第17話 意志の強さ

「昇格おめでとうございます。こちらがEランクのカードになります」


「やったわ!」


 飛び跳ねて喜ぶアンヘレス。その手には緑色のカード。ギルドの受付嬢にFランクの白カードを渡したら、色が変わって返ってきた。


「ところでEランクになった特典ってあるのか?」


「うーん、どうだろー。わからない」


 おい、じゃあなんでそんなに喜んでいるんだよ。


「協賛店での買い物、飲食費などが一割引きになります」


「ほう、他には?」


「Eランクなので上下一段階のクエストを受ける事ができます」


 F、E、Dを受けることができるってことね。


「まあ、ダンジョンに潜るから関係ないか」


「あ、ソロの場合は五階までしか潜れませんよ」


「そうなんだ」


「ええ、死亡するリスクを減らすための処置です。Dランクに上がらないとそれより下にはいけません」


「ちなみにパーティの場合は?」


「一個上のランクまで行けるようになります。つまり、Dランクと同じ九階ですね」


「上位の者と組めばもっと下にいけるのか?」


「あいにく自分のランクと上下一つ違いまでの冒険者としかパーティは組めません」


 随分と限定されるのな。まあ、パーティとか興味ないからいいや。


「Dランクに昇格するにはどうしたらいいんだ?」


「それは――」


「シード!」


「はて、なんでしょう?」


 声を荒げるアンヘレスに対して漆黒の男が首を傾げる。


 そう、俺の質問に答えていたのはギルドの受付嬢じゃない。先ほどまでの試験官だ。いまごろ知ったが、シードという名前らしい。


「あなたいつまでいるのよ! さっさと戻りなさい」


「ですが……」


「これは命令よ。もう試験官じゃないんだから断れないわよね?」


「今日はダンジョンには……」


「これ以上は潜らないわよ」


「かしこまりました」


 一礼して去っていく影のような男。無表情だが背中に哀愁が漂っていた。


 やっぱりアンヘレスはどこかのお嬢様のようだ。まー、どうみてもそうとしか思えなかったけどね。


「ねー、ルイス」


「ん?」


「この街に来た目的って何なの? やっぱりお金を稼ぐこと? それとも名声?」


「とりあえずはギルドランクを上げることかな」


「あーやっぱり名声なのね」


「いや、Bランク以上になれば他の国に行けるみたいだから」


「この国が嫌いってこと?」


 アンヘレスは少し悲しそうな顔をした。


「そうじゃない。観光を楽しみたいんだよ」


「かんこう?」


「あ、自由気ままに世界中を旅するってことだ。名所巡りとか、その地の特産物を食べるとかね」


「わー! それって素敵ね。私も一緒にいきたい!」


「いやいやいや……」


 連れがいたら自由を制限されるから嫌です。つーか、今日出会ったばかりだぞ。世間知らずも甚だしい。悪い輩に騙されてホイホイとついて行きそうで怖い。


「じゃあ世話になったな」


「え!?」


「またどこかで会うかもしれんが、その時はよろしく」


 背を向けて塔の方へと歩き出す。もう一度ダンジョンに潜る時間がありそうだ。


「おい……」


 腕を掴まれていた。 


「ルイスはソロで活動する気なの?」


「ああそうだ」


 パーティとか面倒臭いもん。


「怪我しても誰も回復してくれないわよ」


「しなければいい……。ポーションとかもあるし」


「罠はどうするの?」


「むぅ……。まあ、力技?」


「鉱石の鑑定はできるの?」


「知り合いに鑑定してもらう……」


「何を持ち帰って良いかもわからないのに?」


「いや、まあ……」


「そもそもDランクへの上がり方は知っているの?」


「くっ……」


「ほらあ! 一人じゃ色々と不便でしょ。パーティを組まないと!」


 両手に腰をあて、どうだと言わんばかりの表情だ。


「お前だって索敵とか罠解除とかできるわけじゃないだろ。回復だってそうだ」


「回復役は知り合いがいるんで頼んでみるわ。罠の解除とかは……。うん、ルイスが明日の朝にダンジョンの前で募集して!」


 誘っておいて人任せかよ。


「Dランクへの上がり方は?」


「それは知っているわ! ほらほら、私って頼りになるでしょ!」


 めっちゃ得意げだ。まあ、なんか見ていて癒されるけどな。


「ギルドポイントが五千を超えたら、自動的にランクアップするのよ」


「ほう、ちなみにそれってどうやって上げるんだ? 依頼をこなさないといけないのか?」


「依頼でもいいけど、魔物を倒しても貯まるわよ。討伐部位と交換なのよ」


「なるほど。ただ五千ポイントがどの程度かまったくわからないな」


「ギルドカードの右上を見て」


「お、こんな所に数字なんて書いてあったんだ。75ptか」


「さっきの試験のね。私とルイスで150ptだったの。パーティの場合は人数で等分されるのよ」


「それってお前に損じゃないか?」


 討伐数は圧倒的にアンヘレスの方が多かった。


