第16章4話 決戦 I
ヤクモの使った転移魔法魔鉱石により、魔王とヤクモは、魔王城のあるディスティールから遠く離れた地にやってきた。転移先は、魔王にとって見覚えのある土地だ。
絶海の孤島に広がる、焼け焦げた民家、崩れた城壁、大小さまざまな石に潰された建物、ネメシスゴーレムの下敷きとなる城――ここまで破壊されながらも、個性豊かであったのが分かる街の跡。このような場所は、ひとつしか思い浮かばない。
「ここは……ケーレスか」
変わり果てた景色、変わらぬ雰囲気。久方ぶりのケーレスに、魔王の口角が上がる。同時に、ルファールやパンプキン、シンシアたちを眺め、ヤクモの言った『私たちの本拠地』という言葉の意味を理解した。
メギドとの戦い以来、魔王がケーレスにやってきたのはこれがはじめて。ヤクモはなぜ、魔王をケーレスに連れてきたのか。その答えは、ヤクモ自身が口にする。
「誰かさんのせいで、ここは廃墟だからね。住人もみんな、シンシアちゃんのおかげで別のところに住んでるし。私とあんたが戦うには、最適の場所でしょ」
相変わらずの無愛想な口調でそう言ったヤクモ。たしかに彼女の言う通りである。ケーレスには何もない。今のケーレスであれば、魔王とヤクモがどれだけ本気を出して戦ったところで、被害を受ける者はいない。
どうやらヤクモは、本気で何もかもを守る気らしい。ヤクモは自分の決めた道に従い、魔族もディスティールも、そしてラミーも、守ろうとしているのだ。
シンシアの隣に立ち、彼女を護衛するカウザは、アイギス隊の部下たちに命令を下している。ムーニャを含む15人のアイギス隊は隊長の命令に従い、魔王を囲みはじめた。
「アイギス隊! 戦闘態勢だ! 死ぬ気で生き残れ!」
「魔王さんと戦うとか~チョーすごくね? マジやる気出るんですけど」
魔王を囲むアイギス隊は、皆やる気に満ちている。人間と魔族の混成部隊であるアイギス隊は、人間界でも、魔界の味方でもなく、ケーレスのために戦おうとしているのだ。
包囲が終わると、アイギス隊は武器を魔王に向けた。近接武器は長槍のみ、他は弓やクロスボウなど飛び道具ばかり。さすがに魔王と直に戦うつもりはないらしい。
「困ったらわしに言うんじゃぞ。スタリオンで一目散に逃げてやるからのう」
スタリオンの操縦席から、シンシアやアイギス隊に、大声でそう言ったのはベンである。スタリオンのエンジンは青く輝き、いつでも空に駆け上がることができる状態であった。
ヤクモは魔王の正面に立ち、剣先を魔王に向けている。ルファールもブリーズサポートで体を強化し、リルは杖を掲げ攻撃魔法の準備、パンプキンは戦闘の構え。アイギス隊も魔王を完全に包囲し、空にはシンシアを乗せたスタリオンが待機している。
戦いの準備は、すでに整っていた。ヤクモたちの本気を前に、魔王も手を抜くことはできない。魔王はマントをはためかせ、拳を掲げ、大笑いし、言い放った。
「お主ら、寄ってたかって我を倒すつもりか。ならば、やってみろ! この我を楽しませろ! 我を倒してみせよ!」
魔界軍と共和国軍の戦況報告が続く毎日に退屈していた魔王。だが今の彼の表情は、活気に満ち溢れ、覇気に富んでいた。今の状況が、楽しくてしようがないのだ。
そんな魔王を見て、体を震わせる者が1人。特にこれといった武器を持たず、緊張に顔を強張らせるパンプキンである。
「うわぁ魔王さんが本気ッス。怖いッス。先に帰っちゃダメッスか?」
恐怖心に素直に従うパンプキン。ところがリルやルファール、ヤクモといった、恐怖心を忘れた彼の仲間たちは、パンプキンに圧力でもかけるかのように、無意識な言葉を返した。
「パンプキンはヤクモ姉の従者なんだから、最後まで帰っちゃダメだよ」
「盾がある方が、私たちも助かる」
「もし先に帰ったら、借金5割増しね」
「辛いッス! このパーティーやっぱり辛いッス!」
