僕の実力はまだまだこんなものじゃないんだ!

 僕より先にった那由多なゆたよりも、ヴェーレンよりも上なんだよ!

 君たちをたおして、それを証明してやる!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る