第八話

 バスを降りた僕たちは、そのまま歩いていたけれど、よく考えたら行くところを決めていないという事に気づいた。花坂さんも僕と同じことを考えていたようで、困っている顔をしていた。なのでいっそのこと僕の方から花坂さんに聞いてみることにした。

「花咲さんは行きたいところとかある?」

 僕がそう話しかけると彼女は小さく声を漏らしたじろいだ。男としてそれはどうなんだ、とお叱りを受けるかもしれない。でもこれに関しては許してください。そもそもこの町に何があるか皆目見当もつかないし、さらに言うとここが北海道のどこに位置しているか分からない。唯一分かるのは滝川というらしい地名の名前だけ。一体そんな状況で他に僕が何を言えるのだろうか。ある場所を言って、それがもしないようなことがあればごまかしで空回りして気まずいことになるだけだと思う。この考え自体が逃げなのかもしれないけど。

「じゃ、じゃあ無難にショッピングモールとかかな?」

「うん、僕もそこがいいと思うよ」

 僕は二つ返事で大きくうなずいた。せっかく出してくれた意見に拒否するわけがないよ。目的のショッピングモールまではどれぐらいの時間かを聞くと、10分から15分ぐらいかなと返ってきた。僕たちはそのまま歩き始めた。バスの中で思う存分話して疲れたせいか、あの女性がなにかの緩衝となってくれたおかげで話しやすくなったのか、バスでの話に比べると僕たちは言葉少なだった。それが余計に僕の心臓を疲れさせているのかもしれなかった。しかし、意外にもこの感覚は僕の経験してきた感覚とは全く違っていて嫌いではなかった。……とは言ってもやはり普段気にもならないパーカーの裾をいちいち直したり、目を忙しなく動かしたりしていた。その視線の先にある建物や木々を見ると、お世辞にも僕が以前住んでいたような都会感は感じることはできなかった。もちろんこの景色が嫌いなわけではないけれども、以前のことを思い出すと辛い思い出の中に、まだ少ししか経っていないのに懐かしさを感じ、ない交ぜになった僕の心が視線を少し上に上げた。

「大丈夫?」

その一言が一瞬で僕を現実に引き戻した。

「……うん、全然大丈夫。ちょっと考え事をしてただけ」

こんなありきたりな言葉で花咲さんが納得してはくれないだろうとは思っていた。でも彼女はきっと一歩踏み込んで聞いてくることはないだろうと踏んでいた。果たして彼女はそうなんだ、との一言だけで聞いてくることはなかった。自分の思い通りになったはずなのに、辛くなった。自分の気分を元に戻そうと必死になっていたため、その後ショッピングモールにつくまで会話はなかった。

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