第15章4話 始末

 玉座に腰かけた魔王。魔王の横には、資料を抱えたラミーが立ち、魔王の前には、ダート・リッジス、エルギア・レイワス、ヴュール・ラゴン、そしてクラーケン族のマエルス・ポリピアら魔族新四天王が集まっている。

 彼らの他にも、グレイプニルとシュペレーが玉座の間にやってきていた。皆、魔王の言葉を待ち構えている。


 重臣たちを前にしながら、玉座にどっしりと座り、彼らを見下ろす魔王。魔王は感情なく、淡々と口を開いた。


「ダート、エルギア、ヴュール、マエルス、魔界軍の再編は終わったか?」


 ヴァダルを処刑したその日、魔王は早急に魔界軍を立て直すことを指示した。あれから20日、新四天王に指揮権が集積された魔界軍は、兵士たちが自主的に戦地に戻ってきたこともあり、軍隊としての姿を取り戻している。

 現在、魔界軍はどのような状況なのか。新四天王たちは、魔王の前で跪き、魔王の質問に答えた。


「第1軍、から、第2軍、準備、できてる」

「第3軍も、すでに前線への展開を開始しているであります!」

「敬愛する魔王様! 第4軍と魔物たちも、共和国軍を容赦なく撃滅するため、準備万全です!」


 ゆったりと報告したダート。力強い大声で報告したエルギア。芝居掛かった口調で大げさに報告したヴュール。この3人に続き、クラーケン族のマエルスが、タコ足を束ね、魔王への畏怖を隠さず報告する。


「補給部隊、後方支援部隊及び海上部隊は、何があろうと、魔界のため、魔王様のため、戦争遂行のための行為を惜しみません!」


 人間界との戦争準備は整ったようだ。新四天王に率いられし約100万の魔界軍は、すぐにでも南部地峡になだれ込み、西方大陸に足を踏み入れようとしているのである。

 軍事力に関しては心配ない。続いてラミーが、手に持った資料に目を通しながら、魔界の内政についてを報告した。


「ディスティール復興の政策はまとまりました。サーペント族も、ようやく魔王様への隷属を決めたみたいですよ」


 報告を終え、あくびをしたラミー。彼女の余裕は、魔界内部に重大な問題が生じてないことの証左でもあった。

 重臣たちの報告を聞いて、魔王は表情を変えない。全て想定通りの動きなのだ。表情を変えるようなことは起きていない。魔王は新四天王に指示を下す。


「では魔界軍に命令しよう、と言いたいところなのだが、まだやり残したことがある。魔族四天王、しばし下がれ」


 そう言われ、指示通り玉座の間の脇に下がった新四天王。すると魔王は、シュペレーを一瞥し、すぐさまグレイプニルに言った。


「グレイプニル、前に出ろ」


 魔王の道具であるグレイプニル――メイとモーティーは、どこまでも従順に魔王の前に跪く。今度はどのような命令が下されるのかと、メイの胸が高鳴る。


「如何なさいましたか?」


 笑った口で、魔王からの命令を待つメイ。一方でモーティーは、匂いから魔王の本心を悟ってか、曇った表情をしている。魔王はやはり、淡々とグレイプニルへの命令を口にした。


「アイレー・エルフィンをここに呼んだ」

「あの下品な娘をここへ?」

「ああ。メイよ、我が指示すれば、アイレーを殺すのだ」


 メイとアイレーの関係を知った上での、冷酷な命令。これに対し、モーティーは思わず立ち上がり、魔王に抗議した。


「魔王様! それはあんまりだわ! アイレーちゃんは、どんなに下品で、性根が腐りきった娘でも、メイちゃんの妹なのよ!」

「だからなんだと言うのだ。アイレーは背信行為を行った。裏切り者を殺すのは当然であろう」

「なら、あちきがアイレーちゃんを殺すわ!」


 長い月日、命懸けの戦いを共に楽しんできたメイを気遣い、宣言したモーティー。ところが、メイはモーティーに顔を向け、笑ってみせる。


「モーティーさん、大丈夫。妹の不始末は、姉である私が方をつけるべき。それこそが、本物の姉妹関係」


 魔王の考えを、メイは理解しているのだ。暗殺対象が妹であろうと、いや、妹であるからこそ、アイレーはメイが殺さなければならない。メイは魔王に頭を下げ、命令を受け入れた。


「このメイ・エルフィン、グレイプニル隊長として、必ずや命令を遂行させてみせます」


 道具が主人に反抗してはならぬ。メイはアイレーの姉として、グレイプニル隊長として、魔王の命令を受け入れたのである。これに魔王は喜び、小さな笑みを浮かべた。


 しばらくして、玉座の間の重い扉が開かれる。現れたのは、下卑た笑顔に不満そうな目つき、男を誘うかのように胸を露出させた服装に身を包むアイレーだ。


「素晴らしき魔王様! わたくしに何かご用ですか?」


 なぜここに呼ばれたのかを知らぬアイレーは、分かりやすく魔王に媚びへつらっている。そんな彼女を魔王は相手しない。彼女に言葉をかけたのは、ニコニコと笑ったラミーであった。


