〇四七 白 澤

「妖魅顕現、神獣白澤はくたく!!」


 文言を唱えると、浄眼から身体が純白で枝分かれした角を生やした、巨大な牡鹿おじかみたいな妖魅が現われる。ひづめは太古の草食動物みたいに五つずつ生えてる。

 たたずまいは神々しい。

 眉間みけんに一つ、それから両脇腹に三つ、合計九つの眼がある。

 厖大ぼうだいな知識と、人間にはない広い視野と治癒力の象徴の眼だ。


妖具化ぐるか!!」


 白澤が純白の宝珠に変化して、浄眼の水晶部分に吸い込まれる。

 それと同時に右手から長い光が伸びた。中からは馬上槍ランスが出現する。


神槍かんやり、『月慧槍げっけいそう』』


 見た目は馬上試合ジョスト用の槍そのものだ。

 全長は2mほど。つかは短めで上把じょうは中把ちゅうは部分が円錐状、穂先が鋭く尖っている。

 そして護拳状になったつばに当たる部分に、白澤の胴体のと同じ、両側に三つずつ正三角形に、合計六つの水晶がついている。

 白澤から妖具化ぐるかの許可が下りたのは、じつはごく最近だ。

 条件は、

 『一一五二〇種類の魑魅魍魎のたぐい。その名前と特徴を半分の五七六〇種類説明せよ』

だった。

 テストの間、いつ休憩とってもいいとはいえ、あんまりだらだらもしてられない。

 都合4時間で6000問くらい回答してから採点してもらったらなんとかクリアできてた。

 半分で妖具化ぐるか、全問満点クリアするとさらに力を貸してくれるらしいけど……その話はまあ後だ。今は亀姫と契約しないと。


 私の新しい武器を警戒したのか、亀姫の動きが止まった。

 その一瞬の隙をついて、月慧槍が解析アナライシスを開始する。

 ものの一秒も経たずに相手の情報が私の視野に広がった。


【種族】中級妖魅 史跡、史実、創作系

【名称】亀姫

【来歴】会津(福島県)の武士・松風庵寒流の聞き書きによる『老媼ろうおう茶話さわ』にあるもの。

    寛永17年(一六四〇)12月、堀部ほりべ主膳しゅぜん――――

【能力】着衣や身体を硬質化させて攻撃、防御を行う。性格は攻撃的、かつ感情で動く。

【弱点】――――


 へえ、そこまでわかるもんか。夜叉の浄眼の見鬼けんきと同質だけど、弱点まで解るってのがいいね。


「じゃ、いっちょやりますか。妖魅顕現、城獣じょうじゅう刑部おさかべ』!!」


 文言を唱えると夜叉の浄眼から光が射し、十二単じゅうにひとえで、先がとがって黒い耳を生やした女の妖魅が顕現する。

 見た目は……二十歳前後くらいか。吊り目で瓜実顔うりざねがお。ちょっと険がある感じだけど美人の類だ。

 ふさふさしたシッポも十二単から出るように生えている。狐っ子か。


「……刑部おさかべ……! よくも私の前に顔を出せたな……!」


 と、それを見た亀姫が激昂げきこうする。どんだけ仲悪いんだよ。


「はああっ!!」


 ゴ……ッ!!


 亀姫の攻撃は私たち・・・には届かなかった。甲羅で固めた拳は白い城壁・・・・でガードされる。そう、これが長壁おさかべの別名を持つ『刑部姫おさかべひめ』の特殊能力だ。

 鬼力を消費して、任意の場所に好きな形の城壁を生成できる。これだけだと、ただ防御にのみ特化しただけだけど。


「はっ!!」


 刑部姫が手を上にかざす。亀姫の真上に一辺が3m程、高さ10mの上から見たら『ロ』の形、四方を囲むためだけの城壁が生成された。そのまま亀姫を取り囲むように落下する。


 ズズン!!


