第15章3話 正常な姿

 炎と煙が立ち上り、市民たちの怨嗟に包まれたタルアット。ヴァダルの逃げ込んだタルアット城は、攻撃の手を止めたドラゴン族部隊、街に潜入していたゴブリン族部隊及びコボルド族部隊に、完全に包囲されていた。

 城を見つめる魔王は、魔力を駆使してヴァダルの居場所を特定。ヴァダルが〝玉座の間〟に到着するのを待っている。この間、地上にいたゴブリン族部隊の近くに置かれていた箱の蓋が開かれ、魔力に乗せられた言葉が魔王に届けられた。


《魔王様魔王様!》


 陰湿な空気で満たされたタルアットとは打って変わって、明るくおっとりとした、しかしどこか眠たそうな少女の声。魔王はヴァダルが〝玉座の間〟に到着するのを待つ傍、地上に目を向け、声の主を確認する。


「ラミーか」

《どうしますどうします? ヴァダル、タルアット城に立て籠もっちゃいましたね》


 実のところ、ヴァダルが城に立て籠もったところで問題はない。それはラミーも知っていることだ。ラミーが魔王に聞いたのは、どの方法で・・・・・ヴァダルに処罰を下すのか、ということである。

 これに対し魔王は、すぐには答えない。魔王は黙り切ったまま。魔王がラミーの質問に答えたのは、ヴァダルが〝玉座の間〟に到着したのを確認した直後であった。


「我に任せよ」


 そう、短く言って、両腕を突き出す魔王。まだ汚れも少ない、雨に濡れたタルアット城の塔や城門、三角屋根などに、魔王の掌は向けられている。そして魔王は、腕に魔力を集中させた。


 魔王が両腕から放ったのは、闇よりも深い黒色の光線、アルティメット・レイである。光線は滴る雨を消し去りながら、タルアット城に食らいついた。

 紫色の稲妻を纏う漆黒の光線に、タルアット城の石の壁は削られ、塔は倒され、屋根は落とされ、城門は砕かれる。魔王が腕を動かすたび、光線はタルアット城をなぎ倒していくのだ。


 いつしか城は、柱を失い、自重を支えきれず、轟音を立てて崩れはじめた。噴き上げられた灰色の煙に城は隠れ、石壁や大理石の床の破片が飛び散り、完成間もないタルアット城は、瓦礫と化してしまう。


 辺りは静まり返り、雨の降る音だけがタルアットを支配した。たった1人で城を崩した魔王に、恐怖しない者はいない。

 魔王はタルアット城のあった場所・・・・・に降り立ち、重力魔法を使って瓦礫をどける。すると、足を潰され口からは青い血を垂らすヴァダルが、瓦礫の下から現れた。わざわざヴァダルが死なぬよう注意しながら、魔王は城を破壊したのだ。


「……ルドラぁ、その紫色の瞳を我輩に向けるなぁ。不愉快極まりない」


 息も絶え絶えになり、死にかけのヴァダルは、それでも魔王に怒りの矛先を向け続ける。魔王はニタリと笑って、瓦礫の中に転がるヴァダルに現実を突きつけた。


「ヴァダルよ、これでどちらが偽の王であるか、はっきりしたな」

「自惚れるなぁ! ルドラぁ……お前はぁ……お前こそがぁ……偽の王だぁ!」


 夢から覚めることのないヴァダル。魔王を追って瓦礫を超えてきたラミーは、ヴァダルの言葉を聞いて呆れ果て、珍しく強い口調で言い放つ。


「まだそんなことを……負けです負けです! あなたはもう負けたんです!」


 全てを失ったヴァダルの野望は、誰が見ても終わりである。しかし、怒りに囚われ正気を失ったヴァダルは、魔王への罵倒を止めようとはしなかった。


「忌々しいドラゴン族の女から生まれたお前などぉ……魔王ではない……。先代魔王ミトラの過ちから生まれたぁ……汚らわしい存在……」


 口からの大量の血を吐き、広がる血溜まりに沈みながら、ヴァダルは言葉を続ける。


「比べて我輩はどうだ? 名族サーペント族の生まれであり、サーペント族を導いてきたぁ。魔界四天王を務めぇ、魔界を守ってきたぁ。そして我輩はぁ、ルドラぁ! お前を魔王の座から引きずり下ろすことに成功したぁ!」


 命は消え入りそうであるが、ヴァダルの怒りは消えそうにない。


「我輩はお前を魔王の座から引きずり下ろしたぁ! 我輩はお前を魔王の座から引きずり下ろしたぁ! 我輩はぁ、魔王をぉ、魔王の座から引きずり下ろしたのだぁ! だからこそぉ、我輩は真の魔界の王なのだ!」