「アイレー・エルフィン。あなたはあなたは、先日のタルアットでの戦いの最中、ディスティールへの侵攻を企てましたね?」


 数十枚にも及ぶ資料を掲げ、淀みなくアイレーを尋問するラミー。アイレーは顔色を変え、表情を歪ませる。


「な……なんの話かしら!? 皆目見当がつきませんわ!」


 明らかな動揺。アイレーは冷や汗を背中に伝わせている。ラミーは畳み掛けた。


「嘘をついても、無駄ですよ無駄ですよ。複数のダークエルフ族の証言があります。あなたの背信行為に、疑問の余地はありません」

「こ、これはヴァンパイア族の小娘の陰謀ですわ! 魔王様、騙されてはいけません!」


 資料に裏付けされたラミーの言葉を、必死になって否定するアイレー。しかしラミーは構わず、アイレーへの処罰を下す。


「よって、背信行為を行ったあなたには、死刑が決まりました」


 これは魔王の一存によって決められた処罰。アイレーは恐怖ではなく怒りに染まり、ラミーに人差し指の尖った爪を向け、つばを飛ばし、叫んだ。


「騙されないでくださいまし! わたくしは無実よ! きっと、その小娘が、魔王様を取られるのを嫌ってわたくしを殺そうとしているのですわ! あるいは、そこにいるタコ男が、自分の無能さ加減で、四天王の座をわたくしに奪われるのを恐れたのよ!」


 どさくさ紛れに四天王を降された不満をぶちまけ、アイレーは新たな悪人を作ろうと必死に足掻く。


「ドラゴン族も、わたくしがヴァダルに洗脳されていた事情も知らず、わたくしを糾弾していたわ! だいたい、なんでエルフ族なんかがここにいるの!? やっぱりこれは陰謀よ! 気高く有能な私を、みんな恐れているのよ!」


 今の自分の立場は、全て誰かの陰謀によって貶められたものなのだ。そんな妄想を引っ提げてでも、自分は被害者だと主張するアイレー。底抜けの醜さには、誰も同情を示さない。シュペレーに至っては、薄ら笑いすら浮かべていた。

 誰も味方がいない状況に気づき、アイレーはついに恥も捨てた。彼女は自分の体を使い、魔王に許しを請う。


「魔王様! わたくしは魔王様のため、なんでもします! だから――」


 これ以上、アイレーを見ているのは不快。魔王はメイに対し、短く指示する。


「グレイプニル、殺れ」

「はい」


 指示に従い、アイレーと魔王の間に立ったメイ。姉の登場に、アイレーは最後の望みをつなげた。


「姉上! わたくしを助けてください! 可愛い妹が、汚らしい無能どもの陰謀で殺されそうになっているのよ!」


 怒りと恐怖に顔をぐしゃぐしゃにしたアイレーの訴え。メイはため息をつき、妹の顔をじっと見て言う。


「アイレー、見苦しいから、喋るの止めなさい」

「姉上までそんなことを! お願い! わたくしを助けて! お姉ちゃん!」


 追い詰められたアイレーは、不気味にも思える作り笑いをして、メイに助けを請う。対してメイは、実の妹に微笑んだ。


「本当に下品で、可愛い妹。あなたがこれ以上に狂っていくのを、私は見ていられない。今のお姉ちゃんがあなたにできることは、これだけ」


 そう言って、メイはナイフを手にアイレーを抱きしめる。抱きしめたと同時、ナイフはアイレーの心臓を貫いた。アイレーの胸から流れる血が、微笑んだままのメイの手を赤く染める。


 逆賊アイレーは、グレイプニルの手によって処刑された。これに魔王は、特に反応を示すことなく、グレイプニルを褒め称え、シュペレーに問いかける。


「よくやった。シュペレーもこれで満足か?」

「胸がすく思いです」


 魔王とは対照的に、笑いを堪えるので精一杯のシュペレー。モーティーはメイを心配し、エルギアやヴュール、マエルスはつばを飲み込む。ダートはぼうっと虚空を見つめ、ラミーは魔王を見て、苦笑いを浮かべるだけであった。

 地面に倒れ放置されたアイレーの死体。静まり返った玉座の間。魔王はおもむろに立ち上がり、マントをひるがえす。


「魔界の害悪は消し去った。魔族四天王よ、命令を下す。人間界への侵攻を開始せよ」


 ついに下された、人間界への侵攻命令。新四天王たちはいち早く魔王に頭を下げ、戦いのため前線へと向かっていく。だが魔王の心は、戦争の先に向けられていた。

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