第二話


 ある日、仕事の関係で、たまたま近くに住んでいた家族に僕と父親であいさつをしに行くことになった。

 既に引越しのあいさつで面識のあった父親によると、そこには僕と同年齢の女の子がいると聞いていた。

 だけど僕は仲良くするつもりはなかった。

 もし、また借金取りが来た時に裏切られるのが怖かったんだ。


 そんなことを思いながら、気持ち父親の後ろに隠れるようにしていると、父親がチャイムを鳴らした。僕らはその後少しだけ待っていると、中からいかにも優しそうな顔をしたおじさんが出てきた。

「やあ、よく来てくれたね。ささ、中へ入って」

 あいさつをしてすぐ帰ると思っていたから僕は内心焦った。

「ではすみません、遠慮なく入らせていただきます」

 父親も断らずに入っていったので、しょうがなく僕も入っていった。

 内装は僕の家とでは月とすっぽんの差があった。

 清潔感の漂う床。きれいな光、モダンな暗い色で統一された玄関。上品という感じが、これでもかというほど伝わってきた。

 それで僕は悪いこともしていないのにパトカーの中にいるような後ろめたい気分になってしまった。ボロでもいいから早く家に帰りたい。

 おじさんが案内してくれた部屋の扉は重厚感があってお城の中にいるような感覚になってきた。自分の家がボロいせいなのもあると思うけれど。

 扉をおじさんが開けると、そこには一人の女の子がソファーに座っていた。

 それと同時に日だまりのような優しい香りが鼻腔をくすぐってきた。

 僕の方からは顔はまだ見えないけど、なぜか動悸が激しくなってきた。

 これは見てはいけないという本能? それとも久しぶりの同世代に緊張しているだけ?

 答えはすぐに分かった。

 彼女は立ち、それからこちらをゆっくりと向いた。

 僕は一瞬だけど目を見開いた。そして息をのんだ。

 僕は今まで自分が一目惚れをするとは思っていなかった。人と人が仲良くなってそこから初めて恋愛感情が芽生えるのだと。そして少しずつ育まれるのだと。

 しかし僕の中の常識は、いとも容易く覆された。

 一目惚れだ。すぐに僕は気付いた。だけど気付きたくなかった、でも気付いてしまった。

 黒色のような茶色のような長い髪が光に照らされて神々しく光っている。目は二重できれいに見開かれ、肌は白く、汚れの類は一切ない。口元はリップも何もない自然な朱色。

 それはまさしく世間一般で言う美少女というものだった。いや、彼女の前では美少女すらも霞んで見えるのではないかと思ってしまうほどだった。

 それほどまでに彼女は美しかった。僕みたいな一般人が近づいてはいけないような。

 それは纏っているオーラからも分かった。


 ようやく意識が正常になると、おじさんは微笑を浮かべていた。もしかしたら慣れっこなのかもしれない。

「どうだい、庭にでも出て二人で話してきたらいいんじゃないかな」

 先程の裏切られるかもなんてことは僕の頭からはすっかり抜け落ちてしまっていてはっきり言ってとてもありがたい言葉だと思った。でもそれと同時に心配も出てきた。

 親というものは子供、特に女性を嫁に出したくないという気持ちが出てくるものではないのだろうか? それをこんな貧乏なよそ者と、自分の可愛い子供を話させて良いのだろうか。そして、このままいったら何か大変な気がしてくると不意に思った。

 だけど、未来のことを考えてもしょうがない。今は彼女と話してみたい。親しくなりたい。そんな気持ちに心は占領されてしまっていた。

 そんな自分が軽率だったとあとで後悔することになるとはつゆほどにもこの時の僕は思っていなかった。

 

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