第14章2話 ゼジオ軍団 I

 豪雨の中、雨を切り裂き空を駆け、魔王は南部地峡にまでやってきた。まだ昼間だというのに、雨雲に覆われた南部地峡は暗い。


 暗い景色とは対照的に、南部地峡の平野は熱気に包まれていた。魔王の眼下に広がる雨に濡れた平野では、約4万の魔界軍――ゼジオ軍団と、約3万の共和国軍が、剣を交えているのである。

 丘の上に建てられた本陣を最後尾に、縦長に配置されたゼジオ軍団。最前線に並んだトロール部隊は、共和国騎士団の突撃を受けている最中であった。


「統制がとれていない、か」


 ゼジオ軍団後方の兵士たちは戦いに参加しようとしていない。自分たちがどう動けば良いのか分からず、戦いに参加できない。この間にも、トロール部隊は騎士団の突撃を受け続けている。

 魔族と魔物の中間のような存在であり、知能は低く、巨大な体のため動きも鈍重なトロール部隊は、騎士団に苦戦中。どれだけ棍棒を振ったところで、馬を駆る騎士団を倒すことはできないのだ。


「共和国軍騎士団に、重装攻撃型のトロールでは勝てるはずもない」


 思わず魔王は呟いてしまう。トロール族の長所は、優秀な防御力と強烈な打撃力であるが、短所はやはり、機動力の低さ。ケンタウロス族よりも優れた機動力を誇る騎士団を相手するのは、あまりに酷である。

 苦戦する魔界軍にため息をついた魔王は、共和国軍にも目を向けた。魔界軍に果敢に攻め寄せる騎士団とは違い、共和国軍の大部分を占める歩兵団に動きはない。


「騎士団と歩兵団が連携できているとも思えぬ。これならば、共和国歩兵団に勝利することは可能であろう」


 もし、騎士団の突撃に続いて歩兵団までもが攻め寄せることになれば、とうに魔界軍は負けていた。ところが、歩兵団に動きはないのだ。騎士団と歩兵団の指揮は別々であると、魔王は推測する。


「ならば、勝利への道はひとつだけだ」


 共和国軍を退けるための作戦は頭に浮かんだ。あとは、これをゼジオ軍団に実行させるだけ。そうしてこの戦いに勝てば、少なくともゼジオ軍団は隷属するはず。魔界の玉座に戻るためにも、魔王はゼジオ軍団の本陣へと向かう。


 丘の上に作られた、柵に囲まれ簡素なテントが張られただけの本陣。その直上まで飛んできた魔王の耳に、獣人化した忙しない指揮官たちの声が聞こえてきた。


「トロール部隊、騎士団に攻撃が当たっていません!」

「騎士団の突撃など、押し返せ!」

「防備を固めるのだ! ハーピー部隊とガーゴイル部隊も送り込め!」


 具体的な指示はなく、本陣にはその場しのぎのための放言が飛び交っている。魔王は本陣内に降り立つと、再びため息をつき、マントをひるがえして言った。


「苦戦しているようだな。ゼジオ軍団の指揮官たちよ、我が手助けしてやろう」


 どこからともなく、突然現れた魔王に、指揮官たちは一斉に黙り込む。そして、魔王の顔を確認し、誰しもが驚きに彩られていった。ケーレスで10万の魔界軍を敗戦に追いやり、単独でメギドを破壊した、魔界の王の登場に、驚かない者はいないのである。


「あ、あなた様は……」

「なぜ……このような場所に……!?」


 理解が追いつかぬ様子の魔族たち。小さく不敵に笑った魔王は、マントをひるがえしたまま、堂々と名乗った。


「我こそは魔王、魔王ルドラである」


 魔族たちは息を飲み、本陣は静まり返る。しかし、サーペント族の男だけは、魔王を指差して叫んだ。


「ええい! 魔王を騙る狂人だ! そいつを斬れ!」


 喚くサーペント族の男に従い、1人の兵士が魔王に剣を振り上げる。一方で魔王は表情ひとつ変えず、左腕を突き出しダークネス・レイを発動。剣を振り上げた兵士は、灰も残さず消え去ってしまう。

