第15章2話 裏切りの代償

 魔王の指示と同時に、雨雲の中から現れた多数のドラゴン族。彼らは本来の魔族の姿で空を舞い、ヴァダルを包囲する。


『攻撃開始! 予定通り行動せよ! 市民にも容赦するな!』


 相手は裏切り者と、それに反抗することもせず泣き寝入りをする輩だ。ヴァダルこそが、魔界の害悪だ。害悪は排除し、2度と生まれぬようにせねばならない。


 傷つき今にも倒れそうな兵士であろうと、武器も持たず自分たちの生活だけを守ろうとする市民であろうと、関係ない。ドラゴン族部隊は、事前に決められた通りの作戦行動を開始した。

 ドラゴン族部隊は炎魔法を発動、口から猛烈な炎を吐き出し、ヴァダルの周囲にある建物を焼き払う。さらに、ドラゴン族部隊はエクスプロを放った。エクスプロの破裂により、建物は市民もろとも吹き飛ばされる。


「何があったぁ!」

「ドラゴン族です! ドラゴン族が、タルアットの民家を攻撃しております!」

「なんと忌まわしいぃぃぃい! ドラゴン族めぇぇ! ルドラぁぁぁ!」


 炎に囲まれながら、最も憎むべき存在からの攻撃に絶叫するヴァダル。このまま憤死してもおかしくはないほどに、ヴァダルの顔は真っ赤だ。

 

 焼け焦げていく建物や、エクスプロにより粉砕された建物。それらの中には、そこで生活していた魔族たちがいたはずだ。ところが、魔族たちは建物と共に粉砕され、体を焼かれ、皆死んでしまっている。

 つい先ほどまでヴァダルを出迎えていた市民の1人は、体の一部を失いながら、地面に血を滲ませ這いつくばる。彼は必死に手を伸ばし、ヴァダルに救いを求めいていた。


「陛下……お助けを……陛下……!」

「に、逃げるぞ! 城まで逃げるのだぁ!」


 市民を助けている余裕などない。自分の死を恐れたヴァダルは、死から逃れたいという一心で、助けを求める市民を見捨て、グルファクシを走らせる。


「置いて行かないで……助けて――」


 失望と無念さに命を使い、息絶えた市民。市民に背を向けたヴァダルは、側近に守られながら炎を乗り越え、タルアット城まで走り続ける。


「追え。ヴァダルに死の恐怖を味合わせるのだ。あの男を苦しませろ」

『はっ!』


 ヴァダルは死ぬことを恐れている。であれば、ヴァダルを死と生の境目まで追い込んでやる。これが魔王の指示だ。

 指示に従ったドラゴン族部隊は、ヴァダルが走る道沿いの建物を、次々に爆破していった。断続的な爆発にタルアットは揺れ、衝撃波が街を駆け巡り、炎の熱気と崩れた建物の破片がヴァダルを襲う。


「うわぁあ!」

「陛下! ご無事ですか!?」


 落馬し身体中から血を滲ませるヴァダル。側近たちは焦ってヴァダルの傷を治療しようとするが、ヴァダルは側近の手を払い叫んだ。


「早く我輩を城に逃せ!」


 再び自力でグルファクシに乗るヴァダルは、側近たちを叱咤する。ところが、ヴァダルに言葉をかけたのは、側近だけではなかった。


「ヴァダル様……」

「どうか……私たちをお守り……」


 血だまりに浮かび、薄れる意識で助けを求める市民たち。まるで重りのように纏わりつく市民たちの言葉は、ヴァダルを苦しめる。


「我輩はまだ死にたくはない! お前ら! なんとかするのだぁ!」


 市民の救出は全て側近たちに任せ、市民たちに目を背け城へと急ぐヴァダル。ところが、側近たちにも他人を救う余裕はないのだ。もはやヴァダルには、市民を助ける力など残されていないのだ。


