第16章6話 決戦 III

 さすがに勇者の一振りは凄まじい。魔力障壁で剣を受け止めたものの、魔王の体はヤクモの力を受け止めきれず、数メートルほど後方に退けられてしまう。

 

 あんたの相手はこの私、というヤクモの言葉通りだと魔王は思った。魔王の相手は、勇者であるヤクモだけなのだ。魔王と対等な存在である彼女だけが、魔王の相手たりうる唯一の人物なのだ。だからこそ、魔王はヤクモに言う。


「なぜアイギスなどを連れてきた。いたずらに死者を増やすだけだぞ」


 何もかもを守ると言っておきながら、犠牲を増やしかねない戦い方をするヤクモ。それが魔王には理解できなかった。

 この魔王の疑問に対し、何も分かっていないと言わんばかりの表情を、ヤクモは魔王に向けている。魔王の疑問に言葉で答えたのは、リルであった。


「アイギス隊のみんなは、少しでも魔王の魔力を削るため、アイギス隊のみんなが望んでこの戦場に来たんだよ。誰も強制なんかしてないからね。しかも、アイギス隊は全員無事だよ」


 空を見上げれば、スタリオンが青空に向かって小さくなっていく。リルの言葉通り、アイギス隊は『いたずらに死者を増やす』ことはなかった。だが、アイギス隊の奮闘を無に帰すことはできると、魔王はニタリと笑う。

 魔王は常に、魔力回復用の魔具を持ち歩いていた。この魔具を使えば、アイギス隊との戦いで削られた魔力を回復することができる。そのはずだった。


「魔力回復もできないッスよ。魔力回復用の魔鉱石は、僕が全部もらっちゃったッスからね。今頃はスタリオンの中ッス!」


 可笑しげに笑うパンプキン。魔具があるはずのポケットを探る魔王だが、ポケットの中には何もない。魔王は見事に、パンプキンに魔具を盗まれてしまったのだ。


「小賢しい真似を。スリを止める話はどうしたのだ?」


 戦いの最中、いつの間に魔具を盗みとったパンプキンを、魔王は賞賛しながらも苦笑い。対するパンプキンも苦笑い。魔王からも盗みを働くとは、パンプキンのスリの技術は天下一である。


「まあ、なんでも良い。弱い者から排除するだけだ」


 スリの技術は優れていても、それ以外は相手にならない。苦笑いを浮かべたまま、魔王は氷魔法を使いパンプキンの足を凍らせ、パンプキンの動きを封じた。


「ああ……これまずいッス! 本格的に死んじゃうッス!」

「パンプキン!」


 仲間の危機に焦るリル。魔王は地面に落ちていたアイギス隊員の剣を手に取り、それを振り上げパンプキンに斬りかかった。

 元味方であり、様々な場面で役に立ったパンプキンに対し、魔王は容赦しない。死を覚悟し、パンプキンは目を瞑る。


 パンプキンの現在の味方は、決してパンプキンを見捨てようとはしなかった。リルは杖を掲げ魔王の進路に数多の氷柱を飛ばす。

 氷柱を溶かし尽くすため、炎魔法を放とうと構える魔王。この隙に、ヤクモが魔王に襲いかかる。

 勇者であるヤクモの攻撃をいなすのは並大抵のことではない。魔王はパンプキンへの攻撃を諦め、剣をヤクモに振り下ろした。


 魔王の振り下ろす剣とヤクモの振り上げた剣が、甲高い音を立て、火花を散らしぶつかる。互いに力は緩めず、頭にあるのは相手を斬り伏せることだけ。結果、2人は鍔迫り合いとなり、魔王はヤクモに言い放った。


「ヤクモ、我と対等であるのは貴様だけだ。ルファールも、パンプキンも、リルも、今の貴様には足枷でしかない!」


 魔王が敵として認めるのは、ヤクモだけ。魔王が戦いたいのは、ヤクモだけである。魔王と勇者の戦いを邪魔する者など、この場には必要ない。ヤクモとの対決を邪魔されないためにも、リルやルファール、パンプキンには退場してもらわなければならないのだ。


