第16章8話 決戦 V

 どこまでも続く青い空。ケーレスを遥か後方に、魔王は雲のない空を駆け上っていく。空気は薄く冷たくなろうと、魔王は飛べるところまで飛ぶ。


 青かった空は、徐々に黒くなっていった。魔王の目の前には、宇宙が広がっているのである。そして魔王の視線の先には、アルテリングが浮いている。限界高度までやってきた魔王は、なるべく近く、大きなアルテの破片を探した。


 ちょうど良い破片を見つけ出すと、重力魔法を発動する魔王。これにより、アルテの巨大な破片は軌道を外れ、ケーレスに向かって落ちてゆく。隕石攻撃だ。魔王はヤクモを倒すため、隕石攻撃に打って出たのだ。


 ケーレスへと向かうアルテの巨大な破片――隕石は、赤く燃え上がり、形を崩しながらも、真っ逆さまに落ちていく。隕石攻撃によってヤクモが吹き飛ぶのを確認するため、魔王は隕石よりも先に、降下をはじめた。


 大海原にぽつりと浮かぶケーレスを目指す魔王。しかし魔王は、ここで予想だにしなかった光景を目にすることになる。


 降下を続ける魔王のすぐ側を、スタリオンがすれ違った。一体何をするつもりだと、魔王はスタリオンを目で追う。

 限界高度に到達したスタリオンは、後部ハッチを開き、機内からヤクモが姿を現した。ヤクモは炎を纏う隕石を確認すると、後部ハッチから体を乗り出し、勢いよくジャンプする。


「まさか……隕石を破壊する気か!?」


 そのまさかであった。遥か上空にまで飛び上がったヤクモは、宙で仰向けに寝そべり、隕石に突き出した両腕を白く輝かせる。次の瞬間には、ヤクモの両腕から燦々たる光魔法『ホーリースパーク』が打ち出された。

 白く輝き、全ての闇を晴らす白の光線は、炎を引く隕石に直撃、隕石を貫く。隕石は大爆発を起こし爆散、多数の小石となってしまった。


「あやつ、あの攻撃まで阻止するとはな」


 もうひとつの太陽が生み出されたかのような大爆発を眺め、魔王は苦笑いを浮かべてそう呟く。心は愉悦と戸惑い、焦りにかき乱されている。

 爆散した隕石の多数の破片は、止まることなくケーレスに降り注ぎ、瓦礫に穴を作り出していた。上空からその景色を見下ろし、ケーレス島の山をなぞるように飛び続け、考える魔王。


「どうする? どうすれば、ヤクモを倒せる?」


 魔王は明らかに追い詰められている。これほどの焦りには、新鮮さすら感じてしまう。それだけ、ヤクモを倒す方法が魔王には思いつかないのだ。


「今度は逃げないでよ」


 どこからか聞こえてきた、ヤクモの力強い言葉。辺りを見渡すと、魔王と並行して飛行するスタリオンが目に入る。そしてスタリオンの屋根の上には、癖っ毛気味の髪を風になびかせながら、腕を突き出し魔王に鋭い視線を向けるヤクモの姿があった。

 