 城壁ごと落とせた。

 だけど、もちろんこれで倒せるなんて思っちゃいない。


 ダン ザシッ タン


 うん、駆け上がって来るよね。そこを一か所しかない出口で迎え撃つ。

 ……つもりなんだけど、足音がやんだ。どっかでヨロイがつかえたか?


 ――――ガァン!!


 城壁の瓦屋根の真下を、内側から拳で叩き壊した!! 白い壁や砕けた瓦が散弾みたいにあたりに吹き荒れる!!


 ガスッ   ボキン


「ぐはっ!」


 亀姫は拳に甲羅をまとって刑部を狙っていた。直接打撃を撃ち込んできた。

 壊れた城壁を牽制に使って、鬼力を込めたストレートを放つ。私が間に入った。月慧槍が弾いてくれたおかげで胴体直撃は免れたけど、左の二の腕に拳が当たって鈍い音がした。

 激痛と共に――――あーーもう。見ると余計に痛いよ。

 肩から下、二の腕がきれいに折られてる。コートが裂けて赤黒く変色した腕があさっての方向にぷらぷら揺れてる。最初から腕狙いだったら左腕が夜叉の浄眼ごと吹っ飛ばされてたね。

 夜叉の浄眼は、耐久力や自然治癒能力は劇的に上昇させてくれるけど、痛覚は遮断、軽減まではしてくれない。

 それこそが、夜叉姫が『人外』じゃなく『人間』に留まっていられる所以ゆえんの一つだと思う。

 痛みを感じず、戦闘に明け暮れてたらそれこそ人ならざるモノだし。

 ――――んだけど、やせガマンしても痛いもんは痛いっての!


六花りっかさん!!」


 清楽きよらちゃんが声を上げる。大丈夫、この程度なんとかなるって。

 先に一発喰らう。その方が気合いが入ってちょうどええわ。

 これで私を本気にさせよったな(関西弁)。


「刑部!!」


 きつね妖魅に新たな城壁を作ってもらう。私はその隙に腕を治す。

 月慧槍の護拳部分、瞳がある部分を折られた箇所に当てがった。


 ----キィイ――――     ン


 細胞の活性化とかじゃなく、逆再生するように、瞬時に折られた腕が元に戻る。

 これこそが、神獣白澤が妖具化ぐるかした月慧槍の真骨頂だ。

 『ちからのたてを てんにかざした!』ぐらい頼もしいね!


 ガァン!!


 ま、向こうも待ってくれないね。城壁を飛び越えるんじゃなく、左ストレートで大穴を開けた。


「おのれ、姉上……いや刑部。今日こそ決着を……!!」


「残念だけど、姉妹きょうだいゲンカはまた今度にして」


 私は亀姫の背後から・・・・声をかけた。

 なんのことはない。私は、いや月慧槍に妖具化ぐるかした白澤は亀姫が素直に登ってこないことは予見していた。

 まあ、私も同じ発想だったけどね(負け惜しみじゃないから)。


 振り向きざま繰り出される裏拳を、思いっきり開脚して、体勢を低くしてかわす。

 そのまま、がら空きのどてっぱらに!!


 ど  すっ!!


 鈍い音が、濃くなった夕闇の中に響く。甲羅の全身鎧フルアーマーに穂先で突いても大したダメージはないからね。だから槍の柄、石突きの部分でボディーを攻撃した。

 女子相手にお腹ボディーはダメ? まあ相手は妖魅だ。そこはお互い言いっこなしってことで一つ。

 城壁から地面に落ちた。私も後を追って地面に降りる。亀姫はうつ伏せになったままだけど……。


 ガッ!!


 今度は蹴って来た。うつ伏せの状態からブレイクダンスの要領で、首と頭を軸に回転してキック!? パラフーゾかよ!! 

