〇一三 刑 事

 ……ああ、やっと落ち着いた。こんなこと誰かに言ってもtwitter

に上げても誰も信じないだろうから。

 でも、今見たことは純粋混じりっ気なしの現実リアルなんですよ、刑事さん。

 お……いや僕ですか? いや、ケガとかはないです。ちょっと動悸が激しいくらいで。

 順を追って説明していいですか? その方が僕も混乱しないで説明できます。


 まず、僕ですが、働いてます、看護士です。ほら、陽見台ようみだい市内の総合病院。あそこで内科担当です。

 専門学校をようやく終わってこの春から働きだしました。

 えっと――――看護師の免許証って賞状みたいに大きいんですよ。運転免許みたいにカードサイズなら財布に入れて持ち歩けるんですけどね、ははは。

 でも、看護士ってテレビとかで言われてるよりも、お金にならないしキツいんですよ。

 シフトは決まってても、まだ身体が慣れないから寝不足になったり、逆に寝すぎでぼーっとしたり。

 新しく長期入院患者が入ってきたら、計画書とか作らないとだめですし。

 患者さんはおじいちゃんおばあちゃんばっかりで、特に入院したての頃はさみしがって家に帰りたがっちゃいますし。

 ああ、話がそれました。

 んで、今日も先輩に小言言われて、少し腐ってたんですよ。

 なんか家にこのまま帰るのも面白くないから、少し飲んで気分変えようと思って。

 今、お金ないから居酒屋にも行けないですし、コンビニで発泡酒とか魚肉ソーセージとか買って。

 んで少し遠回りしてあの港に行って、一人飲みしてたんですよ。僕港とか海とか好きだから。



 しばらく飲んでて、不意に空気が変わったんですよ。

 刑事さんなら分かりますよね? あの匂い。僕内科の消化器系の患者さん相手にしてるからわかるんですよ。ええ、血の匂いです。

 流れてる時はそんなにしないんですけど、固まらないでそのまま経つとしてくるあの匂いです。

 あの生臭いのがどこからともなくふわぁーーっと。怪談じゃないですよ、マジです。

 次の瞬間、どこからともなく人影がたくさん――――いやあれは人じゃなかった。

 廃ビルとかの錆びた鉄っていうんですか? ああいう赤茶けた色の何かがいっぱいどっかから湧いて出てきたんですよ。

 落ち武者のガイコツっていうのか。数ですか? 30~50匹くらいですかね。とにかくコワかったです。

 それでゾンビ映画みたいにふらふらしながら歩いてました。


 で、僕が気づくか気づかないかっていう時に出ました。

 顔は……はっきり憶えてないんですけど、確かにあれは女の子でした。

 でも不思議なんですよね。思い出そうとしても、頭にもやがかかったみたいにぼんやりするっていうか。

 ああ、のど乾いたんで水飲んでもいいですか? ありがとうございます。


 ――――ふう、どこまで話しましたっけ? ああ、そうです。顔は憶えてないっていうか、思い出せないっていう感じです。

 目の前でぎゃーーっとかぐおーーとかいう声がしたと思ったら、ザシュッて何か切れる音がして。

 で、何もない所から霧が出てきて。

 それからすごい遠い所から、金属同士をぶつけるような音とか、あと獣が吠えるような大きい音がして。

 逃げようとは思ってたんですけど、なんていうかあの……霧に包まれてると落ち着くっていうか、不思議なんですけど。

 で、気がつくと霧が晴れてました。そのあと、公園のレンガが重機かなにかでやったみたいに壊されてました。

 ああ、僕はケガとかはないです。



 ……あのこれ、事情聴取じゃないんですよね。

 僕取り調べ室みたいな所で卓上ライトとか当てられて、無理強いされて話しするのかと思ってましたよ。

 通報した人とか第一発見者が疑われる、ってドラマでは鉄則ですからね」


 青年は最後まで話して安心したのか、笑みを浮かべて自虐的な冗談を言い出す。

 テーブルに置かれたペットボトルの水を一息に飲んだ。


「まあ、裏取りというか、第三者からの証言っていうのが大事ですから。これを言わないと罪に問われるとか、そういうのはないです。

 ただ、やっぱり大ごとになるのはまずいので。口外無用でお願いします」


「ああはい、言っても誰も信じないでしょうから」


 黒いスーツに白いシャツ。ネクタイは着けずにシャツのボタンを上から二つまで外したラフな恰好。

 痩せた長身の刑事は、いかにも人の良さそうな看護士の青年に一礼する。


「もう夜も遅い。覆面パトカーで構わなければ自宅まで送りましょう。明日、いやもう今日になるのか。お仕事ですか?」


「はい、今日は夜勤です」


「そりゃ大変だ。シフトが変則的だと合わせるのが大変でしょう。

 表に車がありますから、駐車場に先に行っててください。同僚に連絡してから送ります」


 若い看護士の話を聞くために開けた会議室から出ると、刑事はおもむろにスマホを取り出す。


「――――ああ、俺だ。今目撃者と話してウラは取れた。そっちは?」


【察しの通りよ。現場には広い範囲でかなり高濃度の観念子ミームが確認されてる。

 で、ごく短時間であれだけの破壊。にもかかわらず、何かいた・・・・っていう痕跡は希薄。

 採取できても煤とか鉄錆の欠片とか、そんな程度。

 目撃者はいても証言の肝心な部分は曖昧あいまい。これらから推測できるのは――――】


「妖魅をる存在、夜叉姫が現われた。そう考えて間違いない」


 電話の相手の言葉を刑事は引き継いだ。


「夜叉姫が覚醒、活動するのに伴って増える『虚孔きょこう』の増加っていうのが何よりの証拠だ。

 現場の対応はどうなってる?」


【いつも通りよ。とりあえず『改修工事』ってことでバリケードとか建築資材で養生してます。

 そちら、夜叉姫の対応は?】


「もちろん俺がする。近いうちに新たな妖魅と接触するだろうから、その時が狙い目だな。

 ああ、目撃者は俺が自宅まで送る。そちらは現場対応をお願いする。

 それじゃ、よろしくどうぞ」


 通話を切ると刑事は窓の向こう、夜のとばりに目をやる。



「ともあれ、覚醒して間もない大事なお姫様だ。丁重に扱わないとな」

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