改稿第一話 鬼退治に行こう!
『鬼退治に行かない?』
そう誘われたのは、午後の現代文の時間であった。
授業に退屈していた萌崎カルトは、ふと脇腹をくすぐられているのに気がついた。見ると隣の席に座る銀髪の少女が、素知らぬ顔でこちらに手を伸ばしていた。細く白い指先が、カルトの脇腹をすいすいと撫でている。
どうやら彼女も退屈して、ちょっかいをかけてきたようだった。君谷ほたるは鹿金高校でも屈指の成績優秀者であるが、自由な性格をしているのだ。
(どうしました、ほたるさん?)
カルトが目で問いかけると、君谷ほたるは待ってましたとばかりにニッコリ笑みを返した。そして長い銀髪をかき上げると、ノートの隅にサラサラとペンを泳がせたのだった。
『ねえ、カルト君』
『鬼退治に行かない?』
それは一見して風変わりなお誘いであった。
カルトもつき合って、ノートの隅で返事する。
『桃太郎みたいなことをおっしゃいますね、ほたるさん』
ほたるさんと書かれた少女はクスリと笑うと、書き加えた。
『申し訳ないけれど、キビダンゴは用意してないわね』
『おや、それはとんだブラック求人です』
『キビダンゴで雇用するのもどうかと思うけど……それじゃあ、これでどうかしら』
彼女は悪戯っぽく笑うと、先程の鬼退治にルビを振った。
『行きます!!!!』
凄い筆圧であった。
『……ちょろ過ぎるわ、カルト君』
あまりの喰いつきに、書いたほたるの方が頭を抱えていた。
『相変わらずね……もう少し、プライド持ってくれて良いのよ』
『何をおっしゃいますか。これ以上の報酬はこの世にありませんよ』
『沢山あると思うけどなぁ……』
ほたるは肩を落とすと、小さくため息をついた。
萌崎カルトと君谷ほたる。
二人の関係は『幼馴染』とただ一言で済ませるには、あまりに複雑怪奇であった。親友、相棒、命の恩人、気になる異性。どの言葉でもしっくり来ない。だが確かに言えることは、カルトがほたるを過剰に崇拝していることであった。
『冗談はさておき。俺は報酬なんてなくても、ほたるさんのお誘いなら二つ返事ですよ』
『それはありがたいけど……』
『なにを隠そう、俺はほたるさんの太鼓持ちですからね』
「……」
ほたるが若干渋い顔で沈黙する。
これこそが、君谷ほたるの悩みの種であった。
彼女の求めている関係と、ちょーっと違うのである。
そのニュアンスに気づかず、カルトは筆談を継続する。
『鬼退治とのことですが、その様子だと神研に相談が来たんですか』
ほたるは気を取り直すと、返事を書いた。
『ご明察。まだ相談元の生徒には会ってないんだけど、メールの内容だと鬼が関わる困りごとみたいなの』
『ふむ。ザ・鬼ですか』
『そう、まさに鬼。で、珍しい話だから、カルト君も誘おうと思って』
神研。正式名称は現代神話研究部。
誤解を看過して言うなら、ある意味でオカルト研究部である。
部員は君谷ほたるただ一名。
不可解な事件を聞きつけては首を突っ込み、事態を解決したりしなかったりする謎の部活だ。校内での評判は様々だが、一部では好評であるため時折こうして相談事が舞い込んだりするのだ。
『しかしこの二十一世紀で「鬼」とは信じがたい相談ですね。残念ながら、なにかの勘違いの可能性が極めて高いと見ます』
『あら、そう。信じてないの?』
『はい、信じませんね。俺が収集したデータや供述を総合すれば、もはや検討する余地もなく明らかです。鬼なんかいません』
そしてカルトは、確信した様子でこう書き足した。
『彼らは四十年前に絶滅しています』
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