第16章7話 決戦 IV

 反撃の時間である。魔王はヤクモに向けて炎魔法を発動した。ヤクモは舌打ちし、水魔法で魔王の放った炎を消し去る。

 このヤクモの動きは想定通り。魔王はヤクモの水魔法に氷魔法を仕掛け、ヤクモの水魔法を自らの氷魔法に変換した。

 炎を消すため現れた水は氷柱へと姿を変え、ヤクモに襲いかかる。対してヤクモは、風魔法により突風を吹かせ、氷柱をあらぬ方向へと吹き飛ばす。


「その意気だ! さあ、我を倒してみせよ!」


 魔王の心は踊っていた。魔法対決に移行したことで、ヤクモも徐々に本気を出しはじめている。せっかくならば、ヤクモにはもっと本気になってもらいたいところだ。


 氷魔法攻撃に失敗した魔王だが、攻撃の手は緩めない。彼は続いて、重力魔法により地面に転がる瓦礫を宙に浮かび上がらせ、それらをヤクモに投げつけた。さらに、土魔法ソイルニードルを使い土の棘を作り出す。

 投げつけられた瓦礫、地面から飛び出る土の棘。ヤクモは踊るように、華麗に全てを回避し、隙あらば魔王に斬りかかろうと跳ね回っていた。


 踊るヤクモを面白がった魔王は、ついにダークネス・レイを発動。黒く闇に染まった光線が、ケーレスの瓦礫をなぎ払い、青空を切り裂き、ヤクモを追う。

 鮮烈な魔王の攻撃に、ヤクモは歯を食いしばり、光魔法『ブライト・シールド』でダークネス・レイを止めた。

 それでも避けきれず、ダークネス・レイに体を焦がされれば、『メディカ』を駆使し回復を繰り返すヤクモ。


「やばいッス……もうヤクモさんと魔王さんが何やってんのか、僕には分からないッス……」

「ルファールさん、あたしたち、近づけないよ」

「ああ。私たちの出番はもうない」

「じゃあ、ヤクモ姉の邪魔しないように、遠くからヤクモ姉を眺めてるしかないね。ヤクモ姉、頑張って!」


 唖然とするパンプキン。お手上げ状態のルファール。ヤクモにうっとりとした視線を向けるリル。ヤクモの仲間たちは、魔王と勇者の戦いを眺めていることしかできない。


 ダークネス・レイを薙ぎ払う魔王。ブライト・シールドで耐えるヤクモ。魔王と勇者の戦いは熾烈を極めている。

 闇と光がぶつかるケーレス。すでに廃墟と化した街並みは、さらに吹き飛ばされ、瓦礫は破片に、破片は灰に変えられてしまう。まさしく、ケーレスは更地へと姿を変えているのだ。


 しばらくして、ヤクモが反撃をしてこないことにため息をつく魔王。彼はおもむろに翼を生やし、空を飛び、ヤクモを見下ろした。

 空からの攻撃に、ヤクモは対応のしようがないはず。ニタリと笑った魔王は、地面からこちらを見上げるヤクモに、魔力量を増やしたダークネス・レイを打ち込む。

 ダークネス・レイの威力を見誤ったか、ヤクモはブライト・シールドを打ち消され、目を丸くした。


「ヤクモ姉!」


 想い人の危機に叫ぶリル。焦りを抑え反撃しようとするヤクモ。だが遅い。魔王は重力魔法を使い、ヤクモを浮かび上がらせ、まだ瓦礫が残る焼け焦げた地面にヤクモを叩きつけた。地面に叩きつけられ、ヤクモは土煙の中に消える。


「これで終わりか?」


 そう呟く魔王。ところが、これで終わるはずがない。むしろ、魔王と勇者の戦いはまだはじまったばかり。


「終わりなわけないでしょ!」


 ヤクモの怒号が響くと、土煙の中に、巨大な影が浮かび上がる。影の正体は、時計台であった。時計台は土煙をかき分け、魔王目掛けてまっすぐと飛んでくる。

 それだけではない。土煙の中からは、白く明るい光線と、凄絶な稲妻がいくつも放たれ、魔王に襲いかかったのだ。

 光魔法『ライトスパーク』と、雷魔法『サンダーボルト』の乱れ打ち。おまけに宙を舞う時計台。魔王は戦いへの喜びを抑えきれず、満面の笑みを浮かべ、ヤクモの攻撃を回避した。


