〇五八 参 戦




    ザアアアアアアアアアアッ!




 スコールのような、蟲どもの急降下が収まった。辺りには大量の切り羽虚キリバネウツロが散乱している。

 と、順に羽ばたきだした。

 見ると全ての蟲の頭の上に、似つかわしくないディフォルメした猫の顔のアイコンがくるくる回りながら浮いている。


『やった! この切り羽虚ガガンボたち全員涼子さまの手下です!!』


『遠慮なく、岳臣たけおみみたいにこき使ってやって下さい!』


 だから、それだと誤解されるから。猫又には後で言って聞かせよう。

 岳臣君もあとでねぎらってあげなきゃ。とにかく今はウツロ達をなんとかしないと。


「『陣形命令』、衝軛(こうやく)!!」


 ヴゥゥゥゥゥゥゥ――――ンンンンンン


 巻かれたロープの束が伸びるように、黒いガガンボじみた奇怪な蟲が二列縦隊で肢を組み合わせだした。そのまま順に飛んでいく。

 ムシなのに、規律正しいのがかえって不気味だし。


 ――――ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ン


   ――――キィィィィ――――ン――――!


 羽ばたき音も一致してるのか、マイクのハウリングみたいな気持ち悪い音が響く。何より、見た目が――――


「なんか、空飛ぶムカデみたいなんだけど……」


 あとで夢に見そうな光景。

 先端、頭の部分が深海魚みたいに上下に開いてるし。

 と、私の視界に、並んだ切り羽虚のステータスが表示される。



【種族】:下級虚 集合体

【名称】:蝙蝠コウモリ馬陸ヤスデ カロティラ・ディプロポーダ

【特徴】:夜叉姫、妖猫の使役術により合体した切り羽虚。夜叉姫の鬼力を消費して行動を操れる。戦闘力は数に比例するが、その上限はさほど高くない。



 名前までついてるし……。


 ――――ブ――――――――ン   ン


 合体した虚の集合体は、蛇行して飛びながら魔少年ドゥーガルに向かう。


「あはははははっ!

 可愛い子猫二人だから正直そんなに期待してなかったけど、そんな芸当もできるんだ!? ほんと飽きさせないね、夜叉姫キミたちは!!

 おいで、僕と戦おうあそぼう!!」


 冗談じゃない。向こうは遊びの延長のつもりなんだろうけど、こっちはただ操ってるだけでもだいぶ鬼力を消費するのに。


「短期決戦でいくわよ!!」


『『はい!!』』


  蝙 蝠 カロティラ・ 馬 陸 ディプロポーダで魔少年を囲むように飛ばす。


「はっ!!」


 掛け声と共に手をかざすと、群体の虚兵は魔少年の身体にロープのように巻き付いた。小さな身体をギリギリと締めつける。


 ――――これで、相手が退いてくれれば。


「まさかと思うけど、こんなので倒せると思ってないよね?」


 バァァァァァァァアアアアアアン!!


 炸裂音と共に、切り羽虚は辺りに飛び散った。

 魔少年ドゥーガル・ディクスンは地面に降りる。


 「……う……っ」


『『涼子さま!』』


「涼子さん!!」


 私は強い脱力感を感じて片膝をついた。

 夜叉姫の彼岸あちらのモノを此岸こちらで使役できる力、鬼力きりょくが尽きたんだ。

 夜叉の武器で虚たちを攻撃し続けたけど、空中に浮いているオーブを回収しきれなかった。


「切り羽虚が全滅したのはちょっともったいないけど、所詮あんなものは消耗品の雑魚だしね。

 今のはなかなか楽しめたよ、飼い犬に手を噛まれる気分ってあんな気分? まあそうなったら頭から踏みつぶしてやるけどね。

 ところで、牛鬼を渡す決心はついた?」


 おどけた様子で聞いてくる。


「誰が……わたす、もんですか……!」


「うん、模範解答だよ。それじゃ『ぜひ持って行ってください』って言いたくなるように痛めつけ――――」


 バラバラバラバラバラーーーー


  不意にヘリコプターの音が聞こえた。上を向くと下りることなく飛び去って行く。

 そこから飛び降りる小さな人影があった。


 ――――ガァン!!!


