第19話 狐と犬?
砂浜の上に立つと、凍てつくような向かい風が肌を刺す。いまここの季節は冬らしい。そういえば不思議だよな。俺は外壁の向こうの丘陵地帯に目を向ける。
そこはまさしく白銀の世界。
樹木一本すら生えていない。厚い雪氷は年間を通じて溶けることがないらしい。標高三千メートルの世界は生物が生息するには非常に厳しい環境のようだ。
「でも、この街ではいっさい雪を見かけないんだよなあ」
確かにいまは寒いが、夏には湖水浴ができるほど暖かくなるそうだ。外壁の外は常に極寒なのに? ありえなくないか?
「ま、いっか」
深く考えてはいけないのだ。そもそも魔法が蔓延っているのだ。物理や化学の通用する世界ではない。前世の常識を物差しに判断したら痛い目を見る事だろう。頭は常に柔軟に。
でもまあ、街をぐるりと囲む外壁。それを境にして気候が変わっているのだけは確かだ。おそらく魔道具のようなものが作用しているに違いない。じゃなければそれこそ神の力の成せる技だ。
俺は冬の湖へと足を踏み入れる。もちろん入水自殺願望があるわけじゃない。
「やっぱ異世界って不思議だよなー」
水の中に足を踏み入れても濡れないのだ。というか、水面の上を歩いているといった方が正しいかな。
足元の水面ではカラフルな魔法陣がキラキラと光っていた。幅は五メートルほど。それが砂浜から湖の中心にある漆黒の塔にまで伸びているのだ。この道から逸れない限り湖には落ちないらしい。異世界感満載なシチュエーション。歩くだけで胸が高鳴る。
「兄貴! 遅いっすよー!」
塔の近くでレッドが手を振っていた。飛び跳ねてまでいやがる。俺の高揚した気持ちが一瞬で萎えた。
なぜかって?
この道は塔へと渡るほぼ唯一の手段だ。船で渡れないこともないがわざわざそんな労力を費やす奴はいない。もしかしたら王族は別の転移手段を持っているかもしれんが。少なくとも一般人はこのメインストリートを使用する。
塔の地下はお宝満載のダンジョン。塔の上はこの国の行政の中枢になっている。
つまりだ……。冒険者や騎士、役人さらには商人などが大勢歩いているのだ。
「兄貴ー!」
だから、大声で手を振られるとめちゃくちゃ恥ずかしいのだ。だから俺は後ろを振り向いて他人のフリをする。いったい誰の事を呼んでいるんでしょうね。
「兄貴! なに後ろなんか振り向いてるんだー! おれはこっちだぞー」
周りの人が俺を見て笑っていた。あの犬っころめ。どうやら躾が足りないようだな。
「ルイスさん、おはようございます」
「アクアはちゃんと眠れたか」
「はい! 大丈夫です」
「痛え、痛えよぉ……」
レッドは尻尾を抱いて涙目だ。次からはちゃんと大人しくマテができるようにな。
「アンヘレスはまだ来てないのか」
「あー! 見つけたわ!」
タイミングよく、聞き慣れた声が背後から聞こえた。
「なんだアイツ……」
「あの人がルイスさんのパーティメンバーなの?」
訝しげな二人の様子が不思議だった。もしかして金髪は獣人には受けが悪いのか?
振り返った俺は絶句した。
「だれ?」
「アンヘレスよ!」
細長い目、裂けるような朱色の口、前に突き出た鼻、そして頭部には朱色の獣耳がついていた。肌は血が流れてないかのように真っ白だった。
「お前って狐の獣人だったんだ」
「お面に決まってるでしょ!?」
金髪に狐のお面って……。案外ありかも。
「それで隣のあなたは?」
「ちょっ――」
「その……。アンヘレスに理由を聞かれなくてよいのですか?」
「ああ問題ない」
話題はなるべく少ない方がいい。無駄話をしている余裕はないのだ。
「わたくしはレオーラですわ。アンヘレスとは小さい頃からの付き合いですの。本日は宜しくお願いしますわ」
長いスカートの裾を摘み、膝を曲げて優雅に礼をする。え? どこの上級貴族だよ。純白のドレスしか着てないし。防具はどこいった?
