第8話 急展開

 甲高い音が一定の間隔で鳴り響く。


「うーん、煩いなぁ……」


 俺は布団を被り体を丸める。しかし、音は小さくなるどころか次第に大きくなっていく。


「がああああ!? 鼓膜が破れるわ!」


 ベッドから飛び起きて部屋の窓へと張りつく。確かここは三階だったはずだ。


「うおおっ!? なんじゃこりゃ!」


「お、ルイス。やっと起きたのか」


「よくこんな騒音のなかで寝れるな。聴力すら無能にな――がぁっ!?」


「お前のほーがよっぽどだ!」


 ボッシュが脳天を押さえて床を転がる。なんだよ朝から騒々しいな。


「それよりもレオン! なんだよあれ!」


 宿は大通り沿いに面していた。それは街の正門からコロセウムまでを直線状に繋ぐ。いまその全てを黒い塊が占拠していた。しかもゆっくりとコロセウム方向に動いていた。


「あれは魔道列車だ」


「なにそれ?」


「魔結晶をエネルギーとして都市間を高速に移動する乗り物といえばいいかな」


 なんと。異世界にも電車があったとは。


 しかも日本のよりも一両が長いな。それにどちらかというと電車というより連結された長大なバスと言った方がいいかもしれない。だって線路なんてないから。魔道列車の下部には巨大なタイヤが並んでいた。そう、どうみても黒いタイヤだ。あれこの世界でゴムは見かけたことがないような気がするが……。


「これどこから来たの?」


「おそらく王都だろうな」


「近いの?」


「いや、魔道列車でも十時間近くはかかると思うぞ」


 ということはこれって寝台列車?


「乗客は一両あたり三十名程度だったかな」


 ああ、やはり一席が相当広いな。車両は二十両以上はあるな。


「じゃあ六百人以上は乗れるんだね」


「そうなのか? 俺にはちょっとわからないな」


 この世界の人間は計算が苦手だ。足し算引き算ならまだしも、掛け算になるとお手上げだ。頭の切れる長兄レオンでさえそうなのだ。


 ゆっくりと列車が停止する。扉が開いて乗客たちが次々と降車をし始めた。巨大なタイヤがついていることもあり列車の車高は高い。このため梯子を使わないと降りられないようだ。


 大通りに降り立ち、背を伸ばして欠伸する乗客たち。ああわかる。わかるよ。俺も夜行バスで寝れない性質だったからな。乗ってすぐに鼾かいて寝れる奴が信じられない。


「しかし、こんなのあるなら馬車とかいらないよね」


「いやいや。こいつは馬鹿みたいに魔結晶を消費するんだ。大勢の人が移動する都市間じゃないと、とても割にあわないらしい」


 ああ、日本でも田舎の赤字路線がどんどん廃線に追い込まれていたしな。世知辛い。


「で? みんな何しに?」


「決まってるだろ。大会の本戦を見に来たんだよ」


「わざわざ十時間もかけて?」


「ああ、王都の決勝ラウンドの観戦チケットは倍率が高くてなかなか当たらないんだ。チケット代も馬鹿みたいな値段で取引されているんだ。その点、地方大会であれば少し金を積めば見ることができるからな」