強い――頭のネジが外れた女性たちに、パンプキンは悲壮感いっぱいにそう叫んだ。どこを見渡しても絶望ばかり。これがこの半年間、パンプキンの日常であるのだから、パンプキンも不幸なものだと、魔王ですら思う。
ところが、パンプキンのような
「ねえねえ、早くやろうよヤクモ姉。ここなら、街への被害なんて考えなくて良いんだから」
第3魔導中隊隊長という職を、ヤクモのために投げ捨て、第3魔導中隊隊長の面影を欠片も残さぬリル。続いてシンシアは、スタリオンのエンジン音にも負けぬ大声ながら、鈴のような声で言った。
「リルさんの言うとおりニャ! ケーレスを復興させるにも、廃墟が邪魔で困ってたところニャ。思いっきり暴れちゃって良いニャよ! どんどん壊して、更地にしてくれれば、それだけケーレス復興が早まるニャ! ツクハちゃんの引きこもり場所も用意できるニャ!」
「スラスラ~ケーレスは不滅~イムイム~」
マフィアのボスであり、現在では商人ギルドを乗っ取り、兵糧を買い占め、共和国軍から暴利を貪るシンシアの、ケーレスを愛し、ゆえに物騒な言葉。尻尾と耳をピンと立て、スーダーエを抱く可愛らしい見た目が嘘のようだ。
戦場がどこであろうと、勇者相手ならば魔王は本気で戦う。一方で勇者ヤクモは、戦いの許可が与えられた戦場でならば、本気を出せる。つまり、今のケーレスならば、魔王もヤクモも本気で戦える。
加えて、魔王と勇者の対決が、破壊ではなくケーレスの復興を呼び込むのだ。この事実に、魔王は不敵に笑う。その不敵な笑みは、スタリオンという
「シンシアよ、思い切り暴れて良いと言ったな。ではお主の言葉通り、ケーレスの裏の領主として、お主らもろともケーレス島を更地に変えてやろう!」
戦いの火蓋を切る魔王の宣言。同時に、魔王は両腕を突き出した。標的はアイギス隊。ここにいる者たちの中で、最も数が多く、最も排除しやすい集団である。
「来たニャ!」
「怖気付くなよ! 構え!」
重厚なオーラと殺意の視線を前に、シンシアは怯えながらも魔王に背を向けず、カウザは部下たちを叱咤する。アイギス隊は魔王を前にしても、逃げようとはしなかった。
3本の長槍、矢をつがえた7挺の弓、5挺のクロスボウが魔王を狙う。だが魔王は、相手の攻撃を避ける準備などしない。魔王にとってアイギス隊など、一瞬で壊滅させられる雑魚に過ぎない、はずだったのである。
どうにも魔王は、足元の確認を怠る癖があるらしい。余裕の表情を浮かべていた魔王は、突如として眩い光に包まれ、その場から動けなくなってしまった。魔王が踏みつける瓦礫、その下に、対象の動きを止める魔方陣が仕掛けられていたのだ。
簡素な罠にはまり、体を動かすことができなくなってしまった魔王。ここぞとばかりに、カウザは指示を下す。
「放て!」
指示に従い、アイギス隊の隊員たちは矢を放ち、長槍を持つ者は突撃した。攻撃対象は、もちろん魔王である。
殺到する弓矢。鋭く光る穂先。動けぬ魔王。しかし、この程度では魔王を倒すことなど、到底不可能だ。
体を動かせぬ魔王ができることは、自らを守ることだけ。それでも、アイギス隊相手には十分であった。
アイギス隊の攻撃を確認した魔王は、咄嗟に魔力障壁を展開。闇が浮かび上がったかのような魔王の魔力障壁は、アイギス隊の放った弓矢を弾き、長槍の穂先を受け止める。
いくら攻撃を弾かれようと、アイギス隊は諦めない。彼らは次々と弓矢を放ち、あるいは雄叫びをあげて槍を突く。魔王は動じることなく、自らの動きを止めた魔方陣を眺め、自嘲するかのように呟いた。
「足元が疎かであったか。まるでヴァダルのクーデターと同じであるな」
あの時も、玉座の間に描かれた魔方陣が自らの魔力を抜き取るものに書き換えられているとも知らず、ヴァダルの罠にはまってしまった。そして今回、あの時のように、足元の魔方陣に気づかず動きを止められてしまったのである。
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