人形と陽だまり
世界のどこにでもあるような一軒家の押し入れの中。暗くていろいろなものが密集しているその空間に一つのおもちゃ箱があった。段ボールに黄色の画用紙を巻いて、赤いペンで「おもちゃばこ」と書かれており、さらにその文字の周りにはたくさんの動物や花などの絵が描かれているのだが、今は暗い場所にあるためそれを確認することはできない。
そのおもちゃ箱の中に今回のお話の主人公――ツクシはいる。
ツクシは木製の人形である。細長い胴体をしていて、頭や手、足などはすべて球体でできていた。なぜ名前がツクシなのかというと、それはそのひょろっとした体と木目の色合いが植物の「つくし」に見えるからであった。
ツクシはもう長いこと暗闇の中にいた。それは仕方のないことだった。毎日のように自分と一緒に遊んでくれた少年――レンは立派な青年になってしまったから。
ツクシがレンと出会ったのは五歳のときだった。レンの家族が一家で旅行に行った際、土産物屋の目立たない場所に置かれていたツクシを幼いレンが発見したのである。
ツクシはそのときのレンの顔を未だに覚えている。輝くようなつぶらな瞳に、嬉しそうにパッと開けた口。まるでそれまでずっと探していた宝物を見つけたかのようだった。そしてそれはツクシも同じだった。
――今までずっと選ばれなかった自分を選んでくれた。
それだけで一生この人について行きたいと思った。
ツクシとレンは本当によく一緒に遊んだ。一番よくやった遊びは冒険ごっこだった。レンが小さな手でツクシを動かして、一緒に悪者を退治したり、宝探しをしたりするのである。
ツクシとレンは最高のコンビだった。辛いときも悲しいときもいつも傍にはお互いがいた。二人ならどこにでも行ける気がしたし、いつまでだって一緒にいられる気がした。
レンの成長を横目に見ながら、ツクシの心は幸せで満たされていた。
――だけど、今の自分は……。
ツクシは途端に悲しくなった。その理由ははっきりとしていた。
今の自分は……壊れてしまった。
いつの頃からだったかははっきりとしていないが、ツクシとレンは次第に一緒に遊ばなくなっていった。
思えば当然のことだった。レンが大人になるということはそういうことなのである。ツクシはレンとの関係が一生変わらないことを望んでいたが、それは自分勝手というものだった。
ツクシとレンは最初から違うのだから。
あまり遊ばれなくなった人形のツクシは、だんだんとおもちゃ箱の中に放置されがちになった。窓から差し込む光も当たらないような暗い影の中、それでもたまに手に取ってもらえることを喜んで、その少ない時間を大切にしていた。
だけど、そんなわずかな時間さえもなくなっていった。
やがて、おもちゃ箱は押し入れに入れられ、箱の中のツクシはレンの顔を見ることすらできなくなってしまった。
――いつまでも一緒にいたい。
その儚い願いは消え去り、ツクシの心は閉ざされたままになった。
「確かこの辺にあったはずなんだけどな」
どこからか声が聞こえてきてツクシは目を覚ました。その声は昔のように高くはないが、忘れるはずもない暖かい声だった。
押し入れの扉が開かれている。ガサガサと周りに置かれていた物がどかされていって、ついに大きな手がツクシの入っているおもちゃ箱を掴んだ。
「これだ」
おもちゃ箱は押し入れの中から勢いよく引きずり出される。
「この中に入れたはず」
上のほうにあったおもちゃがどんどん取り出されていき、ツクシを覆っていた影が徐々に消えていく。
そして、とうとう人間の手がツクシの体に触れた。
「あった」
体がフワッと持ち上がる。目線の先には長い間見ることの叶わなかったレンの顔が
あった。多少大人びてはいたが、ちっとも変わらない輝く笑顔。ツクシの心には初めて会ったあのときと同じような感動が押し寄せていた。
「何か急に胸騒ぎがしたんだよな。どこにやっただろう、って」
レンはツクシに語りかけた。もちろんツクシは何も喋らない。それは昔から同じだ。一緒に楽しく冒険しているときも、悩みを打ち明けてくれたときも、ツクシはただ傍にいただけだ。
それでも二人の心は繋がっていた。
――そして、それは今も……。
「窓辺にスペースがあるからそこに置くことにするよ」
そう言ってレンはツクシを運び、部屋の窓の近くにそっと置く。
「おっ、良い感じだ」
レンはツクシを見て笑った。
レンが部屋から出て行った後、陽だまりの中、ツクシは涙を流さずに泣いていた。そして、今まで自分が勘違いしていたのだと気づいた。
――壊れたと思っていたもの、壊れてなかった。
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