改稿第二話 現代神話研究部

 森倉文香は悩んでいた。

 幾人かに相談したところ、なぜか意見が真っ二つに分かれたからだ。


「神研ならきっと力を貸してくれるわよ」

『あの部に関わらない方がいい。君がまだ正気でいたいのなら』


「部長のほたるさん、すごい良い人っすよ」

『なんか夜の仕事とかしてるって噂だよ』


「見た目も結構美人。銀髪が綺麗だし」

『顔がキモい。生理的に受け付けない』


「頭もすごい良くて」

『気が狂ってる』


 あまりにも意見が正反対で不気味だった。そんな怪しい人に頼ってしまって良いものなのか。だが森倉文香にはもう選択の余地がなかった。期限が迫っているのだ。

 彼女はクラスメイトのつてでメールアドレスを入手すると、ついに本日その『君谷ほたる』との面会の約束を取りつけた。


 そして放課後の食堂にて。

「お待たせして申し訳ありません。貴女が森倉さんね」

 淑やかな挨拶とともに現れたのは、奇妙な女生徒であった。

 雪のように白く長い銀髪。

 同級生とは思えない大人びた声と物腰。

 だが特筆すべきは、その人形のように整った容貌であった。

 なるほど、と森倉は密かに納得した。

 少なくとも彼女の容姿評に関しては、謎が解けた。


 人形のように美しく。

 人形のように不気味。


 その二つが両立し得ることを、森倉文香は初めて知った。おそらく美人の範疇にも入るのだろうが、生理的にキモいと評した意見にも大いに同感であった。

 完璧な造形の蝋人形が、突然笑みを浮かべたような。

 君谷ほたるはそんな不気味さを漂わせてた。

「どうもこちらこそ。お呼び出しに答えていただき感謝します」

 背筋から湧き上がる忌避感を押し込め、森倉は挨拶を返した。だが目を合わせていると、平衡感覚を失うような不安を覚える。

 思わず目を伏せた隙に、いつに間にか手を握られていた。

「よろしくお願いしますね。現代神話研究部の君谷ほたるです」

 彼女の声は優しく穏やかであったが、その右手はゾッとするほど冷たかった。相手の気を悪くしない程度に急いで手を離すと、森倉は寒さを払うように手を握りしめた。

 するとその横合いから、もう一人声がかかった。

「どうも初めまして。萌崎カルトです」

 こちらは少し低い男性の声であった。その声で連れ合いがいたことに気づいた森倉は、その男子生徒を見て再びギョッとした。

 こちらは君谷ほたるより、ずっとストレートであった。


 傷。


 醜い傷が左の額から右の顎に向けて走り抜けている。傷跡は分厚く肥厚し、右前頭の傷の部分は髪が禿げてしまっていた。

 まるでB級ホラー映画の殺人鬼のような顔だった。

「よろしければ、俺もお手伝いさせてもらえないかと思いまして」

 萌崎カルトと名乗った男子は、そう言って笑みを浮かべた。

 ……浮かべているのだが、傷のせいで舌なめずりするシリアルキラー程度の親しみしか感じられない。

「ど、どうもぉ……」

 森倉は消え入りそうな声で精一杯返事をする。今度は手を握られなくて幸いだった。握られたらきっと悲鳴を挙げていただろう。

 だが森倉のぎこちない対応を気にもせず、その二人組は笑みを浮かべたまま食堂の席に着こうとする。四人テーブルで、ちょうど森倉と向かい合う席だ。

 森倉も慌てて席につきなおそうとして、

「あ……」

 ふと、それが目に留まった。

 萌崎が、君谷ほたるの分までさりげなく椅子を引いてやっていた。

 猟奇殺人鬼みたいな顔でそんな紳士的な真似をしているのを見て、森倉は少し可笑しく感じた。

 そして思い出す。

 そう言えば噂を集めている最中に、聞いたのではなかったか。

 君谷ほたるの側にいるという、変わった男子生徒の話を。

 確か自称するところの、

「太鼓持ち……?」

 森倉が思わずこぼした言葉を聞きつけ、二人組は同時に反応した。

「ええ、実はそうなんです」

「いいえ、全然違うわよ」

 萌崎カルトの方は誇らしげに。

 君谷ほたるの方はぶーと不満そうな顔で。

 どうやら部外者には推し測れない、複雑な事情があるようだった。

 だが二人のその様子に初めて人間味を感じた森倉は、やっと落ち着いて話し始めた。

「突然のメールすみません。お会いしていただけてありがとうございます。どうかよろしくお願いします。誰に相談をして良いか分からない、変な出来事がありまして、それでクラスメイトに相談したら君谷さんのことを伺って……」

 どうしてもオタオタと回りくどくなってしまう前置き。

 だがその取り留めもない前口上を嫌な顔一つせずに聞き、続いてその銀髪の少女は優しい笑みを浮かべてこう言った。


「任せて頂戴」


 それはまるで森倉を勇気付けるかのように。

 森倉の相談内容を聞く前に、彼女は断言していた。

「必ず貴女を助けるわ」

 彼女の言葉には、不思議と聞く者を信じさせるだけ力があった。


「大丈夫よ。こう見えても私、経験豊富なの」

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