 鍔迫り合いを振り払い、ソイルニードルを発動した魔王。咄嗟にソイルニードルを避けたヤクモだが、魔王はヤクモを追撃しようとはしなかった。

 左手を突き出した魔王が次に放ったのは、氷魔法『ヴァイオレントアイシクル』である。魔王の魔力によって生み出された大量の氷柱は、ルファール、パンプキン、リルの命を奪おうと風を切る。


 自分の身を守るため、氷の壁を作り出したリル。ところが彼女の氷の壁は、魔王の氷柱に砕かれてしまった。

 リルは太ももにくくりつけられたケースから魔具を取り出し魔力障壁を展開。おかげで命を落とすことはなかったが、リルの肩に氷柱の欠片が食い込み、白いローブに鮮血が染み込む。


 ルファールは、パンプキンの動きを封じた氷を破壊。氷柱からパンプキンを守ろうと彼を持ち上げ、ブリーズサポートで強化された体を走らせ、魔王の氷柱を避けた。

 1人であれば全ての氷柱を避けられたのだろう。だがパンプキンを助けたがために、ルファールは脇腹を氷柱に擦られ、腹部の鎧を破壊され、地面に血を垂らす。

 怪我したルファールを心配するパンプキン。それでもルファールは、怪我などしていないかのように平気な顔をしていた。


 リルとルファールを傷つけた魔王の氷魔法攻撃であるが、ヤクモには効かない。ヤクモは炎魔法を発動し、魔王の氷柱を溶かしてしまったのである。

 

 もとより、この氷魔法はルファールたちを殺すためのもの。魔王はヤクモを後回しにして、ルファールたちに追い打ちをかけようとしていた。


 仲間を殺させはしない。ヤクモは剣を振り上げ、魔王に飛びかかる。この攻撃に、魔王は剣で対応した。

 重く強烈な一撃を剣で受け止めた魔王。彼はヤクモの剣を払い、ヤクモに斬りかかる。ヤクモは一歩も退かず、魔王の振るう剣を全て受け止める。

 飛び交う火花、響き渡る甲高い音。何度も剣を叩き合う魔王とヤクモだが、すぐ近くに味方のいるヤクモは、本気を出し切れていない。


「仲間のために戦力を低下させれば、もはや仲間の存在意義はない」

「そんなの、使い方次第でしょ」


 味方に行動を制限されるヤクモを嗤った魔王。ヤクモは小さく笑い、力任せに剣を振り下ろし、魔王の動きを一時的に止めた。

 すると、脇腹から血が流れていることなど気にせず、ルファールが剣先を魔王に向けて飛びかかってくる。

 魔王はルファールの攻撃をなんなく避けた。ところがすぐに、再びヤクモの重い一撃を受け止めなければならない。そして再び、ルファールが飛びかかってくる。

 ルファールを避け、ヤクモの一撃を受け止め、ルファールを避け、ヤクモの一撃を受け止め――これが高速にサイクルし、魔王の余裕を削った。


――魔法を使う暇がない!


 困ったことに、ルファールの動きは魔王とヤクモに追いついているのだ。全くの隙を見せないヤクモとルファールの連携に、魔法を使う余裕を失った魔王。

 ついに、魔王の持っていた剣は悲鳴を上げ、真っ二つに折れてしまった。代々勇者に受け継がれてきた宝剣と、ルファールの騎士団仕様の細剣に、魔王が拾っただけの剣が勝てるはずなかったのである。


「獲った!」


 獣のような目をして、剣を突き立てるヤクモ。剣を折られた魔王は、ヤクモの剣を受け止めることも、避けることも止め、土魔法を発動し、あたり一面に土壁を作り出した。

 土壁はヤクモとルファールを分断し、2人の連携攻撃を遮断する。ヤクモの剣は魔王の胸に大きな切り傷をつけたが、即座に展開した薄い魔力障壁のおかげで、魔王の命に別条はない。

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