〇四八 譲 渡

 那由多なゆたは、それを腕を組んで微笑みながら見ている。

 ちくしょう、あくまで私が渡したっていう事実が欲しいのかよ。相変わらずいやな女だ。

 拾ってから宝珠を眺める。亀姫の悔しさが直接伝わってくるようだ。

 まさか、那由多あの女に向かって放るわけにもいかない、腹立たしいのを抑えながら那由多に手渡す。


「ご苦労様。妖魅を宝珠に転じる宝珠化びるしゃの能力は、私達虚神ウツロガミにはないからね。

 私達が妖魅を眷属にした場合、その総合能力は元に較べてだいぶ劣る。ごめんなさいね、横槍を入れちゃって」


「別に構わない、そのうち奪還するさ、必ずな」


「ふふっ、相変わらず勇ましいのね、『姉さん』」


 ――――ピィィィィィン……!


 感情が沸騰するより先に、反射的に踏み込んで、雪蛇刀の切っ先を奴の首元に当てていた。が、やつは眉一つ動かさない。

 嫣然えんぜん……でもないか、不敵に笑みを浮かべたままだ。


「その呼び方をやめろ、にもそう言ったはずだ」


「そう、親しみを込めて呼んだんだけど。まあいいわ。これで失礼するわ。

 新しい夜叉姫にはドゥーガルが向かってるし。

 それに、もう一人『新しい子、三人目』が投入されるらしいわね。その子に対する準備もしておかないと。それにはヴェーレンが対応するし」


「新しい子、だと?」


 尋ねながら、那由多の後ろの虚兵ウツロへいのステータスを読む。

 腕、足とも4本ずつの忍者みたいなやつは――――


【種族】中級虚兵、機動型。

【名称】ユンジュス・ウィービング。

【特徴】――――


 もう一体、首の後ろにさそり尻尾しっぽつけてる武者みたいなのは――――

【種族】中級虚兵、特殊型。

【名称】ベネヌゥム・カウダ。

【特徴】――――


 今はだいたいの特徴が分かればいいか。それよりも……。


「今度はいつ会えるかしらね?」


「さあな、できれば二度と会いたくないけど、亀姫を返してもらう時会わなきゃならなくなった。

 なるべく早く奪還する、それまで預けとくよ、大事にとっとけ」


「あら、私には用事がないっていうの? まあいいわ、それじゃあ失礼します。

 刑事さんたちもごきげんよう」


 慇懃無礼いんぎんぶれいに深くお辞儀して、那由多は虚兵二体と一緒に暗闇にき消えた。


「くそっ」思わず地面を蹴る。

 わかってはいたことだった。虚神が妖魅と契約する時を狙ってやって来ることは。

 でも、今回に限って言えば、大した気配もなく接近を許してしまっている。

 それに最後に言い残していたことも気になる。風の噂には聞いてたけど、どういうことだ――――?


「……ごめんなさい、六花さん。あの虚神急に現れて。でもあの従えていたのはまだ見た事ないタイプだったけど」


 恐らくは、那由多あの女が快楽殺人者でも『素体』にして造った造魔だろう。まったくむなくそ悪くなる話だ。


「気にすんな、人の生命いのちには替えられない」


「すまない六花、サポートするつもりが、足手まとぃ――

 ……ぐふ――――っ!?」


 気がつくと・・・・・倉持アンコの腹に・・・雪蛇刀の・・・・柄の端・・・石突きが・・・・当たっていた・・・・・・


「大丈夫か? 倉持刑事。大丈夫、傷は浅いぞ!」


「……お……おまえ……ぜったい、わざと……やった……だろ……」


 ずずん


 お腹を抱えたまま、大仰に前のめりに倒れた。

 すまん、倉持アンコ、そのとおりだ。

 いやなにただの八つ当たりだ。こればっかりは清楽きよらちゃんに当たるわけにもいかんし。

 黙って苦痛に耐えて、いたいけな・・・・・女子を気遣う。これこそおとこの本懐だ。

 心配するな、骨は拾ってやる。合掌。


「それはともかく、あの虚神が言っていたことって……」


 清楽ちゃんのスマホが鳴る。


「はい、清楽――――はい、ええ、白聖しらひじさんならここに。六花さん、課長から」


 清楽ちゃんの表情が硬いのは、今さっきの件があったからじゃないだろう。通話の相手はおそらく彼女の上司だ。渡されたスマホに出る。


「はい、白聖。ええ、そうです。刑部姫は契約出来ましたが、亀姫は……まあ、これも戦略の一部です。なんだったらこちらから出向いて奪還――――」


 私は次の瞬間、耳を疑った。


【まず、その話はひとまず置いておこう。君も聞いたことがあるだろう『三人目』。

 まだ問題も多いが実戦投入することにした。

 九州に、先日接触した三滝涼子、彼女がいるのだろう? そちらへ向かわせている。

 もう間に合わんかもしれんが、君も九州へ向かってくれ。応援要請だ。よろしく頼む】


 こちらの返事を待って通話が切れた。

 おいおい、こっちは福島にいるってのに、これから九州に行け? どこのハリウッドスターだよ。まあなんとかするけどさ……。

 私の隣には、悔しそうに唇をんでいるきつね妖魅の刑部姫おさかべひめがいる。心配するな、必ず妹は助ける。まずは私の・・妹を助けに行かないとな。





「それじゃ、行くかーーーー。涼子のこともそうだけど、三人目って言うのが気になるし」


「行くって……ここからどうやってだ? ヘリでもチャーターする気か?」


 なんとか復活した倉持アンコ怪訝けげんそうに尋ねる。ま、当然の疑問だよな。今はあんまし使いたくない方法だし。


「あーー、それでもいいかも。夜叉姫に不可能はない。……んだけど、けっこう鬼力きりょく使うからしんどいんだよなあ。

 どっちゃかっていうと、オフのときツーリングで乗りたかったし」


 ぶつぶつ言う私を、刑部姫おさかべひめが所在なさげに見つめてくる。


「ああ、亀姫のことはちょっと後回しになりそうだ。でも必ず助ける。そのあとで姉妹きょうだいゲンカでも何でもしてくれ」


 刑部姫に手をかざして浄眼に戻ってもらう。その上で――――夜叉の浄眼、異形の篭手こてをはめた左手をこきこきと鳴らす。

 手をかざして、地面に今から使うものを出した。

 夜叉の浄眼は生き物は無理だけど、食べ物でも日用品でも自分で持ち上げられる物体は、なんでも好きな物を出し入れできる。

 容量キャパはだいたい貨物列車のコンテナ一台分。で、今出すのはこれ。


 ザシッ


 砂利を敷いた広場に出したのは――――


「これはオートバイか? しかもなんだこのふざけたカラーリングは」


「ふざけた言うな。私がオーダーメイドで造ってもらったやつだ」


 まあ、倉持アンコの評価も間違いではない。

 某 はんぶんこ変身ヒーローの乗ってるバイク、それの見た目と性能そのままに改造してもらったやつだ。

 ベース車はホンダ CBR1000RR。『おやっさん』の黒いのも同じ車種。

 カラーリングは前部分がライトグリーン、後ろ半分がマットなブラック。名前の由来のW型のアンテナもつけてある。


 『うーん、興味深い上にハードボイルドだ。』


 乗るなら、例えば『蜃気楼』顕現させて国道246号線にーよんろくとかを再現して思う存分乗り回したかったけど。


「ま、実用一番か。これに憑かせる妖魅は……っと」




 一息ついて左手を天に掲げる。夜叉の浄眼、手の甲の浄眼珠じょうがんじゅが光った。


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