 地面に落ち、粉々に破壊される時計台。魔王はダークネス・レイによる攻撃を続け、ヤクモはライトスパークを放ち、サンダーボルトによって雷を落とす。

 黒の光線と白の光線が飛び交い、時折稲妻が走るケーレス。その度に地上の瓦礫は吹き飛び、細かく粉砕され、更地化が進む。シンシアはさぞ喜んでいることであろう。


「ヤクモ姉……すごい! 綺麗で最強で綺麗だなんて、反則レベル!」

「逃げるぞリル。これ以上ここにいたら死ぬ」

「そうッスよ! ヤクモさんは僕たちとレベルが違うッス!」

「ええ~! もっとヤクモ姉の戦いを見ていたい!」

「ほら、行くぞ」


 身の危険を感じたルファールとパンプキンは、ヤクモから離れたがらないリルを引きずり、ケーレスから逃れようと海へと向かった。


 もはやヤクモは、味方を案じる必要はないのである。彼女は、勇者の本気の力を出し切ることができるのである。そして彼女は、本気の力を魔王に見せつけている。

 翼をはためかせ、ライトスパークを回避し、突き出した両腕からダークネス・レイを放ち続ける魔王。熾烈な戦いに、一瞬の油断もできぬ戦いに、彼は思わず大笑いしてしまった。


「そうだ! それでこそ我と対等な者の戦いだ!」

「うるさい! 黙ってやられろ!」


 目の前の敵を倒す。魔王もヤクモも、それだけに頭を支配され、それだけのために体を動かしている。黒と白の光線は、そのためだけに飛び交っている。

 ヤクモを倒すために地面を削るダークネス・レイ。空飛ぶ魔王を叩き落そうと薙ぎ払われるライトスパーク。いつしかケーレス全体が土煙に覆われ、視界は最悪。互いに相手の位置を知ることもできなくなってしまっていた。


 これだけ激しく魔力をぶつけ合えば、魔力が拡散し相手を探すこともできない。これを機会に、ヤクモは攻撃を中断、土煙の中に隠れてしまう。

 魔王は仕方なく、低空飛行をしながらヤクモを探した。風魔法で土煙を吹き飛ばし、水魔法で瓦礫を排除し、好敵手との戦いを待ち望む。ところが、ヤクモは見当たらない。


「ヤクモめ、どこに行った?」


 そう呟いた時である。頭上に強大な魔力を感じ取った魔王。頭を上げ、空を見上げると、そこには太陽を背に魔王を見下ろす、ヤクモの姿があった。


「私なら、ここにいるけど」


 無愛想な表情に、凛とした瞳を輝かせ、ヤクモは魔王に、猛烈な勢いで蹴りを叩き込んだ。魔王は蹴りの衝撃をそのまま受け、空を滑るように吹き飛ばされていく。

 痛みに苦悶の表情を浮かべる魔王。ヤクモは追い打ちをかけるように、重力魔法を使い浮かび上がらせた建物を魔王にぶつけた。魔王はどうすることもできず、地面に叩きつけられてしまう。


 身体中を走る鈍重な痛み。それでも瓦礫を押しのけ、立ち上がった魔王。

 彼が叩きつけられた場所は、ダイス城の玄関であった。ただし、メギドに潰され、瓦礫に埋もれた、灯りのない変わり果てた玄関である。


 立ち上がった魔王の前に、ヤクモがやってきた。地面にひびを入れ、剣を握りしめ、闘志に燃えた彼女に、魔王は笑って言う。


「さすがは勇者。これほどの痛みを感じたのは、生まれてはじめてだ」


 意識すらも薄める痛みなど、魔王の123年の人生ではじめての体験。勇者と戦わなければ、感じることのできないものである。

 この状況で笑みを浮かべる魔王に、ヤクモはどこか恐怖した様子。だがすぐに剣を構え、ヤクモは魔王に言い放った。


「まだまだ、遠慮なくやるからね」

「望むところだ」


 まだまだ戦える。せっかくの勇者との戦いなのだ。こんなところで終わらせてはもったいない。


「とはいえ、このままでは魔力が尽きる。どうしたものか……」


 96代勇者は、今までに殺してきた30人の勇者のように柔な存在ではない。もっとも、一番のバカではあるかもしれぬが、ゆえに危険な存在。ゆえに、魔王と対等な存在。果たして何をすれば、ヤクモを葬り去ることができるのか。


 ひとつ、魔王の頭に思い浮かんだ攻撃方法。それしかない、と魔王は思った。それを実行するために、魔王は翼を広げ、天を貫くかのように飛び立った。

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