 街を燃やされ、助けを求めるタルアットの市民たちは、徐々にヴァダルに対し失望の眼差しを向ける。これを見て、魔王は次の指示を下した。


「頃合いか。地上部隊、行動を開始せよ」

『了解いたしました!』


 指示を受け、タルアットに潜入していたゴブリン族やコボルド族は、街に繰り出し大声で叫ぶ。


「敵襲だ! 魔王の敵襲だ! あいつらはヴァダルに味方した市民も殺しているぞ!」

「ヴァダルに近づいた者たちは、皆殺しにされている!」

「ヴァダルはこっちだ!」


 市民たちのヴァダルへ対する失望を、怒りと憎しみに変換させるための言葉が、タルアット中に響き渡った。


「さて、ヴァダルに味方すれば殺されると知って、市民たちはどう動くか……」


 成り行きを見守る魔王。地上では、ヴァダルの側近たちがヴァダルを慰めようと努力している。


「陛下! 我々は最後まで陛下の味方です!」

「私たち、どこまでもヴァダル陛下と共に参ります!」

「では我輩を守れ! 我輩を城まで守れ!」


 魔界の王ではなく、サーペント族の族長を守ろうとする側近たち。彼らはヴァダルの喚きにすら、忠実に従う。


「お任せを! 私たち――」


 数人の側近が、ドラゴン族部隊の放った炎の中に消えていく。自分を支え続けてくれていた側近の死を目の前に、ヴァダルは放心した。


「ああ……我輩の臣下がぁ……」


 心ここに在らず、といった状態のヴァダル。生き残った側近たちは、大声でヴァダルに呼びかける。


「逃げましょう! 陛下! 陛下!」

「我輩の臣下がぁ……」


 呼びかけたところで無駄だった。もはやヴァダルは、これ以上に何かを失うことに耐えられない。

 しかし、ヴァダルは一筋の希望を見つけ出す。街道の先に、サーペント族やバジリスク族の集団を発見したのだ。


「お、お前ら! 我輩の臣下たちよぉ! 我輩を助けてくれぇ! 我輩を――」


 ドラゴン族部隊のエクスプロの衝撃波を受けながら、ヴァダルは市民たちに助けを求める。ところが、市民たちはヴァダルを睨みつけ、地面に落ちていた石をヴァダルに投げつけると、一斉に怒鳴り散らした。


「こっちに来るな! 俺たちはまだ死にたくない!」

「私たちはなんの罪もない市民よ! 近づかないで!」

「お前さえいなければ、僕は家族を……!」


 街を燃やされ家族を殺され、死に恐怖する市民たちの憎しみは、ヴァダルに向けられていた。ヴァダルがドラゴン族部隊の攻撃を引き連れ、自分たちを不幸にしていると、市民は認識してしまったのだ。


「何を言っているのだぁ、お前らは……。我輩は……真の魔界の王……我輩は……」


 唖然とするヴァダルの体は、ヴァダルの意識とは関係なしに震えだす。


「陛下! 陛下!?」

「我輩は……魔界の王だぁ! お労しいルドラぁ、お前の死体を街に飾ってやる! ルドラぁ! ルドラぁ!」

「ダメだ! 陛下は正気を失っている!」


 空に向かって喚き散らすヴァダルの姿は、あまりにも哀れ。さすがの側近たちにも、ついに我慢の限界が訪れた。


「お、俺は……魔王に殺されるのはゴメンこうむる!」

「もうヴァダル様は終りだ!」


 次々と去っていく側近たち。ヴァダルはついに、タルアット市民も、側近までも失ったのである。


「裏切り者め……ヴァダル様! 城へ!」


 最後までヴァダルの側に残った側近は、ヴァダルを連れて城へと向かった。だが、城までの道は険しかった。


「勝手にのたれ死んで! 私たちを巻き込まないで!」

「失せろヴァダル!」


 相も変わらずドラゴン族部隊の攻撃を受けるヴァダルは、市民からも罵声を浴びせられ、石を投げられる。正気を失ったヴァダルは、歪んだ顔で大声を張り上げた。


「我輩こそが魔界の王に相応しいのだぁ! 卑しいドラゴン族などぉ、1匹1匹、火あぶりにして殺し尽くしてやる! ルドラぁ! お前を魔物の餌にしてやる!」


 怒りや憎しみは何倍にも膨れ上がり、獣人化を保つことも忘れかけたヴァダルの、魔王に対する言葉。その言葉も、市民たちの激烈な罵声にかき消されてしまう。


「ゴミが来たぞ!」

「あっちだ! ヴァダルはあっちだ! 早くヴァダルを殺してくれ!」

「僕たちは魔王様の臣下です! 逆賊ヴァダルに死を!」

「そうだ! ヴァダルに死を! ヴァダルに死を!」


 ついにはドラゴン族部隊に味方しはじめた市民たち。ヴァダルは正気を失っているが、市民たちも正気の沙汰とは思えない。タルアットを見下ろす魔王は、不快な感情に表情を支配されていた。


「醜い。あまりに醜い」


 不快であるのは確かだが、魔王の心の片隅には、苦しむヴァダルを見て楽しむ姿があるのも否定はできない。醜いと非難したタルアットの姿は、魔王が作り出した光景であるのだから。


 石を投げられ、煤と泥、雨で体を汚したヴァダルは、ようやくタルアット城に到着した。完成して間もない城の階段を駆け上がるヴァダルと彼の側近に、ドラゴン族部隊が襲いかかる。


「城に到着しました! こちらです陛下! 早く――」


 最後までヴァダルを支え続けた側近は、ドラゴン族部隊の放った炎に体を焼かれ、命を落とした。


「許さぬ! 絶対に許さぬ! ルドラぁ! 我輩が、真の魔界の王である我輩が! お前に天罰を下してやる!」


 何もかもを失ったヴァダルは、喉を枯らしてがなり立て、残された自身の城へと足を踏み入れる。ドラゴン族部隊はすぐさまタルアット城を包囲した。


「攻撃を中断せよ」


 逃げ場をなくしたヴァダルに対し、ドラゴン族部隊が総攻撃を仕掛ければ、ヴァダルを殺すことなど容易。それでも魔王は、ドラゴン族部隊に攻撃中断の命を下した。ヴァダルには、もう少し苦しんでもらう必要があるのである。

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