「やはり貴様はしつこい……!」

「勇者の仕事は魔王を倒すことだから、当然でしょ!」


 愚痴にも近い魔王の放言に対するヤクモの応えは、言葉だけではない。彼女はスタリオンの屋根の上に立ったまま、突き出した両腕からライトスパークを放ったのだ。

 魔王はヤクモのライトスパークを避けきれない。白い光線を翼に受けた魔王は、ケーレス島の森の中へと落ちていく。


 森の中に落ちた魔王は、地面に倒れたまま思わず笑いだす。今の自分の姿を思い浮かべれば、笑わずにはいられなかった。


「これが魔王と勇者の戦いか。素晴らしい」


 ここまで追い詰められることなど、対等な者との戦いでしかあり得ないことだ。いや、対等な者以上・・との戦いでなければあり得ない。


「雲ひとつない青空。光り輝く太陽。これではヤクモの力は増大する一方だ」


 痛む体をなんとか持ち上げ、立ち上がった魔王は、空を見上げ悟る。


「対して我はどうだ? 闇の力は少ない。魔力残量も底が見えている。今の我は、ヤクモよりも弱い。これは認めばならぬな」


 ヤクモを見誤っていた。魔王とヤクモが対等であるのは事実であるが、今この時だけは、ヤクモの方が上だ。今のケーレスでは、闇の魔力よりも光の魔力が圧倒的に強い。


――魔界に戻り、力を蓄え、魔界という有利な環境で戦うべきだ。

――逃げも隠れもしない。魔界の王として、勇者と決着をつけるべき。


 判断に迷う魔王。


――現実的に考えろ。勝てぬ戦にこだわる必要はない。

――魔王と勇者は戦い続ける宿命にある。魔王として、勇者から逃げることはできない。


 ラミネイの戦いでは、撤退という判断を下した。今度はどうするか? 逃げるべきか、戦うべきか。

 迷う魔王だが、ヤクモは魔王の判断など待ってくれないようである。ヤクモはスタリオンから飛び降りると、魔王の目の前で仁王立ちし、挑発的な口調で言った。


「まだまだ戦えそうだね」


 この台詞が、魔王の迷いを断ち切る。これは魔王と勇者の戦いなのだ。どちらかが倒れるまで続く、世紀の対決なのだ。逃げる、などという選択肢はない。


――我は魔王だ。勇者との決着をつけるべきだ。


「かかってこい! 96代勇者タナクラ・ヤクモ!」

「言われなくても、分かってる!」


 お互いを好敵手と認め、お互いに戦うことを楽しむ魔王とヤクモ。一時は協力し合う関係であった2人も、今は魔王と勇者という本来の姿でぶつかり合うのだ。


 戦況はヤクモに有利。隕石攻撃も効かないとなると、魔王にできることはひとつ。魔王は魔力障壁を展開し、両腕を突き出すと、全身の魔力を腕に集中させた。魔力は腕に収まりきらず、魔王の両腕は禍々しいオーラを放ちはじめている。

 危険を感じたヤクモは、重力魔法を使い、森の木々を根こそぎ持ち上げ、辺り構わず魔王に投げつけた。空を舞い魔王を襲う木々は、しかし魔力障壁にぶつかり魔王には届かない。


 アルテの崩壊により失われた魔法。だが、その一端にでも触れられれば十分。準備を終えた魔王の両腕からは、10重20重の魔方陣が浮かび上がっていた。


「ヘカテよ、アルテよ、闇の先に広がりし深淵よ、世界を漆黒に染め、光を打ち倒し、万物を虚無へと誘い、世の理をも狂わせよ!」


 闇の魔力は、魔王の呼びかけに応じたようだ。ありとあらゆる影は魔王に集い、膨大な闇が魔王に力を貸す。魔王は全ての魔力を振り絞り、究極魔法『アルティメット・レイ』を撃ち放った。

 闇というよりも無と形容した方が正しいであろう、黒く荘厳な光線は、森を呑み込み、大地を抉りだし、山をも削る。太陽の光は遮断され、ケーレス島は闇に包まれた。


 10秒程度。これが魔王の限界。全ての魔力を使い果たした魔王は、膝をつき、アルティメット・レイの残した傷痕を眺める。

 ケーレスの森は一部が完全に消え失せ、巨大な穴がぽっかりと開いた山は、山体の3分の2を失っていた。これが、伝説とも呼ばれるアルティメット・レイの一端・・なのだ。


 辺りを覆う土煙。その中に、青く輝く小さな光を魔王は見つけた。信じられなかった。あのアルティメット・レイに耐えられる人間がこの世にいることが、信じられない。

 おそらく何層もの魔力障壁を重ね、土壁や氷の壁を作り、ヤクモは自分を守ったのだろう。結果、ヤクモに残されたのは紙のように薄い魔力障壁のみ。しかし、ヤクモはアルティメット・レイに耐えたのだ。これには魔王も、大笑いするしかない。 


「アルティメット・レイにも耐えただと!? 実に素晴らしい! ヤクモよ、貴様は本当に人間か!?」


 山を削るほどの魔法だった。消し飛ぶ、どころでは済まされないほどの威力を持つ魔法だった。ところがヤクモは、呼吸を荒くしながらも、無傷でそこに立っているのだ。

 ヤクモが人間なのかどうか、もはや魔王には分からない。対してヤクモは、悪戯な笑みを浮かべて口を開いた。


「人間は人間でも、異界から召喚されたチート人間だから」

「フン、やはり勇者は、我ら魔族の最大の脅威であるな」


 魔王学の教えの通りである。5000年の歴史が導き出した魔界の知恵は、正しかったのである。


「これで、終わり!」


 膝をつく魔王に、ヤクモは容赦なし。彼女は両腕を突き出し、ホーリースパークを放つ。魔王は白の光線を避けることなど到底できず、力なく吹き飛ばされ、ケーレスの潰れた建物に落ちていった。

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