第三話

 僕と彼女は二人で広くはないけれどきれいな庭に出た。

 空は僕の心模様とは全く逆で雲一つなかった。

 僕は恥ずかしくて何も話せない。だけど不思議と心は躍ってる。

 味わったことのない初めての感覚だった。

「あなたの名前はなんていうの?」

「僕の名前は絆、前田絆まえだきずなっていうんだ」

 たぶん声が上擦っていたと思う。

 そして無性に僕も名前を聞きたくなった。

「君の名前は?」

「私は花咲心はなさきこころ

「いい名前だね」

 無意識だった。こんなことを言うつもりはなかった。

 花咲さんは笑った。それはもう自然に。

「前田君もいい名前だと思う」

 だめだ。僕は顔がニヤニヤしてしまうのを抑えることができなかった。

「えっ、どうしたの」

 よし、抑えれた。というか自然に消えていった。

 ニヤニヤは消えたけど、今度は冷や汗が止まらない。

「ん、なんでもないよ、花咲さんこそどうかした?」

 花咲さんは首を90度回転させた。そして戻した。

「見間違いだったみたい、ごめんね」

 とりあえずセーフかな。

「あのね、突然なのだけれど、どうしてこんな田舎に来たの?」

 …どうしよう。借金の事は知っているのかな? 知らないのなら、僕にだってプライドはあるからあまり言いたくないな。

 そうしてたった数秒で考えた言葉は陳腐な言葉だった。

「親の仕事の事情でね」

「.......それは嘘だよね」

 僕が言ったか、言い終わらないうちに花咲さんはそう言った。

「ごめんね、前田君のお父さんって町工場で働いているでしょ。だから仕事の事情じゃないてことはわかっているんだ。お父さんに聞いても教えてはくれなかったし、もし言いたくないのなら言わなくても全然いいから」

 一瞬だけ迷った。言うべきなのか言わないべきなのか。

 でもだめだ、逃げてばかりはいけない。

 たとえこのせいで話せなくなったとしても……

「僕たちの家は借金をしているんだ。それでこの田舎に逃げてきた……」

 どうしても横にいる表情を確認したかった。

 その顔は、僕の予想とは大きくかけ離れていた。

 やさしそうな顔を浮かべているのに、目には涙がうっすらと溜まっている。

「私ね、なんとなくそういうことなんだろうなとは思っていたんだ。それでもいざ聞くとなると、分かっていてもきついね、しつこく聞いちゃってごめんなさい」

 久しぶりに優しさに触れた気がする。

 ここ最近は周りから裏切られることだらけで、なんとかしなきゃという思いだけで生きてきたから泣いてもいなかったけど、やっぱり苦しかったんだな。それでも泣くわけにはいかない。

「あのさ、こんな借金を背負っている僕だけど友達になってくれないかな?」

「私たちはもう友達だよ」

 二つ返事で返された。

「ありがとう」

 花咲さんは静かに微笑んだ。


 ありがとう。

 

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