第12話 傭兵
「アルとイル?」
名を再確認するべくラックが言うと双子が同時に頷いた。
双子は少女だった。訛りが強く聞き取りにくい発音もあった。東方から逃れてきたのだといっていた。アルが眼鏡をかけたすらりとした長身の乙女だった。つややかな黒髪を肩まで伸ばした様は、スライダーでハンマーを振るう姿と相反していた。イルはニット帽を被った黒髪の乙女だった。一様に整った顔立ち。くりくりと大きい瞳をしており、判別が出来ない。喋り方まで似ているのだ、装飾品を取り去ったら区別できないであろう。
眼鏡のアルが口を開いた。驚異的な早食いだった。ものの数分とかからずトレー上の食べ物は消えうせていた。
「旅の王よ。あの怪物に挑みかかろうというのか。命は粗末にするものではないぞ」
哀れみの視線を送られてラックは居心地悪そうに手を振った。
「命を粗末にするのが王ではないか」
「粗末だから王ではないか」
酷い言われようだった。本題を外れて口喧嘩に突入しかけた二人を義腕で制する。
「ストップ。仲のよさを見せ付けにきたわけじゃないだろ。時間が無いんだ。起承転結、結論から先に順番に述べてもらう」
「ふむ。
眼鏡が言った。続けてニット帽が言った。声口調まで一緒なので目をそらせばどちらがどちらの発言かもわからない。
「我々としてもスタジアムに危害が加わらないのであればどんな手段をとってもらってもかまわない」
「とれる手段があれば」
「取れる手段があっても」
「どういう意図なのだ。こやつはくたばってもいいではないか」
「意図は無いがこやつがくたばらない程度にがんばればいいと思って」
ラックはめんどくさくなったのか手で団扇をはたきながらそっぽを向いていた。勝手にしろといわんばかりの背中に、リリィが机の上で両手をもじもじさせつつ口を開いた。
「な、な、なにか情報しっづで……知ってるなら話すべきじゃないのっていってるの!」
「どもったな」
「うるさわぁい!」
人見知り激しいリリィには大役だったらしい。逆上しつつ質問を投擲するリリィへラックが茶化し言葉を投げつけていた。
眼鏡の乙女アルが、チャーミングな口元を緩めた。
「我々は手助けするなと言われているので悪く思わないで欲しい。弱点になりうる場所を知っている“傭兵”がいる。どうだろう」
「そいつはいいね。で、情報料にいくらせびるんだい」
ラックが面を上げた。現代は人類の黄昏の時代だ。物事を無料で教えてくれる輩などいない。
双子が一斉に指で対価を示す。意見は合わない癖に情報料だけは合致していた。
払う価値があるかを脳内のそろばんで計算していく。情報料を払っても、件の傭兵が知っている情報が有力とは限らない。逡巡は数秒間だけだった。ラックが親指を立てると、手を突き出し握手を求める。
「交渉成立。あとで格納庫に案内する」
「私が握手する」
「私が」
「私のほうが先にこの世界に生まれたのだから譲るべき」
「ナイフで決着をつけるべき」
「ストップ。腕なら二本ある。三つ子でもない限りたりんだろ」
どうやら争わねばならない星の下に生まれた双子らしかった。
ラックはめんどくさいもとい状況を的確に判断し、両手を差し出すことで決着をつけようとした。腕に“触覚”が伝わってくる。体温は生憎機能として内蔵されていないのでわからなかったが、手が女性的な柔らかなものであることはわかった。
「時にこの後お茶でも」
「私も」
アルが言うとイルも言う。ほぼ同時に口を開いたので言葉が混じっていた。
ラックはひらりと手を振った。
「付き合いきれんなぁ……心に決めた女性がいるんでな、怒られちまう」
双子の視線が一瞬ニュークに偏ったが、はかりかねているようだった。ニュークは男性にも女性にも見える中性的な容姿をしている。
ニュークは話を聞いているのかいないのか料理をすっかり平らげ、ラックの分に熱視線を送っていた。二名の視線に気が付くと面を上げて、にこやかに頬を緩めて小首をかしげた。
「世知辛い世の中だ」
「イル。行こう。ヤケ酒をしよう。これが傭兵の居場所を記したメモだ」
双子がそそくさと退場していく。腰を上げかけたアルが紙切れを投げてよこした。
ラックの横っ腹をリリィが肘で突いた。
「だれなん」
「ねぇよ。あぁいう手合いは塩撒いて退散願うのがセオリーだ」
「いや心に決めた女性」
「いない。七色の舌から生まれたでっち上げに決まってるだろ。それともなにか、本当にいるとでも」
