第7話 異能の片鱗

 果ての見えない道の出発点に膝立ちする少年。彼は天を仰ぎそして両手を突き上げた。


「もったいねぇええええ!」


 なんてことだ。まさかの未発動の魔武具だった。五十万ギル相当だぞ。店主の確認ミスだろうか。確認しないで買う店主もそうだが、それを売った方はさらに馬鹿なんじゃなかろうか。しかも超級の威力の武具だぞこれ。


 街に向かって撃ってたらと思うとゾッとする。


「くそがぁあああああ!」


 あまりの口惜しさに大地を思いっきり殴りつける。


 大地が揺れた――。


「は? う、うわぁあああああ――。痛っ!?」


 宙を舞う感覚。数秒後には体をしこたま強打した。なになに? 何が起きている? 俺はとにかく周囲を見回し、状況を確認する。


「ど、ど、ど、ど、ど――」


 やばい。とにかくここは深呼吸だ。俺は両手を広げる。


 はい、ゆっくりと深く吸ってー。


「すー」


 はい、ゆっくりと吐くー。


「はー」


 三回繰り返した。そして俺は再び上空を見上げ口を開く。


「どないなっとんじゃぁあああ!」


 すり鉢状の底にいた。というかこれクレーターだよな。


「あっ――」


 右手のグローブがボロボロに崩れていった。全力で殴ったのに耐えられなかったのかもしれない。


 一体どういうことだ!?


 まだ魔結晶が残っていたのか? いやでも一度限りの使い捨てなんだよな。二回も発動したし。なにこれ、意味不明。グローブも消えてなくなったのでこれ以上は試すこともできない。


「あ、もしかしたら他にもあるかも!」


 全力でクレーターの壁をよじ登り、街へとダッシュで戻る。


「おっちゃん!」


「おお、坊主。どうした?」


「魔武具って他にも置いてあるか!?」


「ああ勿論だ」


「全部売ってくれ!」


「なんだ友達からも欲しいって言われたのか?」


「ああそんなとこだ」


 だれが正直に発動したなんて言うかよ。


「奥にもしまってあるぞ。ちょっと待ってろ」


 色々と出てきました。胸当てなどの各部位別につける防具や、ローブ、甲冑、ブーツ、杖、剣など全部で二十個あった。


「やべえ、こんなに持てねーぞ」


「ワンタイムボックスも買うか? これくらいの量なら一度に入るぞ」


「なにそれ?」


「知らないのか? その名の通り、一回ぽっきりのアイテムボックスだ。たくさん買ってくれたからサービスだ。千ギルでいいぞ」


 うーん、安いのか高いのかわからんな。でも便利なことには変わりないし、いまはそれが必須なのは間違いない。


「まいどおー!」


「またたくさん仕入れておいて!」


 ほくほく顔の店主と俺は握手して別れる。さて、とりあえず宿に戻るか。アイテムボックスから出せるのは一度限りらしいからな。あ、ちなみに見た目は革製のショルダーバックだ。使い終わってもただのショルダーバックとして使えるらしい。お買い得だったかも。


 宿の部屋に戻ると誰もいなかった。父もボッシュも大会の午後の部を見にいったのだろう。


「さてと、試すにしてもなあ」


 とりあえず目立たないところに行かないと。いまからさっきの森まで行ってたら日も暮れそうだ。あの惨状を再び見たくない。野次馬が集まってても困るし。とりあえず街外れを目指してみようか。


「お、ここならいいかも」


 路地裏を進んでいったら壁にぶちあたった。街の防壁だ。大きな建物の裏と防壁の間に小さな空き地があった。管理もされておらず草がぼうぼうだ。ここなら誰もこないだろう。


「さて、どれにしようか」


 持ってきたのは片手剣とブーツの二つだ。部屋の中で防具を身に着けるのは怖かった。何が起きるかわからないじゃん。なので手持ちしやすいのにしたのだ。とりあえずまずは確認したいだけだし。


「でもやっぱ武器はこええよな」


 森での惨劇を再び思い出してしまった。あれが街中で起きたら大災害以外の何物でもない。なので無難にブーツにしよう。恐る恐る靴を履いてみる。あ、でも大人用だからぶかぶか――。


