第16章5話 決戦 II
危うく同じ過ちを犯すところであった魔王は、深く反省していた。彼が反省する間も、アイギス隊は攻撃の手を緩めない。リルも杖を掲げ、叫んだ。
「人間界一の水魔法の使い手である、あたしの本気、見せてあげる!」
「あそこに突っ込むんスか……でもやるしかないッス!」
満面の笑みを浮かべ、ヤクモと魔王に自分の力を見せつけようとするリル。恐怖を隠すことなく、ヤケクソ状態のパンプキン。ルファールは黙ったまま剣を振り上げ、ヤクモも腕を突き出す。
リルが掲げた杖の水晶が、青く輝きはじめる。そしてリルが杖を突き出すと、『アクアカッター』と『ヴァイオレントアイシクル』が、猛烈な勢いで魔王に襲いかかった。
アイギス隊の攻撃の隙間を縫うように飛び抜ける水の刃と氷柱は、魔王の展開した魔力障壁にぶつかったところで消えることはなく、魔力障壁を削っていく。これに対応するには、魔力障壁を何層にも重ね、多くの魔力を注ぎ込むしかない。
水魔法を相手に強化された魔力障壁。ところが、それだけで魔王が安心することはできなかった。
ブリーズサポートを使い凄まじい速度で飛び跳ねるルファールにより、魔王の魔力障壁は徐々に削られていく。
ヤクモは、突き出した腕から熱魔法『ヒートピラー』を発動し、煮えたぎる熱の光線で魔王の魔力障壁を溶かしていく。
全ての魔力障壁を破壊される、ということはないであろう。それでも魔王にとって、この状況が望ましくないのは確かだ。
「このままでは、いたずらに魔力をすり減らすだけか」
魔力がある限り、魔力障壁は消えないが、これでは反撃も出来ず、一方的に攻撃を受け続けるだけである。
「だが、この程度の魔方陣など――」
足元に目をやり、淡く光り輝く魔方陣を睨みつけた魔王。彼は足に魔力を集中させ、地面に土魔法を込めた。
すると、地面はにわかに振動し、地中から土の棘が飛び出してくる。魔王の『ソイルニードル』だ。
土の棘は瓦礫を突き抜け、魔方陣をズタズタに切り裂く。淡く輝いていた魔方陣は光を失い、魔王を包み込んでいた光も消えていく。
「魔方陣が壊されたニャ!」
「マジやばくね?」
「アイギス隊! 攻撃の手を緩めるな!」
魔方陣による拘束から解放された魔王。あまりにあっさりと魔方陣を破壊されたことに、シンシアは目を丸くし、ムーニャは苦笑いを浮かべ、カウザは表情を強張らせながらも部下たちを叱咤し続けていた。
長槍を持ったアイギス隊の3人の隊員は、必死の形相で魔王の魔力障壁を突き続ける。弓やクロスボウを握った隊員たちは、一瞬の隙も見せず矢を放ち続ける。リルは水魔法を、ルファールは剣を、ヤクモは熱魔法を魔王に浴びせ続ける。
魔王は反撃を開始した。彼は左手を振り払い、風魔法『ウィンド』を放つ。長槍を持った3人の隊員は、局地的な暴風に槍を折られ、頑強な鎧をへこまされ、吹き飛ばされた。
空高く飛ばされ、地面に叩きつけられる3人のアイギス隊員。ルファールはなんとか魔王の攻撃を避け、後方に退避。もはや誰も魔王に近づけない。
戦況はひっくり返ったのだ。魔王はまずアイギス隊を排除するため、魔力障壁を展開したままアイギスの隊員たちを睨みつける。
アイギス隊の危機を感じ取ったリルは、杖を大きく振り、再び魔王に向けて突き出した。リルが突き出した杖からは、間欠泉のごとく水が噴き出す。
魔王はリルの水魔法攻撃を避けようとしない。魔王は迫り来る水魔法攻撃に対し、左手を向け、炎魔法『ドレッドフルフレイム』を放つ。灼熱の青い炎は、柱のようなリルの水魔法を包み込み、蒸発させてしまった。
凄まじい音と共に水蒸気と化した己の攻撃に、リルは唇を噛む。魔王は気にせず、再びアイギス隊に体を向けた。
リルが魔王に攻撃する間、アイギス隊は態勢を立て直していたらしい。彼らは一斉に、魔王を狙って矢を放つ。