ラックはけらけらと人の悪そうな笑い声を上げると、己より頭一つ分は低い少女のぼさぼさな髪の毛を見遣った。
「あの二人からするとお前さんは女性じゃないらしい。付き人かナニカに見えたってことかね」
「ぐっ………! う、うるさい!」
へそを曲げてそっぽを向く。
「誰が好んで付き人だのメカニックだの……」
ぶつぶつと言葉を漏らしながらリリィが去ろうとする。トレーを抱えて足早に去っていった。
「リリィ。双子が来たときのことも考えてシャマシュの格納庫で待機しておいてくれ。取引は連中の言うまま出せ。けちると面倒だからくれてやれ。どうせあのドレス女がここいらの商人に話をつけて交換させないようにしてるだろうからな」
ラックは大仰に手を振りつつ去っていく背中を見つつ、傍らの相棒の肩を叩いた。
「行こう。どうせ傭兵なんざろくでもない奴だろうからついてきてくれ」
「わかりました。腕が鳴りますね!」
「注意しといてくれ。いきなりぶん殴ったりしたら情報がパーだぞ」
「はい……」
ニュークは肩を落とした。
傭兵がいるのは、ビルとビルの間に複雑怪奇な“巣”が張り巡らされている風景を一望できる鉄塔の上だった。
スタジアムの住民はビルとビル、廃屋と廃屋の間をワイヤによって結んでロープウェーを運用していた。ワイヤ巻取り装置を内蔵した特殊な移動装置や、通称“ハンガー”と呼ばれる滑車付き移動装置を装備したものもいた。これら装置を活用することでスタジアムは鉄壁の防御を誇るのだ。
鉄塔の上に登る為には階段を永延と登らねばならかった。幸いなことに機械の肢体を持つラックと機械のニュークの組み合わせである。息が切れることなどなかった。正確に言えば胴体の筋肉も使うので全力疾走すれば息が切れることもあるのだが、階段を登る程度では平常のままだった。
鉄塔の最上階は展望台になっていた。全周見回せるそこはしかし酷い損傷を受けていた。砲撃の痕跡が残る窓枠だったものには布の切れ端と煤がこびりついていた。ガラスは無く、手すりさえも無い。電気設備が走っていた痕跡も、既にプラスチックと鉄が乱交しているような有様だった。
その展望台の中ほどに胡坐を掻いている小柄がいた。灰色の防寒着にガスマスク。ヘルメットには暗視装置がついており、口元の呼吸装置は背面のボンベへと接続されていた。人がやってきた気配に感づいたのか、人物が呼吸装置を外した。
「巨人を倒そうって言う酔狂な人がいると聞いたけれど」
「なんで知ってる?」
「アルとイルって双子の子がやってきてしつこく聞いてきたから教えてやった。弱点を知ってるということをね」
人物の声は酷く歪んでいた。人の声を容器に押し込めシェイクした後に金管楽器にねじ込んだというべきか。喉を人工声帯にでも置き換えたのか、電気式人工喉頭でも使っているのか。
人物が腰を上げた。リリィと大差ない身長だったが、佇まいは素人のそれではなく、幾たびも死線を乗り越えてきた歴戦の勇士であることを感じさせた。腰にぶら下げたマチェットの柄に指がかかっているのが見えた。
「ラック。ラック=アルバーク。でこっちのがニューク」
「はじめまして」
ニュークが一礼する。傭兵は相変わらずマチェットの柄を弄っていた。まるでニュークなどいないかのようにラックの顔を見つめていた。傷だらけのガスマスクの奥に潜む表情は闇にかすんで伺えなかった。
かしゅー、かしゅー、とガスマスク越しの呼吸が響いている。酸素供給装置を使っている様子は無かった。フィルターを通して呼吸しているのだろう。
「奴の弱点を教えてやってもいい。やつのことはどこまで知っている?」
「推定300m、重量はわからん。動力もわからん。戦車砲でも抜けない装甲を持つ。くらいだ。アホみたいに巨大な砲でもあればいいんだが」
傭兵が肩をすかした。
「ない。頭を使わねばならない。やつは強大だから」
「名前を聞いてなかったな傭兵さんよ」
「………名前などどうでもいいでしょう? しいて言うなら……アスタルト」
言うなり傭兵はラックに手招きをした。
しかし酔狂な奴だなとラックは傭兵が巨人の弱点と攻め方について写真つきの資料を見せてくれる前で思った。代金を受け取りもせずに、見ず知らずの流れ者に情報を漏らすなどと。
後にこの甘い判断が自分を窮地に陥れるなどとは想像すらできなかったのだ。
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