雨の日と子猫

丹羽玲央奈

短編

 雨が降り続ける休日の昼下がり、私が見つけたのは猫だった。

 その日、私は憂鬱だった。別に何か理由がある訳ではなくて、空がどんよりとしているというそれだけで気が滅入ってしまう――。そんな曖昧模糊とした理由からくる感情が私の心を覆っていた。

  気晴らしにとテレビをつけるが、たいして面白くないことを、さも面白いかのように笑う芸能人が映っているだけだった。この前買った文庫本も、読んだところで頭に入らない。これでは 家にいても憂鬱さが増すだけだろう。

 そこで私は外に出てみることにした。

 別に何処かへ行くあてはない。ただ、外を歩くだけ。何処へ行くかは歩きながら考えよう。そんな予定ともいえないような考えを持っていただけだった。


 雨の降る町は、何だかいつもと違って見えた。いつもよりも風景が灰色でぼやけているような、まるでミヒャエル・エンデのモモの世界にいるような気がした。

 しかし、いつもと違う新鮮味のある光景は長くは続かなかった。しばらくするとまた、退屈ないつもの風景に戻ってしまったのだ。

 やはり、退屈さを紛らわすことはできないのだろうか――。諦めかけた私の目の前に突如現れたのは、電柱の横に置かれているダンボール箱に入った子猫だった。

 その子猫はまだ小さく、猫を飼ったことのない私でも生まれてすぐに捨てられたのだろうと容易に推測できた。白と黒と茶色ともオレンジともつかない色の斑をもった三毛猫は、寒そうに小さな体を震わせていた。

 この小説でしか見かけないようなベタなシチュエーションに私は興味がわいた。

 小さな三毛猫も私に気付いたのか、つぶらな瞳を潤ませ、私を見つめてきた。

 こんな猫が飼えたら、今よりも退屈ではなくなるのだろうか――。

 私の胸の中にふと、そんな考えが頭をよぎった。しかし次の瞬間には、その考えを捨てざるを得なかった。

 特段取り柄もなく、上司やお局様の機嫌を伺い、基本的な労働時間の他に当たり前のように残業がある。そんな生活をする薄給のOLには猫を飼い、食い扶持を一匹分増やすような余裕はどこにもないのだ。時間的にも金銭的にも――。

 それに第一、私の住むアパートはペットを飼うのが禁止されているのだ。過去には犬を飼っているのを見つかり、立ち退きを余儀なくされた人もいる。ここを出ていく羽目になればたちまち、田舎の母親からお見合いの話がこれでもかと勧められることになるだろう。そうなるのは嫌だった。

 猫を飼うのは止めよう。私はそう結論づけた。


 子猫は私の考えていることが分かるのだろうか。「私を置いて行かないで、連れて行って」とでも訴えかけるかのように、ずっと私を見つめ続けていた。


「ごめんね、あなたを飼うことはできないの。あなたの新しい飼い主が現れたら幸せにしてもらうんだよ」


 私がかけた言葉は、罪悪感から来た罪滅ぼしにしかならなかった。そしてそれは私のエゴ以外の何物でもないだろう。

 子猫の視線から逃げ出すかのように、私は足早にその場を去った。

 子猫は最後まで私を見つめ続けていた。その眼は私を責めているかのようだった。そしてその姿はさっきよりも濡れぼそり、みすぼらしく、みじめそうに見えた。


 次の日、会社に行く前にふと気になり、子猫の元へと向かうことした。

 昨日子猫のいた電柱の横にはダンボールだけがあり、子猫はいなかった。

 あの子は幸せに暮らせるのだろうか――。

 自分から見捨てたくせに、未練たらしくそんなことを考えてしまった。後悔するにはもう遅すぎたのだろう。今、私の胸の中を閉めるのは後悔の感情だった。

 子猫のいないダンボール箱は、子猫自身の抜け殻のような気がした。


                      ~Fin~

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雨の日と子猫 丹羽玲央奈 @Chapelier-Fou_Blanche-Neige

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