 最期まで自分を真の魔界の王と信じて疑わないヴァダル。ラミーも首を横に振り、お手上げ状態。


「ダメですねダメですね。ヴァダル、正気を失っています」


 それだけ言って、ラミーはヴァダルに哀れみの視線を向ける。一方で魔王は、ヴァダルの言葉を聞き口を開いた。


「我はお主に、謝らなければならぬようだ」


 ヴァダルにとっては意外な言葉だったのだろう。ヴァダルは目を見開き、魔王の言葉を待つ。魔王はヴァダルを待たせることなく、冷淡な口調のまま言った。


「お主のクーデターに負け、われが魔王の座を追い出されたが故に、お主を勘違いさせてしまった。お主に、自分は真の魔界の王であるという妄想を植え付けてしまった。すまぬな」


 魔王を魔界から追い出すという、前例のないクーデターをヴァダルに成功させてしまった魔王の反省。ヴァダルは凄まじい形相で反論する。


「妄想ではない! 断じて妄想ではない! 我輩は真の王だ! ルドラぁ! 我輩はお主よりも強いのだぁ! 強がっていられるのも、今のうちだぞぉ!」 


 反論、というよりも、妄想の上塗りだ。ヴァダルは心の底から、この言葉を吐き出しているのだ。


「これから我輩の臣下たちがぁ、真の魔界の王が誰かに気づきぃ、我輩を救出する! そして我輩はぁ、ルドラぁ! 忌々しい存在であるお前を殺すのだ!」


 真の魔界の王がこのようなところで死ぬはずがない。そんな根拠のない自信に溢れたヴァダル。魔王は無言のまま、アクアカッターを使いヴァダルの首を斬り落とした。

 タルアット城の残骸に転がる、他者を嘲笑するような曲がった口、嫌味が漏れ出す細い目つきが刻み込まれたヴァダルの首。赤く長い髪を雨に濡らしながら、ラミーは呟く。


「これでこれで、戦いは終わりです。魔界の王は、魔王様です」


 偽の王は死んだ。これで、魔界は完全に魔王のものとなった。それは事実だ。ところが、魔王はラミーの言葉を否定する。


「戦いは終わっていない。むしろ、ここからはじまる。タルアットの住人たちを広場に集めろ」


 魔王として、やらねばならぬことがある。魔王の表情から、魔王が何をしようとしているのかを察知したラミーは、すぐさまタルアットの住人たちを呼び寄せた。


    *


 崩れ去ったタルアット城の残骸が散らばる大広場に、タルアットの住人たちが集まる。彼らの前には、間に合わせで作られた台の上で、魔王がマントをひるがえし立っていた。

 数多の魔族たち。最後までヴァダルに支配されていた街に住む魔族たちに、魔王は魔力を使い、大声で呼びかける。


「タルアットの住人たちよ、魔界の住人たちよ、聞け」


 この言葉と同時に、背筋を伸ばし沈黙する魔族たち。魔王は力強い口調で、魔族たちに語りかけた。


「今、我ら魔界は、我らの脅威であり続ける人間との戦争に明け暮れている。逆賊ヴァダルによって、魔界軍は多大なる損害を被っている」


 魔界軍は南部地峡で大敗したばかり。これは魔界にとって、由々しき問題だ。


「人間は笑っていることだろう。魔族が分裂し、魔界が堕落し崩壊する様を思い浮かべていることだろう」


 魔王の頭に浮かぶのは、ヤカモトの顔である。共和国はもはや、政敵を全て排除したヤカモトの独壇場。共和国軍は破竹の勢い。


「だが、魔界を分裂させた逆賊ヴァダルは死んだ。我がこの手で、その息の根を止めた。これが意味することは何か、お主ら魔族ならば分かるはずだ」


 はじめて明かされるヴァダルの死。魔族たちは、ヴァダルの惨たらしい死を容易に想像し、魔王を恐れる。


「この魔界は、5000年間、魔王によって統治されてきた。お主ら魔族は、魔王に従い、魔界に尽くすことで、幸福を享受してきた。それが魔界の姿だ。そして、逆賊ヴァダルが死んだことで、魔界は本来の姿に戻る」


 ここで、魔王は再びマントをひるがえし、手を掲げ、拳を握った。


「我こそが魔王、魔王ルドラである! 皆、我に従え! さすれば我は、お主らに幸福を与えることを約束しよう! 従わぬというのであれば、代償を払ってもらおう!」


 裏切り者がどうなるのか、タルアットの惨状を見れば、誰しもがすぐ理解する。であれば、魔族は魔王に従う他に道はない。


「皆、我に従い人間と戦え! 魔界に命を捧げよ! お主らの犠牲が、魔界の幸福を作り出すのだ! 魔界の幸福を作り出すための犠牲となる、その幸福を、お主らは得ることができるのだ! 魔族たちよ、魔界に尽くせ!」


 魔界の王による魔族たちへの命令。魔族たちは一斉に拳を掲げ、魔界のため、幸福のために命を投げ捨てる覚悟を決めたのだ。

 魔界にはもう、魔王に逆らえる者はいない。魔界は、全ての魔族が魔王に隷属する、本来の姿へと戻っていた。

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