クリスマスプレゼント

歌音柚希

クリスマスプレゼント

「ねぇ、人ってどうして愛しあうんだと思う?」

突然、君はそんな問いを投げかけてきた。

「うーん……」

真剣に悩んだ。ちゃんと答えないと君が怒るから。っていうのは建前で。本音を言うと、自分自身そう思っていたからだ。悩んだ末、やっと答えのようなものに辿り着いた。手元のココアを見ながら答える。

「多分、誰かを愛することで、自分という存在を確かめてるんだよ。だって人は―」

「人は誰かに求められないと生きていられない。誰からも求められなくなったら人は死んだも同然、だからだね?」

人は誰かに愛されていないと生きていられない。

「言葉泥棒め」

君は楽しげに、鈴のような声を鳴らした。その声からクリスマスを連想する。そういえば、今日はクリスマスだっけ。

「えへへ。でもね、結構この言葉お気に入りだよ」

「そっか。それは良かった」

こんな言葉でいいのか? あくまで個人の意見。他人に共感してもらいたいわけじゃなかった。共感してもらえるだなんて信じていなかった。一年前までは。


―そう、君に出会う前までは。


「けどね、分からないんだ」

あえて、何が? とは聞かなかった。暗黙の了解だからだ。『それ』について口に出さないという、一年前のあの日に交わした約束。

それっきり、君は黙りこんでしまった。

基本的にこっちから話しかけることはない。話のネタがないというか、そもそも話すのが苦手なのだ。だから、君と話すときも目も合わせられない。つまるところ、人が怖いのだ。臆病なだけだ。けれど『生きて』いたいと願っている。誰かに求められたいと。その誰かは君だった。

まぁ、君と目が合わせられないのは君が大切だからかもしれないけど。

そっと君を見る。横顔も整っている。君の視線は、外を舞う結晶に奪われていた。自分だけ見ていてほしい、なんて無理な願い。叶えてくれない。今日が聖夜でも、プレゼントが世に溢れる日でも、貰えないものはある。ましてや君はサンタクロースじゃない。分かっている。

「どうしたの、見惚れてる?」

「そっ、そそそそういうわけじゃないから」

茶目っ気たっぷりな笑顔が眩しくて、慌てて目を逸らす。つくづく君はもったいない人だと思ってしまう。もっと笑っていれば、きっとトモダチがたくさんできるのに。こんな人間とは違うんだから。いや、出来損ないは一緒か。意外と似た者同士なのかもしれない。

「ふふ、何考えてたの」

「今日ってクリスマスだなーって」

「ん、本当だ。イブだと思ってたよ」

まさか。君の瞳は輝いている。

「プレゼント、欲しい?」

さて、ここはどう考えようか。三秒で結論を出した。

「どちらかというと、いらないな」

「何で?」

「一緒に過ごしてるだけで、それがプレゼントだから。こうやって話せてるだけで十分だよ」

何を言ってるんだろう……。自分でも呆れ返る。

君は不思議そうな表情で言った。

「そんなものなの? 二人で過ごすことって、そんなに嬉しいの?」

「うん。君と過ごす時間は、本当に大事なものだよ」

「そっかぁ」

へーって言いながら一人で頷いている君。こんなにも愛おしい。こんなにも大切なのに、どうしても目を逸らしてしまう。君の瞳は黒? 茶色? それとも濃い茶色? 一年間片時も離れず隣にいたのに、そんなことすら知らないなんて。

自分が嫌いだ。

「じゃあさ、ずっと一緒にいてくれる?」

「当然でしょ」

「良かった。助かるなぁ」

助かる。君にとってはそういうものでしかない。ちゃんと理解してる。

「ところで、何か欲しいものない?」

欲しいものならある。たった一つ、一年間願い続けてきたもの。

たった一つの言葉が欲しい。

たとえそれが、見せかけであっても。

「あのさ」

「ん?」

君はニコニコと笑っている。その笑顔を崩すのは忍びないけど……。

「『愛してる』って言ってほしい」

笑顔が凍りつく。なんとも言い難い表情。当たり前だろう。だって、思ってもいないことを言ってもらって嬉しがる人なんていない。でも、言ってほしい。

「……いいの?」

ゆっくり、頷いた。これを聞いたら、君から離れることはできなくなるだろう。


「………………愛してる」


あぁ、なんて素晴らしい響き。人類の言葉で最も美しい言葉。それを、君のその声が言ってくれた。こんなにも嬉しいのか。どうしよう、泣きそうだ。

「ありがとう」

「本当に、これで良かったの。『僕』にはそんな感情無いのに。もう逃げられなくなっちゃうよ。幸せになれないよ」

「逃げる気も逃がす気もないし、今のままで幸せだから。ずっとそばにいる。君の隣は誰にも譲らない」

君は微笑んだ。おかしくなって、二人で笑った。

これで良い。これが良い。


二人の共通項は、直すことができない欠陥品だってこと。そして、性別が同じだということ。お互いにお互いが必要であるということ。


ただ、それだけだ。


クリスマスが暮れていく。




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クリスマスプレゼント 歌音柚希 @utaneyuki

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