「おお、凄いなこれ」


 足のサイズに合わせてブーツが縮んでいく。便利な世の中、いや異世界だな。さて、これも発動後として売られていた代物だ。とりあえず壊れないか空き地を左右に歩いてみる。


「ふむ、履き心地はまずまずだな」


 まさにジャストフィットだ。次は軽く跳んでみる。うん、普通だな。良かった壊れることもない。じゃあ、ちょっと力を籠めて跳躍してみるか。あらよっと――。


「へー、コロセウムってほんと街の中心にあるんだな……」


 これどうしよう。


 街全体が見渡せるほど高くまで上昇しているんですけど。

 

 お、止まった。


「あわわわわ! お、落ちるぅううう!」


 手足をばたつかせるが、俺は鳥じゃないので重力の虜だ。


「ぐぁっ!? いってぇえええ!」


 臀部をしこたま強打した。涙目で蹲る俺はしばらく身動きができなかった。


「あたたた……。ふぅ、なんとか回復したかな」


 尻を擦りながら立ち上がる。あれ、よく考えると俺の体っておかしくないか?


 多分いまさっき二十メートルは跳躍したぞ。だいたい七階建てのビルの高さだ。そこから飛び降りてケツを強打したと。普通、悶絶するだけでは済まないよな。いまごろ肉塊になっていてもおかしくない。


「まあ、丈夫なのはいいことだ」


 それ以上は考えることを止めた。気にし過ぎは体に毒だからな。


「しかし、あれでも力を入れすぎなのか」


 今度はほんの少しだけ力を籠めて跳んでみた。


「おお高い。これくらいがちょうどいいかも」


 それでも二メートル近くは跳んでるな。今度は二回使ってもブーツは壊れることはなかった。そのあと数回試したが同じだった。


「うーん。これはどういうことなんだろう」


 あとでレオンにもやらせてみようか。いや、やっぱり止めておこう。なんか色々と面倒臭いことになりそうな気がする。


「よし、とりあえず帰ろうかな」


 え? 剣を試さないのか? ムリムリ。こんなの怖くて使えないわ。絶対惨劇が待ってるよ。


 俺は雑貨屋に立ち寄ってから宿へと戻る。まだ大会は終わってないようで誰も戻っていなかった。ちょうどいい。



「あ、レオン。お帰りなさい」


「なんだ宿に戻ってたのか。戻ってこないから心配したぞ」


「あー。ちょっと色々買い物してたんで」


「おお、装備を新調したのか」


「うん、安いのだけどね」


「ぎゃはははは! おまえ無能アピールでもしたいのかよ! ぐがっ――」


 ボッシュが父の鉄拳を脳天に食らっていた。こいつも学ばないな。


「父さんは格好いいと思うぞ」


「俺もルイスに合っていると思う」


「ありがとう」


 俺が選択したのは、胸当て、脛当て、手甲、グローブそしてバンダナだ。とりあえず剣はまだ早い気がした。


 そして色は全て漆黒。


 雑貨屋で塗料を買ったのだ。色は迷ったけど回路が黒いから同色にするのが一番バレないと考えた。繰り返し上塗りすることで表面に刻まれた回路は完全に見えなくなった。


「明日の本選が楽しみだな! 二人とも全力を尽くせよ」


「ああ、昨年のカリを返してやる」


 レオンは強く頷いていたが、俺は正直頷けなかった。全力出すとどうなるか検討もつかないし。むしろ制御できるかが凄く不安だ。とりあえず飯を食って今日は早く寝よう。



「ルイス、お前そんなに食って大丈夫なのか?」


「今日のボッシュのようになるからほどほどにしておけ。試合前に腹痛になっても知らんぞ」


「なんかすっごくお腹すいているんだよね」


 目の前には十人前以上の皿が積み重なっていた。食っても食っても腹が満たされない。もしかして魔武具を使った副作用なんだろうか?


 腹が満たされたら急激に睡魔に襲われた。最後にガシャンという音を聞いた気がする。


「おい、ルイス! スープに顔を突っ込んで何やってるんだ!」


「やばい! 意識がないぞ。毒でも盛られたのか!?」


「いや、父さん……。ルイスその格好で寝ているよ」


 俺は翌朝になるまで起きなかったらしい。起きたら顔がカピカピだった。

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