 魔少年の言葉は大きな音、銃声によって遮られた。

 私だけでなく、火車と岳臣君、それにディクスンも音がした方を向く。




 そこには――――小柄な少女が巨大な銃を持って、降り立っていた。




   ***




 僕は思わず息を呑んだ。一般人、それも女の子が人智を超えた戦場に近づいてきている。


「なんだよ? 無粋だなあ。せっかく夜叉姫と交渉して『牛鬼』を譲ってもらおうと思ってたのに。

 まあいいや、そんな大きなの持ってて、こんな場所に来るなんて、ただのお散歩とかじゃないだろ? なにか用?」


 魔少年ディクスン・ドゥーガルが、声をかけた女の子。

  ――――背丈は148cmくらい。

 黒いマントの下に、淡い桜色の、前が合わせになっているウインドブレーカー。

 黒のショートパンツに、レガース付きのブーツといったいでたちだった。

 体格とか顔つきだけで言うと中学生。顔立ちが幼いから、ひょっとしたら小学校高学年くらいかもしれない。


 特徴的なのはその顔だ。黒髪をショートボブにしていて、つむじ近くの髪の一房が稲穂みたいに立っている。

 丸顔で顔そのものは日本人形みたいに端正だけど、その表情は、この世の何にも興味がないように映った。

 少なくとも、感情らしい何かが一切感じられない。


 小柄な体格とは裏腹に、巨大なショットガンを小枝を持つように持っている。

 あれは、確かフランキ・スパス12。

 映画で殺人マシーンが、警察署を襲撃するのに携行してたのと同じものだ。

 確か実際のはもう生産中止になったけど、見た目がわかりやすいからか、映画とかゲームでよく使われている。


「あなたに用事はない。あるのは三滝涼子、あなた。

 聞きたいことがあるの」


 僕は啞然とする。突然名指しされた涼子さんもだ。

 会ったこともない年下の女の子、しかもこんな状況でものを尋ねる。その真意が量りかねた。

 それを聞いて今まで喜色満面だった魔少年の顔に、不快の色が混じる。


「ミタキリョウコは今僕と話してるんだ。どこの誰だか知らないけど、今の君は招かれざる演者――――」


 ガァン!!


 銃声が、またも子供の姿の虚神の話をさえぎる。


「いえ、彼女に用があるのは私。邪魔するなら――――」


 カシュッ


 小柄な女の子は、ショットガンのポンプを引いた。


「あなたには退いてもらう」


 言葉と同時に、少女は両手でショットガンを構えた。


 キィ――――ン


 女の子の顔の中央、目の間あたりが光り出す。

 一方の魔少年は、かわす様子もない。大仰に両手をすくめて空中に浮かんでいる。と少年の前に黒い霧が現われた。厚く立ち込めていてまるで壁のようだ。

 少女はそのまま引き金を引く。


 ガァ――――ン!


 静寂が広がった。


「……なに……?」


 と、魔少年が自分の手を見やる。右手に数か所孔が空いて、そこから黒い煤が噴き出している。


「なん……だって……? 此岸こっちの武器でこの僕に手傷を……? バカな!!」


「もちろん、これは普通の武器じゃない。

 あなた方、此岸こちらでも彼岸むこうでもない処から来た、虚神をほふる夜叉の武器」


 よく見ると、スパスの銃身が漆黒に染まり、黒光りする鳥の羽根が何枚も生えていた。

 羽根は、生きているみたいにさわさわと動いている。


「そんな馬鹿な、それは妖魅、それも付喪神つくもがみ……!? 銃の付喪神なんて・・・・・・・・聞いたこともない・・・・・・・……!

 だいたいお前は誰なんだよ?」


 魔少年は右手を抑えて少女に尋ねる。対しての少女は無機質な声色で返した。


「私は……夜叉姫。

 人とあやかし、両者にあだなす虚神ウツロガミを狩る者。

 このまま大人しく退けば良し、さもなくば――――」銃身のポンプを引いた。


「この場で駆逐する」


 ガァン!!


 驚くことに、少女は片手で持ったままショットガンを撃った。

 映画でよくスパスが使われるのは、単に見栄えがいいからで、実際はモデルガンでも相当に重たいはずだ。

 なのにあの女の子は、ハンドガンと同じかそれ以上に軽々と持って撃っている!


「ぐっ!!」


 魔少年ディクソンの肩に着弾した!

 いつでも余裕ぶっている、奇怪な子供が初めてうめき声を上げた。その肩口から黒い煙が出ている。ダメージを負わせたみたいだ。


「君が本物の夜叉姫かどうかなんて、この際関係ない! 僕に手傷を負わせたこと、万死に値するよ。

 この場で……死んでもらう!!」


 魔少年、ディクスンは懐から一幅の掛け軸を取り出す。

 投げるように乱暴に掛け軸を開く。両手を少女にかざした。

 周りに黒煙が吹き上がり、掛け軸の画の中から真っ黒い巨大な甲冑武者が顕れた。


 ズズン!


 自然落下して岩場の浜辺に着地する。


「ゥォォォオオオオーーーー!!!」


 その威容は圧倒的だった。

 ばさばさの髪が肩まで伸びていた。兜の鍬形くわがた、装飾部分が二本、生きた肉のように毛が生えて、いびつに蠢いている。

 あれは、『魍魎もうりょう』を虚兵ウツロへいにしたのか!? 恐ろしく禍々しい外見だ。

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