第16章3話 戦う理由

 魔王の目前で、ついに鞘から剣を抜いたヤクモ。彼女が持つ剣は、ただの剣ではない。代々、勇者が魔王を封印するために使い、そして受け継がれてきた宝剣だ。

 ヤクモはもう、いつ剣を振り上げてきてもおかしくはない。今すぐにでも、魔王と勇者の戦いの火蓋は切られるであろう。魔王は玉座の隣に立つラミーに、指示を下した。


「ラミー、下がっていろ」

「分かっています分かっています」


 魔王と勇者の戦いに、自分の居場所はない。それくらいのことは、ラミーも理解している。だからこそラミーは、魔王に言われた通り玉座を離れ、すぐさま玉座の間の柱の隅っこに隠れた。

 ヤクモもラミーが隠れるまで、魔王を攻撃するつもりはないらしい。ヤクモは魔王を睨みつけ、無愛想な表情をしている。


「ネメシスゴーレムを倒すためなら、ケーレスの被害なんて少しも考えなかったあんたでも、ラミーのことは心配するんだ」


 ラミネイやケーレスでの魔王の姿を思い出し、冷たい言葉を魔王に浴びせたヤクモ。魔王は一切の感情もなく答えた。


「これからの魔界にとって必要な人材を、早く死なせるわけにはいかないからな」


 魔界を統治するために、ラミーは必要な人材。ラミーを死なせるわけにはいかない。これは魔界の王として当然の選択だ。ところがヤクモは、魔王の答えに嫌悪感すらも滲ませ言い放つ。


「それ。その命の選別をするあんたが、私は気に入らない」


 ケーレスの戦いの後、ヤクモが魔王のもとを離れた最大の理由。己の都合で他人の命の行く末を決めてしまう魔王への、強烈な反発心。この反発心が、幼少の頃から魔王という立場を自覚する魔王には、全く理解できない。

 ヤクモも今更、魔王に理解される気はないのだろう。彼女は魔王の返答を待つことなく、柱の裏に隠れたラミーに話しかけていた。


「ねえラミー、私と魔王の対決、止めようとかはしないの?」


 一応は元味方同士の戦い。魔王に想いを寄せるラミーが、魔王と勇者の戦いを止めようとはしないのか。このヤクモの質問に対し、ラミーの答えは分かりきっている。


「私は私は、魔王様の側近です! 魔王様の側近である限り、魔王様とヤクモさんの対決は覚悟していました。今更になって、対決を止める気はありません!」

「さすが魔王の側近。魔王に似て真面目」

「私が魔王様に似てる!? お褒めの言葉、ありがとうございますありがとうございます!」

「褒めたつもりも貶したつもりもなかったんだけど……」


 なぜか無邪気に喜ぶラミーにヤクモは困り顔。魔王は、ラミーの想像通りの答えに感心し、それでこそ魔王の側近であると、心の中でラミーを賞賛していた。


「ところでところで、ヤクモさんに質問があります」


 今度はラミーが質問する番だ。ラミーは柱の裏からひょっこりと顔を出し、質問の中身をヤクモに伝える。


「ルファールさんはどこに? パンプキンさんは? リルさんも見当たらないです。ヤクモさんの仲間は、どこにどこに?」


 ラミーの質問は魔王も気になっていたこと。前線から寄せられる勇者の情報では、必ずルファールとパンプキン、リルがヤクモに同行していたはず。他の3人はどこに行ったのか、魔王はヤクモの返答を待つ。

 質問を投げかけられたヤクモは、無愛想な表情のまま。ヤクモは詳しい答えを口にするつもりはないらしい。


「私の仲間は、私たちの本拠地にいる」


 それがヤクモの答えだ。本拠地がどこなのか、なぜ仲間を本拠地に置いてきたのかという、魔王たちのさらなる疑問には、ヤクモは答えようとしない。質問を重ねたところで無駄だと悟った魔王は、玉座から立ち上がり、マントをひるがえした。


「ヤクモよ、そろそろ話は終わりだ」

「はいはい」


 ここからは戦いの時間である。魔王は玉座の間に仁王立ちし、いつでも魔法を放てるよう魔力を腕に集中させた。ヤクモは剣を握りしめ、構え、床を踏む足に力を込める。


「じゃ、遠慮なくやるからね」

「そうでなくては困る。ラミネイ以来の貴様との戦い、退屈なものにはしたくない」


 2年と半年前のラミネイでの戦い。あの時の愉悦を再び味わえるのだ。魔王はどこかで、こうして再びヤクモと戦える日を待ち望んでいたのだ。

 

 不敵に笑った魔王。ヤクモは宣言通り、全くの遠慮もなく、風魔法『ブリーズサポート』によって体を強化し、目にも留まらぬ凄まじい速度で魔王に突撃した。こちらに向けられた剣先に、魔王が動じることはない。