「後衛だもん当然よ。その代わりこれからもルイスが守ってね!」


「あ、ああ……」


「あと階層突破でもボーナスポイントが貰えるの。例えばルイスがシルバースライムを倒したから二階層を突破したことになっているわ。あれだけで50pt貰っているのよ」


「なるほど」


「ねっ! ルイスは世間知らずだから私と一緒の方がいいわよ」


 世間知らずと思っていたお嬢様に同じことを思われていた。なんかショック。


「あ、それとはいこれ」


「銅貨五枚?」


「今日の魔物から取れた魔結晶を売ったお金よ。儲けも半分ずつね」


「サンキュー」


「これで数日分の宿泊費にはなるか」


「え!?」


「何を驚いている?」


「ごめんなさい。この街で宿泊したことないから……。相場なんて知らないの」


 いまのは恐らく、そんな安い宿に泊まっていることにびっくりしたって奴だろう。お嬢様は一体どんなところに住んでいるんだか。


「じゃあ、私は知り合いに声をかけてくる」


「なら俺は薬草とか細々したものを買っとくわ」


「うん、よろしく。じゃあ、明日八時に地界への穴の前に集合ね」


「早くないか?」


「早くしないと潜っちゃう人が出るでしょ。声かけないと」


「ああそっか」


 アンヘレスと別れた俺は中央商店街を一人歩く。さすがに街はずれの地区とは違うな。店構えが大きい。そして外観が明らかに立派だ。しかし、値段もそれ相応だ。なかなか手が出ない。


「はあ……」


 ついため息がでてしまった。


 商品が高かったからではない。パーティを組む件だ。やっぱなしにできないかな。気が重い。アンヘレスとは何とかなりそうだけど、他のメンバーと気が合うか自信がない。


 もっと意志を強く持たないとだめだな。でも、アンヘレスってなんか見ていて心配になっちゃうんだよ。質の悪い連中と組んで酷い目に遭ったら寝覚めが悪いし。


 あーでもやっぱりキャンセルにできないかな。


「往生際が悪いんだよ!」


「え?」


「ギャアアアアア!」


「へ?」


 人が空から降ってきた。このままだと俺に直撃する。


「ピギャッ!?」


 もちろん躱しました。だって人相の悪い男だっだし。


「誰、この人?」


 石畳の上でピクピクと痙攣していた。うーん、やはり知らない顔だ。


「ひぃぃいいい!?」


「もう止めてよ! お兄ちゃん!」


 叫び声に顔を上げる。柄の悪い数人のチンピラが輪のようになっていた。その中央で悲痛な表情を浮かべる小さな少女。


「ぎゃぁああ!?」


 あ、チンピラの一人がまた空へと打ち上げられた。何だこの状況。逃げ惑うチンピラ。泣き叫ぶ少女。そして、チンピラを追いかけて殴り飛ばす少年――。


「うん。俺は何も見なかった」


 下を俯き、道の端を歩く。何事もなかったことにして通りすぎよう。


「おい! お前! 助けてくれ!」


「え?」


 俺の後にチンピラが隠れた。ちょっと何してくれてるの。


「ガァァァアアア!?」


「いや違う――。って、おい!」


 弁明すらする間もなく少年が殴りかかって来た。なんとか躱したけど相当な速さだ。魔武具のブーツを履いていなかったら避けれなかったかも。


「よし! 兄貴! やっちまえ! あとは任せたぞ!」


「は!? おいこら!」


 残っていたチンピラが俺を指さして逃げて行った。なんてこった。


「ガァァアアア!」


「くっ! だから止めろって! 俺は無関係だ!」


「ガルルルル!」


 駄目だ。目が完全に血走っているよ。しかも四つん這いで唸ってるし。


「ねえ! お兄さん! お兄ちゃんの尻尾を思いっきり掴んで!」


「は!?」


 お兄さんでお兄ちゃん? ええい紛らわしい。


「バーサク状態になっちゃったの!」


「なんだよそれ!」


「いいから早く!」


「ガァァアアアア!」


「あー、もう! 何なんだよ!」


 牙を剥いて飛び掛かってくる少年。ぎりぎりのタイミングまで引きつける。紙一重の所で半身をずらして躱す。


「おらっ!」


 すれ違い様にフサフサの尻尾をギュッと握る。


「フギャァァアア!」


 両手足をこれでもかと伸ばして絶叫する少年。まるでアニメで感電した時のシーンのようだ。


「あ、気絶した」


「お兄ちゃん!」


 白目を剥いて倒れた少年に駆け寄る少女。


「じゃあ、これで――」


「待ってください!」


 俺の足に縋りついて引き留める少女。駄目だ。ここは断固とした意志で断らないと。またやっかいな事に巻き込まれる。


「すまないが」


「ううう……」


 涙ぐんだ青い瞳で俺の顔を見上げる。獣耳とモフモフの尻尾が元気なく垂れ下がっていた。駄目だ、駄目だぞ――。


「いったいどうしたんだ?」


 モフモフさんを無下にすることなどできなかった。ああ、俺の馬鹿。

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