好きな人のために頑張るのって、なんか、いいよね

「うっわー! そうちゃん見てみて! すっごいきれーだよ!!」


 ガラスケースに飾られているのは色とりどりの宝石をあしらった、腕時計、ネックレス、指輪。装飾品の数々が陳列されている。

 そして店内のケースにまとわりつく不審者が二人。

 ショーウィンドウに子供のように張り付き、目を輝かせているのがカズサ。

 黙って値札と指輪を睨みつけているのがイミナだ。


「カズサ、値札」

「………………ぉぅふ」


 曲りなりにも女性であり、少なからず見てくれのいいカズサは、とりあえず放っておいても害は少ないだろう。問題があるのは今にも宝石を盗み出しそうな目つきでケースの前から微動だにしないイミナのほうだろう。


「どうしたんだ?」

「……なにが?」

「親の仇でも見るような目つきだったからさ」

「親の顔は知らない」

「そりゃそうだ」


 不謹慎な話ではあるが、ソウジとイミナの間でこんな話は今さらだ。親の顔なんてソウジだって知らないし、気にも留めていない。イミナだってそうだろうし、カズサだって知らないだろう。


「……親の顔も知らない俺なんかがさ」

「おう」

「貴族の娘を幸せにできるのかな」


 何を今さら、と口にする前に、イミナが見ていた指輪の値札が目に入ってきた。

 安い金額ではない。

 むしろソウジたちの給料を考えれば、その指輪は十分以上に高価なものだと思う。

 でもそれが、レイナ――カータレットのご令嬢が喜んでくれるものかを、イミナは悩んでいるのだ。


「金はあった方がいいし、あって困るもんじゃないよな」

「うん」

「でもあの人は、お前がくれたもんなら、羽毛の一枚だって大事にするんじゃねえの?」

「…………」


 イミナの視線は、ジッとガラスケースを見つめたまま、泳がない。


「そうかもしれない」

「だろ?」

「でも、そういう問題じゃないと思う」

「じゃあどういう問題なんだよ」

「わかんないけど」

「わかんないのかよ」

「……わかんないけど、なんかもやもやする」


 茶化しながらも、イミナのいうことが理解できないわけではなかった。ソウジも口ではそう言っているが、本当に心からレイナが喜んでくれる自信はあまりない。レイナの溺愛ぶりを知っていてなおそう思ってしまうほどに、レイナとイミナたちの身分の差は大きい。


 片や、元スラム街の住人で、工場の労働力。

 片や、浮島でも指折りの貴族様。


 たとえどんなに深い愛情があったとしても、そう易々と飛び越えられるほど意識の壁は低くない。


「やめちまえば?」


 自分の口からでたそんな言葉に、ソウジ自身が驚いた。


「『やめる』って、レイナを?」


 ショーケースから目を外し、イミナがソウジを見上げる。

 身長差があるせいでソウジが見下ろす形にこそなっているが、プレッシャーを感じているのはソウジの方だった。


「そう」


 そんなに辛いなら、やめてしまえばいい。

 貴族のお嬢様なんかと、無理してまで付き合って、駆け落ちして、そんなことして何になる? 一体誰の幸せが手に入るというのだ。

 そう、疑問に思ってしまうくらいなら、やめてしまえ。

 それは、嘘偽りのないソウジの気持ちだった。


「…………」

「…………」


 純粋な敵意。

 それはもう殺意といっていいくらいに力強く、イミナはソウジを睨みつけてくる。

 分相応な付き合いだと、待っているのが茨の道だとわかっているのに、それでも彼女を譲ろうとは思わない。思えない。

 その気持ちの強さを、ソウジは羨ましいと思う。


「……怒るくらいなら、もう少し自信持てよ」

「……怒ってない」

「いやいや、今のお前なら視線で人を殺せそうだよ」


 そう言って笑い、肩を竦めて見せると、そんなことないと不満そうに口にしながらイミナは店員の方へと向かっていった。


「いっくん、決めたの?」


 どこで何を見ていたのやら、カズサがひょっこりと姿を現した。


「みたいだな」

「どれどれ……ひゃー、結構なお点前で」

「それ、使いかた間違ってるからな?」


 店員を捕まえたイミナをぼんやり眺めながら、ソウジはカズサに答える。


「でも、なんか、いいね」

「そうだな。イミナ、あれでセンスは悪くないし――」

「そうじゃなくて」


 そう言ってカズサが、イミナを眺めていたソウジの視界に背伸びで割り込んできた。身長差があるため、至近距離でカズサがソウジの視界に入ろうとすると、背伸びをすることになるのだ。


「好きな人のために頑張るのって、なんか、いいよね」


 まるで自分のことのように嬉しそうに微笑むカズサに、ソウジは少しだけ固まって、頷いた。

 好きな人のために頑張れる。

 叶うなら自分もまたそうありたいとソウジは思う。

 そうだな、と苦笑いを浮かべながら、ソウジは背伸びをするカズサの頭を乱暴に押さえつけて、ごしごしと撫で付けてやるのだった。

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