 魔王ほどの魔力があれば、ヤクモの動きは見えている。ゆえに、魔王は気づいていた。ヤクモの剣は、魔王ではなく玉座に向けられていることを。


 自分に向けられていない剣を避ける必要はない。魔王は仁王立ちをしたままだ。果たしてヤクモの剣は、勢いよく玉座に突き刺さり、玉座の間に甲高い鉄の音が響き渡った。


「あれ? 避けないんだ」


 白い歯をのぞかせ、おどけたような表情をしたヤクモ。彼女はそのまま、次の攻撃を仕掛けてこない。拳ひとつ分の距離にあるヤクモの顔を見下ろしながら、魔王は眉を寄せる。


「なんのつもりだ? 遠慮なくやると言ったのは貴様であろう」


 不満を隠さず、魔王はヤクモに失望の視線を突き刺す。これをヤクモは気にしない。ヤクモは玉座に刺さった剣を魔王の脇腹に当てながら、口を開いた。


「ここで戦ったら、ラミネイの二の舞。ディスティールが壊滅的被害を受けて、魔界は大混乱でしょ」

「何を言っているのか理解できぬ」


 魔王城、ディスティール、魔界――全て人間界の敵だ。それらが戦いの犠牲になったところで、ヤクモにとっては問題などないはずだ。


「まさか貴様、人間だけでなく魔族の幸福までも守ろうとしているのか?」

「言ったでしょ。私は何かを守るために強くなるって」


 力強く答えたヤクモ。魔王は呆れ果ててしまう。この女はどこまで馬鹿なのだと、頭を抱えたいほどだ。めちゃくちゃである。


「だからと言って、何もかもを守ると?」

「うん。私は大勢の人間と魔族を殺してきた。私はもう、世界救ったって許されないぐらいの罪がある。私は、勇者なんて呼ばれるような人間じゃない」

「ケシエバ教の神から見捨てられ、ストレングの信頼も裏切るのか」

「ま、そうかもしれない」


 反論はしないヤクモ。彼女は、窓の外に目をやり、魔王城の塔と灰色の空を眺めながら、この世界で出会った人々に想いを寄せた。


「だけど、思ったんだ。あのうるさいジジイも、マットさんも、ケーレスのみんなも、メチャクチャだったけど、自分の道から外れるようなことはしなかったな、って。もちろん、ラミーやダートさん、それにあんたも。それって大事なことだと思う」


 ここまで言って、ヤクモは魔王の紫色の瞳を睨みつける。


「あんたは絶対に、魔王という自分の道を外さない。でもその道は、他人の自由を奪い、他人に自分の道を外すことを強要するもの。ケーレスを破壊するあんたを見て、それが分かった」


 ヤクモの口調は力強い。ヤクモは魔王に、この世界で自分が学んだことを、自分の固い決意を伝えた。


「だから私も、何かを守るために強くなるっていう、自分の道を踏み外さないよう、あんたを倒す。神から見捨てられようと、ストレングのジジイの幽霊から何言われようと、今更だけど、あんたを封印する」


 魔王は思う。ヤクモは人を守るという道を突き進む、己とは真逆の存在であると。勇者なんて呼ばれる人間じゃないとヤクモは言ったが、ヤクモは立派な勇者であると。

 だからこそ、魔王は笑ってしまう。勇者の生ぬるい言葉に、反発してしまう。


「フン、甘いことを。どのようなことにも犠牲は必要不可欠。それを否定しては。貴様に勝ち目はない。ディスティールを破壊せずに、どうして我と戦うつもりだ?」


 ディスティールを壊滅させるほどの勢いがなければ、勇者が魔王を倒すことはできない。この問いかけに、ヤクモは表情ひとつ変えず、太ももにくくりつけられたケースから魔鉱石を取り出し言った。


「じゃじゃーん。これで解決」


 複雑な魔法陣が彫り込まれた、淡く光輝く魔鉱石。魔法陣を見た魔王とラミーは、数少ない貴重な魔鉱石に驚き、焦る。


「貴様! それは……転移魔鉱石!」

「魔王様魔王様! ヤクモさんから離れてください!」


 大声を張り上げ、魔王に忠告したラミーであったが、彼女の言葉は間に合わなかった。ヤクモの握った魔鉱石は光り輝き、魔王とヤクモは光に包まれ、眩しさに視界を奪われてしまう。

 

 数秒して、光が収まると、魔王は辺りを見渡す。空は雲ひとつない晴空。周りは焼け焦げた瓦礫に囲まれている。そして、見慣れた者たちの姿も。


「あ! さすがヤクモ姉! 大物連れてきた!」

「久しぶりだな、魔王」

「どうもッス」

「ケーレスの裏の領主さん、おかえりニャ!」


 ニタリと笑うヤクモ、そんなヤクモに今にも飛びつきそうなリル、冷たい表情に冷たい口調のルファール、恐怖に震えながら挨拶するパンプキン、スタリオンの後部ハッチから太陽のような笑みを浮かべて手を振るシンシア。

 転移魔鉱石によって魔王が飛ばされた先は、大海原に浮かぶ孤島。魔王を囲むのは、過去の魔王の仲間たちであった。

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