魔王は動じることなく、リルに向けていた左手を前に突き出した。そして重力魔法を発動、アイギス隊の放った矢を全て静止させ、地面に落とす。
さらに魔王が左手を引くと、アイギス隊の持っていた弓やロングボウは宙を舞い、アイギス隊は丸腰となってしまった。
「クソ……退却だ! もう俺たちの出番はない!」
魔方陣を破壊され、武器を奪われ、アイギス隊は戦うことすらもできなくなったのだ。ヤクモたちの足手まといになるわけにもいかない。カウザは部下たちに撤退を指示し、シンシアもスタリオンの操縦席に振り向いた。
「ベンさん、お願いニャ!」
「あいよ!」
今日の運び屋の仕事は、アイギス隊とシンシアを無事に撤退させること。ベンは即座にスタリオンを地面に近づけ、アイギス隊を待つ。
「逃がさんぞ」
敵対した者たちを、魔王はそう簡単に逃がしはしない。スタリオンに向かって一目散に逃げるアイギス隊に対し、魔王は突き刺すような鋭い視線で、闇魔法『デイモス』を仕掛けた。
デイモスにより、カウザを含むアイギス隊の隊員たちは、一歩も動くことができない。彼らは心の底にうごめく恐怖を操られ、その恐怖によって体を硬直させられてしまったのだ。
無防備なだけでなく、体を動かすこともできなくなってしまったアイギス隊。魔王とは違って、魔力障壁を展開することもできない彼らに、魔王は引導を渡そうと『ディスピア』を発動する。
闇を具現化したようなディスピアの煙は、アイギス隊を虚無の世界へ誘う。カウザたちは風前の灯だった。
「まずい……!」
死を覚悟したカウザたちアイギス隊。しかしディスピアの黒い煙は、白く眩い光に掻き消され、闇は輝きの中に四散する。ヤクモの光魔法が間に合ったのだ。
ヤクモの光魔法はディスピアを掻き消すだけに留まらず、アイギス隊にかけられたデイモスすらも打ち消してしまう。魔王は、自らの魔法が妨害されたことに舌打ちし、同時に笑みを浮かべていた。
「魔王! こっちだよ!」
笑った魔王の鼓膜を震わせる、リルの快活な声。これに魔王が振り返った頃には、すでにリルは水魔法『デスウォータ』を発動、魔王は大波に呑まれてしまう。
ケーレスに散らばる瓦礫をさらい、茶色く濁った大波の中に魔王は消えた。そこに、ルファールは剣を突き立て突撃する。
大波を切り裂き、魔王がいるであろう場所に突き進むルファール。ところが、ルファールの剣が刺さったのは、魔王ではなく土壁であった。
リルが放ったデスウォータに耐えるため、魔王は即座に土壁で自らを覆い隠していたのだ。つまり、魔王は無傷である。
濁流の間から土壁を確認したルファールは、すぐさま後方に跳躍する。直後、土壁は土の棘と化し、ルファールに擦り傷を刻んだ。
ソイルウォールをソイルニードルに変換させた魔王。彼は同時にドレッドフルフレイムを放ち、リルの作った大波は、水蒸気へと姿を変えた。
白く立ち上る水蒸気の中、マントをひるがえす魔王。勇者以外の魔力などこの程度かと失望する彼であったが、しかしアイギス隊はすでにスタリオンの機内に収まってしまっている。
小細工を弄していては、アイギス隊を逃すだけ。魔王はダークネス・レイを放とうと、スタリオンに向けた右手を黒く染め上げた。
「余所見しない! あんたの相手は私だから!」
まるで女性とは思えぬ雄叫びが聞こえ、魔王の体を巡る魔力が騒めき出す。魔王はスタリオンへの攻撃を中断させ、腕に魔力障壁を纏わせた。
次の瞬間、地面を擦り振り上げられたヤクモの剣が、魔王の視界に入る。今までとは明らかに違う強大な力を前に、魔王は腕に纏わせた魔力障壁で、ヤクモの剣を受け止めた。
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