すごいよね、レイナさん 2
カズサのその言葉に、ちくりとした引っ掛かりを覚える。
今日負けたとしても、レイナはすごい。
確かに、すごい。
今日例え勝てて、来週の決勝で負けてしまっても、レイナはきっとすごく頑張ったのだろうし、とてもすごい。
でも、それでは叶わない。
レイナとイミナの目的には、それでは届くことができない。
それでは胸を張って二人一緒に生きることができない。
カズサに悪気なんて欠片もないだろう。
「うん。そうだね」
だからこの心なしか淡泊になってしまった声色は、カズサのせいなんかじゃなくて、何もすることができない、自分への情けなさのせいだと思うのだ。
「…………」
「ま、あれだ」
黙ってしまったカズサの視線の先で、ソウジが躊躇いもなく口を開く。
多分二人とも、イミナの声色が変わったことに気が付いたのだろう。カズサは視線でソウジに謝っているのがわかるし、ソウジがそれを快諾している。
「お姫さんは負けねえよ」
「何その自信」
もとよりイミナはカズサに怒っているわけではないのだが、その先を聞いてみたくて尋ねる。
「だってさ、お前が応援してるんだぜ?」
どうだと言わんばかりの表情でソウジはそう言った。
それをソウジが口にするということは、バカップルだとおちょくられているようなものだと思うが、それはそれで悪い気はしなかった。
「おーい、餓鬼ども! 仕事してんのか!?」
さまざまな太さの配管が行き交う下部工場に、カツッ、カツッ、とブーツの音が響く。この場所でそんなものを履いている人は一人しかいない。
「メーアさん」
「お疲れ様です」
高さのあるブーツを履いているとはいえ彼女の身長は、成人男性の平均身長よりも小さいイミナはもちろんのこと、そのイミナよりも一〇センチ以上大きいソウジよりもさらに大きい。
女性の名前はメーア。この下部工場を取り締まる工場長であり、イミナたちの雇い主だ。
「せっかくあたしが、――この! あたしが! せっせと働くかわいいお前たちに差し入れを持ってきてやったのに、こいつはもういらねえな」
語調は荒く、きつい口調ではあるが、彼女の場合これが平常運転なのであって、別段怒っているわけではない。しいて言えば両手に持った四本の缶コーヒーが所在なさげではあるが、幸い缶コーヒーの賞味期限は長い。無理に飲む必要もないだろう。
「いらないっすね」
「今飲んでるし」
「ごめんなさい、今はいいです」
「がはは、だよなー!」
メーアは豪快に笑いながら缶のタブを引くと、そのまま一気に一本目の缶を空にした。続いて二本目のタブを引き一口飲んだところで、ようやく止まる。無理に飲む必要はないと思っていたが、メーアの中ではそうでないのかもしれない。
ちなみにメーアが三人の休憩を咎めないのは、すでに定時を大きく過ぎた時間帯であることもあるが、そもそもメーアが管轄する組織はそこまで規則に厳しくない、というのが実態だ。もちろん必要以上の休息をとっていると見なされれば、指導が入ることも少なくはないが。
「イミナ」
「なに、メーアさん」
「行っていいぞ、来週」
「えっ⁉」
声を上げたのは、イミナではなくカズサだった。
「おおおおおおおお! メーアさんどうしたんすか⁉ 優しいじゃないですか!」
「あたしはいつも優しいだろうが」
来週、というのはもちろんフライデーの決勝のことだ。
いくら事前に伝えてあると言っても、決勝の相手となるのはおそらく、二連覇中のチャンピオン、ルイーザ=レンフィールドが率いる、チームビーフステーキだ。自分でこんなことを思うのも自意識過剰だと思わなくはないが、イミナが見ていない状態のレイナでは相手にならないとイミナは思う。もちろんビーフステーキが準決勝で敗退する可能性もあるだろうが、それは決勝の相手がビーフステーキを下すことができるだけの敵になるというだけで、朗報というわけにはいかないだろう。
だからこそ、メーアに無理を言って一年に一度の大繁忙期に休みを貰えないかと相談していたのだが、まさか休みを貰えるとは思っていなかった。
「……………………」
「やったね、いっくん! 私たちの分まで応援してきてね!」
「よかったな! イミナ‼ 大丈夫だ! 今日だって絶対勝って来るさ」
「……………………」
カータレットの家から堂々と胸を張って出ていくこと。それがレイナの目標であり、フライデーに出場する目的だ。もちろんイミナはそれを好ましいと思っているが、それと同時に何もできない自分への無力感も拭えずにいた。ましてや一番大事な決勝の舞台を見守ることすらできない自分を酷く情けないと思っていた。
「イミナ?」
「おーい、いっくーん」
「ダメだ、こいつ目開いたまま固まってる」
でもこれで、少なくともレイナが一番嬉しい時――そして一番悔しい思いをした時、彼女の隣に居てあげることができる。
イミナ自身が彼女にしてあげられることが増えたわけではないけれども、ただレイナの頑張りを最後まで見届けられることが、何よりも嬉しかった。
「…………ん」
「あん?」
「メーアさん」
ようやく口を動かしたかと思うと、イミナは唇を震わせながらようやくまともな音を喉から出した。
「ありがとうございます」
「おう」
メーアはそれだけしか言わずにコーヒーに口をつける。
今この時ほど、この人と一緒に働いていてよかったと思ったことはない。
イミナは素直にそう思った。
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