「それでもよくもまあこんなに来るもんだ」


「ポリシアの大会は参加者が多くて地方大会では有名なんだ。過去に王都の決勝ラウンドで優勝者を排出しているしな。特に人気が高いといえる」


「へーそうなんだ」


 確かにカラードも何人も出ているもんな。


「それよりルイス」


「なに?」


「眉毛に野菜ついてるぞ」


「え?」


 洗面所に走って鏡を見たら酷かった。昨日のスープの具がなんだったかが一目でわかるくらいに。


 寝落ちした俺の装備を外してベッドに寝かせてくれたらしいが、できれば顔も拭いて欲しかったな。こびりついていてなかなか落ちなかったよ。


「さあ、行くぞ! 午前の部はルイスからだな」


 父が無暗に張り切っていた。顔も洗ってすっきりした俺は、朝食をしっかりと食って闘技場へと向かった。



    ****


 コロセウムは喧噪に包まれていた。観客席の入りも昨日の予選とは比べ物にならない。


「フィリップさまー!」


「きゃぁ! いつ見てもクールで格好いい!」


「そんな小僧なんて小指で十分よ!」


「フィリップ様の御手が穢れるわ! 靴裏で十分よ!」


「三秒でやっつけろ! 俺は瞬殺に賭けてるんだからな!」


「無能なんかに賭けるやつなんていねーだろ!」


「早く殺っちまえ!」


「おい、主催者! 闘技場の保護魔法を外せ!」


「そうだそうだ! 災厄の芽はさっさと潰すべきだ」


「フィリップ! 急所全てをアースドリルで貫け!」


「目を抉れ! 脳を砕け! 心臓を貫け!」


「何度も繰り返せば痛みで廃人に出来るぞ!」


「殺せ!」


「殺せ!」


「殺せ!」


 最終的に殺せコールが場を支配した。


 なんだよこれ……。


 俺そこまで恨まれることしたか? さすがにここまで多くの人に憎しみをぶつけられたのは初めてだ。


 恐怖は感じない。


 あまりの理不尽さに体の奥から黒いものがふつふつと湧き上がってくるのを感じる。


「困るなぁ。みんな僕の攻撃パターンを敵に教えないで欲しいよ」


 肩までかかる茶髪を掻き分ける長身の優男。どうみても十歳以下の子供には見えない。


「チャリーが泣いていたじゃないか」


「誰だよそれ」


「昨日、きみに負けた奴さ」


「ああ、あいつか」


 白髪の少年の姿を思い出した。


「卑怯な手だったけど負けは負けだからね。カラードの面汚しさ」


「そうなのか?」


 あれ、こいつもカラードだったか。茶色って原色じゃないんだけどな。


「気をつけた方がいいよ?」


「なにをだ?」


「さあね……」


 思わせぶりなセリフを吐いて口の端を吊り上げた。顔に似合わずゾッとするような笑みだった。


「両者、準備はいいか?」


 俺と茶髪の間に立つ審判が声をかけてきた。本選は一対一だ。どちらかが戦闘不能や降参もしくは場外に出ると負けになる。


「ああ問題ない」


 俺とフィリップは同時に頷く。


「それでは一回戦、第三試合をはじ――」


 主審の声は誰の耳にも届かなかった。


「なんだこのけたたましいサイレンは?」


 前の試合ではこんな音はしなかったぞ。審判もフィリップも戸惑ったような表情を浮かべていた。


『緊急事態発生! 緊急事態発生!』


 それを告げたのはコロセウムの最上段に配置されたスピーカーだ。あれも魔道具なんだろうか?


『ポリシアの北方で魔物暴走スタンビードが発生』


「「なんだと!?」」

 

 俺の目の前で審判とフィリップがハモった。


「え? なにそれ」


『ポリシア守備隊および冒険者、それ以外にも戦闘に加われる者はただちに北門へ集結! 一般市民は建物内へと退避! 繰り返します――』


 コロセウムの数少ない出入口へと一斉に押し寄せる人だかり。悲鳴や怒声が飛び交う観客席。まさに混沌としていた。


「残念だけど、きみと試合をしているような状況ではなくなった」


「そのようだな」


「僕は北門へ行かせてもらうよ。他の仲間と合流しないと。きみのような無能は止した方が身のためだと思うよ。死にたいのならお薦めするけどね」


 そう言い残して消えていった。


「さて、俺はどうしようか……」


 父もレオンも観客席だ。とてもじゃないが合流はできないだろう。あ、ボッシュは……。どうでもいいか。とりあえず北門に向かってみるか。おそらく二人とも北門を目指すはずだ。


    ****


「うお、これが魔物暴走スタンビードか……』


 視界に映るゴブリンやオークなどの魔物たち。それが地平線を完全に埋め尽くしていた。これ最低でも数十万はいるんじゃないか。


「野郎ども! 街を何としても護るぞ!」


「「「うぉぉおおお!」」」


 眼下には千人を優に超える猛者が集っていた。武闘大会開催日だったのが幸いしたな。平常時であれば一桁少なかったかもしれない。


「でも、相手は百倍はいるけど大丈夫なのか」


 俺はいたって冷静だった。やはり全体を俯瞰できるからだろう。俺はいま防壁の上に立っていた。このブーツはいい掘り出し物だったと思う。闘技場から抜けだすのも一瞬だった。


 ステージ上で少し強めにジャンプしただけだ。それだけで観客席を飛び越えた。近隣の民家の屋根に着地し、あとは屋根と屋根とを飛び渡るだけだ。一直線に門に向かうことができた。おそらく大会会場からは俺が一番乗りでここに駆けつけたことだろう。


『魔導砲発射まであと一分』


「へ? なに今のアナウンス」


「野郎どもぉおお踏ん張れよぉおおお!」


「「「おぉおおぉおおお!」」」


「あれ? あんなのあったっけ?」


 いつのまにか防壁から馬鹿でかい黒い筒が飛び出していた。


『十秒前……三…二…一。発射!』


「うわっ!?」


 轟音とともに街全体が揺れた。そして――。


「ぐわっ! 眩しっ! ってうぉぉおおおお! 落ちる! 落ちる!」


 正面から爆風に襲われた。砂煙で前も見えない。


「ようやく、砂煙が落ち着いて――。まじか!?」


 水平線の向こうが大きく抉れていた。そこには何も残されていなかった。


 魔物の三分の二が一瞬で消失した。


「よっしゃぁあ! いくぞぉお! 野郎ども俺についてこぉいいい!」


「「「「うぉおぉおおおおお!!」」」


 魔物へと駆け出す兵士や冒険者たち。集団の先頭に立ち率いるのは赤装束の人物だ。


「あれ? どこかで見た事があるような……」


 魔物の群れと衝突する直前。全身が燃えさかる怪鳥が現れ、前方の敵を焼き尽くしていった。


「おお! さすが獄炎!」


「腕はなまってないようだな」


「むしろ味方の誰にも燃え移っていないから精度が上がっているんじゃねーか?」


 やっぱり父でした。


 あの人、先頭に立ってなにやってんの。もしかして自ら大会に出たくて仕方なかったのか? 鬱憤を魔物で晴らしているのかもしれない。


 思った以上にみんな強かった。一人で百匹倒すとか不可能だろ。そう思っていたが相手が密集していることもあり案外なんとかなりそうだ。属性剣を一振りするだけで数体の魔物を倒している。なにより魔法が効果的だった。狙わなくても次々と魔物に着弾していく。


「もしかして、これって街から消えるチャンスじゃね?」


 そんな事を考えていたら、首裏がチリチリと焦げるような感覚に襲われた。

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