 なんとか月慧槍でガードする。


「うわっと! まだやる気? そもそもなんでそんなに刑部を目の敵にすんのさ? 姉妹同士の妖魅なんてめったにいないんだから、仲良くした方がいいんじゃないの?」


 亀姫は立ち上がる。


「私は刑部よりも強くならなければ、刑部を……姉さんを、守れない……!」


 それを聞いた私は槍を下ろす。


「そっか、そういうこと。んーーーー、刑部は今私の眷属になってくれてる。

 こっからは提案なんだけど、あんたも私と契約して眷属になってくれない? そうすればいつでもケンカ……じゃないや、お互い訓練して強くなれるしさあ。

 毎日楽しいよ? 新しい夜叉姫のところにも契約してる妖魅がいるし。

 ご飯はおいしいし、おやつと昼寝、晩酌もつけよう!」


「……もし断ったら?」


「仕切り直し、かな。そうなるとこっち使うかも」


 月慧槍の妖具化ぐるかを解いて、代わりに氷獣ひょうじゅう雪野槌ゆきのづちを顕現。雪蛇刀せつじゃとうを出して亀姫に見せる。

 刀身から放たれる凍気に、亀姫は身構える。

 それも当然か。何しろ月慧槍が解析した亀姫の弱点は雪、氷とか冷属性だからね。

 雪蛇刀を使わなかったのは、ただ力で従わせても意味がないから。できる限り話し合いで契約にこぎつけたかった。


「我が妹亀姫。昔は色々あったが、共に妖魅にあだなす虚神と戦おう」


 刑部が手を差し出す。その言葉に亀姫が反応して、甲羅の武装を解いた。


 全身鎧フルアーマー状態が解除されて、最初に見た十二単の姿に戻る。おずおずと手を差し出してくれた。

 おし、これで亀姫と契約できれば任務ミッション完了コンプリート

 やれやれ、涼子は牛鬼と契約出来たかな――――


 ズズン


 地面になにか叩きつけるような音がした。振り向くと赤いドレスが視界に入る。


「お疲れ様、お元気そうでなによりね、六花りっかさん」


「お前か、那由多なゆた。……一応聞いとこうか、何の用だ?」


「あなたが今契約する妖魅『亀姫』、それをこちらに明け渡して欲しいの。もちろん宝珠にした状態でね」


「誰がそんな条件飲むか、っていうのも言わせてくれないみたいだな……」


 那由多の後ろには、おそらくは『新調』したんだろう、見慣れないデザインの虚兵ウツロへいが二体いた。

 一匹は四本腕に四本足の忍者風。もう一体は脊椎、首の後ろから毒針が出てる武者風。

 聞けばこいつら元人間、しかも連続殺人とか重篤犯罪者だろ?

 生きて罪を償わせないで、さらに生き地獄に落として罪を重ねさせる……。

 悪趣味もここまできわめればたいしたもんだ。めちゃいないけどな。

 その虚兵が捕まえているのは、清楽ちゃんと倉持アンコだ。


「く……っ!!」「六花、すまない」


「なにはなくても清楽ちゃんだけは解放して。

 倉持くらもっちゃん、長い付き合いだったけど、今までありがとうな」


「おい!」


 いいよ、その反応ツッコミ。少しは場の緊張テンションやわらぐ。


「とりあえず、二人は解放してくれ。どちらにせよ契約しないと渡せないし、こんな状態じゃ落ち着いて契約できない」


 那由多はうなずいて、二体の虚兵に目視で合図を送る。

 操り人形のような動きで、虚兵は二人を離した。


「さ、契約して」


 上から目線の発言にいらっとしたけど、背に腹は代えられない。左手の夜叉の浄眼を亀姫に向ける。

 当の亀姫は刑部と視線を交わしていた。そのあと私に向き直る。

 小さくうなずいた姿はさっきまでの猛々たけだけしさは微塵みじんもない。

 そこにるのは、自分がどんなに辛い目に遭っても刑部姫かぞくを守ろうという、強い決意を秘めた女の子の姿、それだけだ。

 ここで小細工しても意味がない。

 浄眼の光を照射すると、亀姫のからだは一点に向けて凝りだす。


 コーン




 硬質な音を立てて、緑がかった灰色の宝珠が地面に落ちた。

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