「なあ、これから行くところは知っているのか?」
「ええ、少し日陰をお散歩すると聞いておりますわ」
「兄貴……」
「ルイスさんってまともな人だと思っていたのに」
アクアとレッドが残念な人を見る視線を向けていた。
「待て、俺はまともだぞ。おかしいのはこいつ――」
「わぁああ! 可愛ぃいい!」
「きゃあ! 怖い!」
「こら、やめろ! 苦しい!」
金髪の狐仮面がアクアとレッドをギューっと抱きしめていた。シュールだねえ。
「おい、アンヘレス」
「ねー! なになにこの可愛いワンちゃんたちは!」
「「狼だ(もん)!」」
「「えっ――」」
アンヘレスと俺の声が被った。
「兄貴まさか――」
「い、いや、二人とも格好いい狼に決まってるよな! アンヘレス失礼だぞ!」
二人からの疑いの視線が痛い。
「可愛いならなんだっていいわ!」
彼女にとってそれは些細な違いらしい。さらに強く抱擁され二人とも苦しそうだ。
「こらいい加減にしろ」
「なんで! こんなに可愛い子を離せないわ」
「やり過ぎると嫌われるぞ」
「それは嫌っ!」
その言葉にパッと離れるアンヘレス。
「二人は、い――狼獣人のアクアとレッドだ。今日からパーティの仲間に加わる」
「アクアといいます。宜しくお願いします!」
礼儀正しく元気に自己紹介するアクア。レッド、お前も俺の方を見つめてないで挨拶しろよ。
「なあ、兄貴……。いま犬って言おうとしなかったか?」
「ところでアンヘレス。お前はなんでそんな格好しているんだ?」
「もう、今更なんだから! ちょっと人目につきたくないの」
「ふーん。でも、さっきから周りの視線が痛いんだけど」
「それはレオーラの所為よ! まったくもう。ダンジョンに似つかわしくない格好をしてくるんだから」
「あら、ごめんなさい。やっぱりドレスは青の方が良かったかしら」
違う。そうじゃないだろ。はあ……。なんかダンジョンに入る前から疲れて来た。
ちなみに、レオーラが目立っているのは確かだ。ドレスが綺麗だから? 否。はち切れんばかりの巨乳だから? それは一部の男衆には的を得ているかもしれない。でも違う。
通りを歩く人々が囁いていた。レオーラ様とか伯爵令嬢だとかとね。どうやら有名なお嬢様のようだ。
でもね。そんなのは一瞬だ。
皆の視線はすぐに他に向く。だって隣に明らかに怪しい狐のお面さんが佇んでいるんだよ。あ、ほらいまもそうだ。
「なあ、レオーラ様の隣のあの不気味な奴は誰なんだ」
「おい! 下手な言葉は慎め!」
「は? 何でだよ」
「狐様の髪を見ろ」
「あの髪は――」
「レオーラ様が隣にいるのだ。わかるだろう」
「あ、ああ……」
「ならさっさといくぞ!」
俺たちは何も見なかった。とでもいうように、そそくさと二人組の騎士が消えていった。さっきから、こんなのばっかりだ。
「さて……。みんな準備は整ったか? 時間も惜しいからそろそろ行くぞ」
「兄貴……」
「ルイスさんってなんか凄いよね」
これ以上ここにいても碌なことにならない。俺はさっさとダンジョンの入口へと向かうことにした。
「これが後に世界に名を轟かせるパーティメンバーの出会いである――。うふふふ……」
「レオーラ! なにまた自分の世界に浸ってるのよ! 置いていくわよ!」
ああ、一人になりてえ……。ぼっち最高――。
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