〇一八 火 蓋

 ―――― キ ィィィィィ   ン―――― 



 右手から白い光が伸びた。かと思うと中から一振りの剣が出てきた。

 刀身にわずかに反りが入って鍔部分に護拳ナックルガードがついた剣、いわゆるサーベルみたい。

 両手持ちもできるのか、柄がわりと長い。夜目にも白く輝いている。


「じゃあ、行くから」


 宣言した直後、姿が消える。六花りっかは私の背後にいた。

 私が振り向くのとほぼ同時に、まっすぐ身体を突いてきた。


           ギィィィィィィ――ン!


 私は嵐風刀らんふうとう長柄ながえで受ける。六花は片手持ちとは思えない剣圧で攻めたててきた。


 ギンッ   ガシッ     ギュァァァァァッ


「くっ……!」


 対する私は防戦一方だ。リーチで勝る薙刀なぎなたの嵐風刀は、距離を詰められると長い柄はかえって不利になる。私はバックステップで距離を稼いだ。


「まあ、そうするよね」


 私の戦術は、六花にとっては織り込み済みだったようだ。

 一気にではないけど、左右に緩急をつけてステップを踏んだ。いったんは置いた距離をまた詰め直す。

 お互い有利なリーチで闘うのは自明の理だ。


「はっ!」


「そこ!」


 文字通りの白刃が目の前に来る。


 ギ ィィィィィィィィ   ン――――


 左手から鎌を出してガードした。


「はあああああ……っ!!」


 嵐風刀を、チアリーダーがバトンをまわす要領、バトントワラーのように前面で縦に激しく回す。


      ――――ギュアアアッ!!


 幾条もの風の刃が前方に発射される。


「うおっ! そう来たか、やるねえ」


 体勢を低くして薙刀を右切り上げに振り抜く。


 今度は相手が後方に宙返りして、跳んでかわした。

 私は嵐風刀の刃と柄、それに石突きで防御に専念する。

 六花と名乗った相手の攻撃は、確かに本気みたいだけど、こちらを倒そうという殺気は感じられない。




 だからこそ、彼女の真意が見えなかった。


 ガッ     ギィン   ザンッ


 数十合ほど撃ち合ったあと、六花は自分で距離を置いた。

 斬撃の余韻を味わうように、目の前で純白の刀を何度も振る。


「その鎌鼬の薙刀も確かに強いけど、あんたにとって一番相性がいい水の刀あるでしょ? そっち出してもらえるかな。

 それで、水の夜叉戦舞やしゃせんぶ、私に撃ってみてくれない?

 ああ、それでこっちがケガとかしても気にしないで。頼んだのはこっちだし、自己責任だから」


「―――――――」


 挑発するでも威圧するでもない、淡々とした物言いに一瞬だけ面食らう。

 けど、向こうの頼み通り嵐風刀の妖具化を解除して、代わりに御滝水虎の力、瀑布刀を顕現させる。


 シュォォォォォォォォ――――


 刀の峰は霧で霞み、弧を描く刃の部分は澄んだ湖面のように蒼い。

 瀑布刀のうちに宿る御滝水虎も警戒しているのか、高揚しているのか微かに唸っている。


 ――――グルルルルル……


 私は呼吸を整え腰を低く落とし、水の刀を右肩の上に構える。


「ありがとう」


 六花は小さくうなずく。そして左手に力を込め出した。肘から先が光る。

 さっきよりも強い共鳴が私の右腕に伝わってくる。

 彼女の左腕に現れたのは、型こそ違えど手の甲の部分に水晶がはまった異形の篭手こて――――『夜叉の浄眼』だった。

 それを見た途端、私の中にあった疑問の大半が解消される。彼女もまた夜叉姫なんだ。

 でも分からないこともまだ多い。相手の目を見据えて真意を探る。

 私は一気に距離を詰めた。白い刀の前で最後の文言を唱える。


「夜叉戦舞『水』!」


 瀑布刀の刀身が水の柱になった。私は六花の胸につきを繰り出した。斬撃を何度も打ち込む。

 一方の六花は刀を片手持ちで、そのすべてを受けきっている。

 私は真上に跳躍した。刹那の時におびただしい量の水が頭上に現れる。

 最後の唐竹割りを見舞った。振り下ろす瞬間、六花と目が合う。


 ――――なんでけないの?


 考える間もなく、寸毫すんごうの間に滝が振り下ろされる――――




「――――ふう、やっぱしいきなり頼むもんじゃないね。一歩間違ったら数トン分の水に圧し潰されてたわ」


 六花は手の甲で額の汗を拭った。

 私の夜叉戦舞は、六花の持つ妖魅の力で封じられていた。

 御滝水虎がびだした滝の水は、そのままの形で・・・・・・・凍結している。

 期せずして造られた白い氷のオブジェを、六花は手の甲でコツコツと叩く。


これ・・、壊してみる?」


 私は彼女が何を言わんとするか察した。夜叉の浄眼に力を込めるだけ込める。


      ガシャァァァァァァァ……ン


 右薙ぎに振るった刀で氷の塊は一気に砕けた。


「うん、やっぱり覚醒して一週間とは思えないわ。でもやっぱり経験もそうだし、妖魅の数もまだまだ。

 私たちであんたを保護、育成したいんだけどいいかな? 三滝涼子さん」


「あなたのことは今の打ち合いでだいぶ分かったけど、あなた方・・・・のことはまだ全然わからない。何者なの?」


「そこから先は俺から説明させてもらう」


 物陰から男が出てきた。今朝バスで会ってから何回も見た顔だ。

 この戦いも物陰で見ていたことは、だいぶ前から分かっていたけど。第一印象が悪いから警戒を解かない。

 と、男は懐から手帳を出してこちらに開いて見せる。


「君のことはこちらで保護、管理下に置く。

 俺は警視庁国家安全局、F課勤務の倉持安吾くらもちあんごだ。よろしくな三滝涼子ちゃん」


 倉持と名乗った男は笑顔で右手を差し出すけど、私は一瞥いちべつをくれただけで握手を拒否する。

 初対面の印象はサイアクだし、ちゃんづけで呼ばれるのはしゃくさわる。


「あーー、むつかしい話はともかくさーー、おなか減ったからなんか食べない? 話はそのあとにしよーー?」


 六花の、緊張をほぐすような提案に私は軽く脱力して、御滝水虎の妖具化ぐるかを解いた。


「これから、涼子のおうち行って親睦会しましょう。もちろんお金は出すから」


「……わかった、おじいさまに連絡しておく」


 私は言いながら空を見上げた。ビル街際のグレーから天上の濃灰色と、澄んだ空ではないけど、見上げていると不思議と気分が安らぐ。


「聞きたいことは家で聞くわ」


 私たちは静寂が広がる空き地を後にする。



 そのころ――――岳臣たけおみ君は、その場を動かず私たちの成り行きを見ていたままだった。

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