第18話 兄妹

「私はアクアといいます!」


 元気の良い少女だった。ニコニコしながらペコリと頭を下げる。頭の上にある耳はピント立ち、尻尾はゆらゆらと揺れていた。やべっ、この生き物やっぱ可愛い。


「俺はレッド……」


 地面に座ったままの少年は不貞腐れ態度でボソッと呟く。顔を背けたままこちらを見ようともしない。なにこいつ可愛くねー。


「あいたっ!? 何するんだよ」


「人に挨拶するときは立ちなさい! このお兄さんが居なかったら騒ぎが大きくなっていたんだよ!」


「全員ぶちのめせばいいじゃねーか」


「前の街でのこともう忘れたの!」


「うっ……」


「ほら、ちゃんと礼を言いなさい」


「ふん、余計なことしやがって――。があっ!?」


 尻尾を踏みつけてやった。


「お前何しやが――。ぎゃあ!?」


「それは人に礼を言う態度じゃないな」


「なんでテメーに――。ぐあっ!?」


「そもそも、お前は何もしていない俺に殴りかかってきた事を忘れてないか?」


 そのあと数回踏んでみた。だってこいつ学ばないんだもん。猫踏んじゃったならぬ犬踏んじゃっただ。


「悪かった! 悪かったから! ごめんなさい! だからもう踏まないでぐれぇ……」


「あ、泣いた」


「もう、お兄ちゃんたら。初めから素直に謝ればいいのに……。お兄さんその辺で許してあげてください」


「そうだな」


 そもそも嫌いではない。獣人だから? 違うな。レッドはその名の通り赤いんだよ。耳も髪も瞳も尻尾もね。だから親近感が湧くのさ。


 赤はファイゴス家の象徴だからね。両親もレオンも深紅だったし。もう一人いたような気がしたけど忘れた。


 あ、因みにアクアの方は水色だ。癒し系だね。


「そうだ! お兄さんの名前教えてください!」


「ルイスだ。それでなぜ俺を引き止めた」


「ルイスさんは見た目通り冒険者なんですか?」


「ああ、まだEランクだけどな」


「ええっ!? あの強さで?」


「登録したのが今日だからな」


「そうだったんですか。でもほんと良かった!」


「なにが?」


 両手を打って目をキラキラさせるアクア。可愛いけど、なんか俺にはとても良くない気がする。


「私達もEランクなんです!」


「あ、そう。じゃあ、俺はソロソロお暇させてもらうな」


「逃がしません!」

 

 ガッと足に抱きつかれた。逃がしませんって……あなた。


「はあ、もう何なんだよ」


「私達とパーティを組んで下さい!」


 今日は厄日か何かか……。


「お断りする!」


「何でですか!?」


 なんでって……。見ず知らずの他人といきなりパーティなんて組めるかよ。


「ルイスさんしか頼める人がいないんです」


「そんなことねーだろ」


 獣人だからといってそこまで差別されてないし。冒険者はそれこそ実力主義だからな。


「レッドの強さなら他でも喜んでパーティに入れてくれるだろ」


「寧ろお兄ちゃんの所為で無理なんです」


「パーティメンバーと喧嘩しちゃうとか?」


「いえ、バーサク状態になると誰も止めれないから」


「ああ……」


 だろうな。普通のDランク以下には到底無理だろう。


「なら二人で潜ればいいじゃないか」


 さすがに妹とは襲わないようだし。


「ダンジョンでバーサク状態になったら最悪なんです。敵がいなくなるまで後を追うので……。何処までも猛進していくから」


 質が悪かった。それは自殺行為以外の何物でもないな。


「ルイスさんならお兄ちゃんを止めれる力があるから」


「ああ、そういうことか」


 妙に納得してしまった。


「頼む 兄貴! 俺とパーティを組んでくれ!」


「いやだ! それに俺はお前の兄貴じゃねー」


 いつのまにかレッドが土下座してた。うーん、弱ったなあ。もの凄くお断りしたい。ウチには二匹も犬を飼う余裕はないのだ。家計が火の車なのだ。


「わたし役に立ちますよ! 斥候と罠解除のスキルを持っています!」


 わあ、なんて奇遇。都合が良すぎる展開だよね。


「ならアクアだけパーティに入れるか」


「兄貴! 俺を捨てないでくれ!」


 いや、まだ飼ってもいないから捨てるもなにも。うわ、号泣してる。どうしよう……。


「ルイスさんお願い!」


「はあ、仕方ないな……」


「「やった!」」


 両手をハイタッチするワンコ兄妹。


 結局断ることができなかった。二匹の捨て犬が段ボールに入って縋るように見つめているのだ。きみならどうする? 俺には無視して通り過ぎることなんかできなかった。



「それでお前らは何がしたいんだ?」


「ダンジョンに潜りたいです」


「金のためか?」

「もちろん生活のためでもあるけど、ギルドランクを上げたいんです」


「なんのために?」


 まあ、レッドを止めるパーティを捕まえるためにも、自分達のランクをあげるにこしたことはないが。


「人を探してるんです」


「この国の外ということか?」


「わからないです。でも外に出れないと探せる範囲が限定されちゃうので」


「奇遇だな。俺も国を出るためにギルドランクを上げようとしているんだ」


「そうなんですか!」


 俺の場合は観光したいからだけどな。あえてそんなことは言わんけど。


「ところでスキルって何だ?」


「えっ!?」


「兄貴そんなことも知らねーのか!」


「悪かったな。だから俺を兄貴と呼ぶな……」


「確かに人族は属性の方を重視する人が多いですよね」


「属性とは別にスキルを習得するということか」


「そうです」


「でも、どうやって分かるんだ?」


「兄貴、それは感じるんだよ! おおなんか来たぞって!」


「なんかじゃ、何かわからないだろ」


 また呼びやがった。人の話を聞かない犬だ。明日からちゃんと躾をしないとな。


「属性と同じですよ」


「どういうことだ?」


「ギルドカードの裏面に記載されています」


 不思議そうに首をかしげるアクア。いやいやそんな説明は誰からも聞いてないぞ。


 ギルドカードを取り出し、裏返す。無地の緑一色……。そうだよね。能無しだもんね。ああ、だから誰もいわなかったのか。俺の場合、虚しくなるだけだもんな。


「え!?」


「兄貴! スゲーな!」


 俺のカードを盗み見た二人が驚いていた。


「ほう、それは嫌味か」


 俺は右足を持ち上げ、レッドの尻尾をロックオンする。


「そうじゃないってば!? 身体能力だけであんなに強いのかと思ってビックリしたんだよ!」


 そういえば、インフィニティってスキルじゃないんだな。記載されても困るけど。


「それでお前達はなんのスキルを持ってるんだ?」


「俺は格闘術と絶対嗅覚、持久走あとはバーサクだな」


「私は斥候と罠解除以外には隠密と調合です」


 バーサクは別として、なんかアクアの方が物騒にも思える。


「とりあえず、明日の朝八時に地界への穴の前で待ち合わせでいいな」


「分かりました。ところで他にもメンバーの方っているんですか?」


「ああ、他に光属性の女性がいる。そいつはいま知り合いの回復役を誘いに行っているところだ。その結果がどうなるかはオレにはわからん」


「ほえー、光属性なんて珍しいですね」


「そうなのか?」


「はい。私は会うのは初めてです。でも、王都には多いかもしれないですね」


「なんで?」


「この国の王家が光属性なので。王族の血が混じっていれば光属性なのかなと」


 頼むから嫌なフラグを立てないで欲しい。

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