第9話 モフった

 俺は無意識に高く跳んでいた。


 ポリシアの街が小さく見える。中央に大蛇のように横たわるのは魔道列車だ。先頭の駆動車両には煙突のようなものが突き出ており、周囲の空気が歪んでいた。熱風か何かが出ているのだろうか?

 

 街の北側では、兵士や冒険者と魔物の群れがぶつかっていた。動きを見る限り、やはり守備側の方が圧倒的に優勢だ。


 しかし、俺には見えた。


 街の南には木々の生い茂る山々。その向こうには我が生まれ故郷のヒゲルの村があるはずだ。あ、山の中に直線状に禿げた道が……。思い当たる節があるがいまはそんなことを気にする時間はない。


 問題は西だ。街を出た先は平野だが、少し先に深い森が広がっている。その森の、街とは反対の方角から何かが迫っていた。


 人型なのがはっきりわかる。冒険者や彼らが戦っている魔物は点にしか見えないのにもかかわらずだ。そして肌の色は緑色。


「もしかして、あれって……」


 俺は胸ポケットからギルドカードを取り出す。中心部には小指のような穴が開いていた。最初これが何だかわからなかった。


 その穴を遠くに見える緑色の人型に合わせる。ギルドカードに文字が浮かび上がってきた。


「やはりトロールか……」


 倒すには最低でもギルドランクD以上、ソロならばCランク以上が必要。ギルドカードには魔物の名前の他にそのような注意書きまでもが記載されていた。


 ギルドで登録されている魔物であれば瞬時に判別できるらしい。便利なものだ。おそらく初見の魔物に出くわしたためのものだろう。誤った判断をして無駄死にするのを防ぐ目的だろう。


「これは不味いな」


 強敵ともいえる魔物が少なくとも五十体はいた。このままだと手薄な南門は簡単に陥落することだろう。


 正直この街がどうなっても俺の知ったことじゃない。恩も義理もないし。むしろ……。闘技場での観客席からの罵言雑言を思い返す。


 このまま滅びればいいんじゃない?


 一瞬、その思いすらよぎった。


「だけど……」


 俺は街の北の戦線に目を移す。そこには父がいる。おそらくレオンも戦っているはずだ。ボッシュは知らん。


 家を出るにしろ、少なくともこの二人には大恩がある。このまま放置すると遠からず街はトロルに占拠されるだろう。最悪の場合、挟撃されかねない。二人の命が危機にさらされる可能性があるのだ。さすがにそれは看過できない。


「はあ、仕方ないな」


 城門から飛び降り屋根伝いに走る。あっというまに南門が見えて来た。右足に少し力を籠めて跳躍し、防壁ごと門を飛び超えた。


 街を出るとすぐに森が迫ってきた。どうやら跳躍力だけじゃなく、走力自体も大幅に向上しているようだ。しかし、森が邪魔だな。


 おれはブーツが壊れない程度に速度を高め、力強くジャンプした。


「ちっ、やはり森をひとっ飛びするのは難しいか」


 このままでは森の中央あたりに落ちそうだ。ああ、二段跳びとか出来たらなあ……。


「使えちゃった」


 しかも二段じゃなく無制限だった。空中を地面のように何度も蹴ることができるのだ。なにこれ、空飛んでるのと変わらないじゃん。


 森の上空を駆け抜けながら、鞘から剣を引き抜く。


「うぉおおりゃぁああ!」


 先頭のトロールに向かって上空から剣を斬り下ろした。


「おお、これは凄い」


 手にほとんど抵抗を感じなかった。なのに体長五メートルほどもあるトロールを真っ二つに両断していた。これまでの剣だったら頭部に剣が少し食い込んだところで止まっていただろう。なんという斬れ味。


「フゴォォオオオオ!」


 怒り狂うトロールたちの隙間を縫いながら次々と斬りつけていく。狙うは足の腱だ。バランスを崩したトロールたちが地面に倒れたところで、首を掻っ切る。


 トロールは俺に攻撃しようとするが、奴らにとって俺は小さすぎてうまく補足できないようだ。この調子ならなんとかなりそうだな。


 しかしそうは甘くなかった。


 十五体ほど倒したところで急に立ち眩みを覚えたのだ。もしかして魔武具を使いすぎた反動だろうか? 


 あ、やべっ――。


「ぐあっ!?」


 隙をつかれてトロールの蹴りをもろに頭部に食らってしまった。大木さえもへし折る膂力で。俺はサッカーボールのように数十メートルほど吹き飛ばされた。


「いってぇええ……」


 頭を擦るとバンダナがボロボロと崩れ落ちてきた。どうやらこれのお蔭で致命傷を受けずにすんだようだ。だが――。


「くそっ!? 足が震えるぜ」


 どうやら脳震盪を起こしたようだ。武器ともいえるスピードを殺されてしまった。これはマジで不味い。少し休めばすぐに回復するだろうが、生憎トロールはそれを待ってはくれない。


「フゴォォオオオオ!」


 一番近くにいたトロールが殴りかかって来た。あー駄目だ。バンダナを失った今あれを直撃すると脳が弾ける……。


 思わず目を瞑ってしまった。


「「「フガァアアア!」」」


「あれ?」


 いつまでも衝撃は訪れなかった。複数のトロールの雄叫びが聞こえてくるだけだ。不思議に思って目を開けたら足元にトロールの首が転がっていた。そしてその代わりに目の前に――。


「わぁあああ! 夢にまでみたモフモフだー!」


 俺は白い毛皮にダイブした。


「お、お前!? なにをしている!」


「肌ざわりが想像以上にスベスベだ!」


「いますぐに離れろ。でないと足元のトロールと同じ目に遭わせるぞ」


 振り向いて睨むのは、ホワイトウルフ。


 そう、大会で俺に新たな光明を見出させてくれたその獣人ひとだった。

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