 続けざまに、魔王はサーペント族の男に向けてサフォケーションを放った。サーペント族の男は窒息し、苦悶の表情を浮かべて地面に倒れこむ。


「未だ我を偽物だと騒ぐ者は、ヴァダルの傀儡と見做し容赦はせぬ」


 本陣に立つ魔族たちに、裏切り者への処遇を見せつけた魔王。すると魔族たちは、体を縮ませ、声を震わし、頭を下げ、大声を張り上げた。


「我らが魔王様! 我らガーゴイル族は、魔王様への絶対の忠誠を誓い、魔界のため、この命を投げ打つ所存であります!」

「我々リザードマン族も、これよりヴァダルを見限り、魔王様に隷属いたします!」


 すでに魔王への隷属を決めていた魔族は当然、そうでない魔族たちも魔王への隷属を宣言する。だが彼らの表情は、まるで魔王に命乞いでもするかのよう。


「た……大変失礼いたしました……」


 皆が魔王を恐れる中、皆と同じく魔王を恐れ、謝罪を口にした男。獣人化をしながらも、鷲の目とくちばし、翼、そして獅子の尻尾を残した、グリフォン族の男だ。男の鎧につけられた紋章を見た魔王は、男に聞く。


「よい。お主が司令官であるな」

「はっ! ゼジオ軍団軍団長の、グリフォン族族長エルギア・レイワスであります!」

「戦場の有り様はこの目で確認した。人間なぞに、随分と手こずっているではないか」

「申し訳ございません! どのような処罰でも――」

「処罰などはどうでも良い。今は、勝つことだけを考えよ。それこそが、魔界のためである」


 ゼジオ軍団が苦戦する理由は、まとまりのなさだ。魔王という絶対的な存在を失い、一魔族でしかないヴァダルが魔界の指導者となったことで、魔族の団結が弱まった結果である。こればかりは、エルギアに責任を負わせても意味がない。

 

 処罰を受けずに済んだエルギアは、それでも魔王を恐れたまま。彼は魔王の顔色を伺いながら、震えた口調で魔王に質問した。


「……どのようにして、共和国軍の連中に勝利なさるおつもりでしょうか?」

「魔王様の強大な力を見せつければ、人間など恐れおののき尻尾を巻いて逃げるだろう!」


 魔王を褒め称えるチャンスとばかりに、ガーゴイル族の男が叫んだ。魔王は構わず、魔族たちの顔をじっと眺めてから、低い声で魔族たちの鼓膜を震わせる。


「我は魔界の王。我の力は、たかだか共和国軍程度に使うものではない。この戦い、お主らの力で勝利してみせよ」


 強大な力は強大な敵にのみ使うべき。軽々しく振るうものではない。また、魔王の力のみで勝利を得たところで、魔界軍の成長は望めず、それでは魔界の堕落を誘いかねないのだ。


「とはいえ、手助けはする。我の言うことをよく聞け」


 今回は魔王の力を見せつけ、ゼジオ軍団を傘下に組み込む、あるいは魔王が勝利を呼び込んだと喧伝する必要がある。だからこそ、魔王は脳に浮かんだ作戦を、言葉にして魔族たちに伝えた。


「まずは騎士団を誘い出せ。さすれば、われが共和国歩兵団を混乱させてやろう。歩兵団が混乱すれば、トロール部隊は、歩兵団に突撃させよ」


 せっかくのトロール部隊を有効に使え、ということである。ここで、エルギアは申し訳なさそうにしながらも、意見を口にした。


「しかし……それでは騎士団の突撃を許し、この本陣が……」

「ならば本陣の防備を固めれば良い」


 魔王の返答は早く、はっきりと、簡単なものであった。これにエルギアが黙ると、魔王は説明を続ける。


「歩兵団さえ潰してしまえば、騎士団も撤退せざるを得まい。仮に騎士団が撤退せずとも、歩兵団の支援なしには、騎士団の活躍の場などありはしない」


 歩兵団を失えば、騎士団単独で兵站を維持することは不可能。兵站を失った部隊は烏合の衆でしかない。歩兵団と騎士団は、運命共同体なのだ。


「今の騎士団の攻撃は単なる牽制、じきに退く。騎士団が退けば、すぐさま準備をはじめるのだ。作戦決行は夜。戦の指揮は、エルギアに任せる。さあ、この我に勝利を見せてもらおう」


 手を掲げ、マントをひるがえし、指示を下した魔王。エルギアをはじめとした魔族たちは、闘争心を沸き立たせ、魔王への忠誠心を示すためにも、一斉に大声を上げる。


「はっ! 魔王様のため、魔界のため、粉骨砕身の覚悟であります!」

「人間共に、雷火のごとく勝利へと邁進する魔界軍を見せつけてやりましょう!」

「魔王様! 吉報をお持ちください!」


 2年ぶりの魔界軍への指示。魔王は1人、懐かしい感覚に浸りながら、雨の降り注ぐ平野を眺めていた。

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